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2007年2月10日 (土)

自己の閉塞状況を破れる自由の森

「自由の森学園中学校」の教育の質を認識・評価できる学校選択者は、時代の風を感じている方である。自森を愛せる人は、自由な自己に配慮し、社会の壁に挑戦し、仮に打ちひしがれても、自分を癒す静かな森を内面に持ち続けることができる人だ。

◆だから、OB・OGは、卒業式の時の遠藤豊先生の言葉を今も思い出すという。「嬉しいことがあったとき、辛いことがあったとき、いつでもここに帰ってきてください。 自由の森は、いつでもあなたたちを待っています」 という言葉を。そして同時に、自森のある飯能の緑や空気の匂いが脳裏にサーッと広がるのではないだろうか。自森の風が吹くのだ。

◆現在、コンテンポラリーダンスのダンサーとして活躍するOGは、「自由の森の中学という期間は、踊りで言うなら準備体操とバーレッスンの期間。とにかく体をほぐして、血の巡りをよくして、あとで複雑な動きをする時でもきれいにまっすぐ立っていられるように余分な力を抜いてゆく、大切な準備期間だと思うのです。 この準備期間に、周りから、やれ足を開けとか、高く上げろなどとプレッ シャーがかると、どうしても体が曲がってきてしまう・・・」と語る。

◆このさりげない語りの中に、現代の公教育再生の本当の問題が現れている。教育の基本は、洋の東西を問わず、このテンポなのだ。このリズムなのだ。基礎学力の前に、「準備」こそ重要なのだ。欧米ではこの時期を「リベラルアーツ」と呼ぶのかもしれない。能の世界では、この教育のリズムを「序破急」と呼ぶのかもしれない。剣の道では「序破離」なのもしれない。

◆ヘルマン・ヘッセなら自己の道は自己の殻を破り世界に通じる道だと言っただろう。ソクラテスは最後の弁明で、彼を裁く人に「諸君は金儲けや評判とか地位とかばかりに気をつかい恥を知ることがない。思慮や真理を探究し、魂を優れたものにする自分自身のことを知ろうとしない」と言ったと記憶している。

◆ソクラテスの言葉は、今日の教育行政を推し進めている政府の方々や文部官僚にそのままあてはまるのかもしれない。そして自森の理念はソクラテスが死を持って守ったもののと同根であり、政府や文部科学省とは対極。

◆それゆえ、筑紫哲也さんは、「自由の森学園の生徒達の雰囲気は欧米の学校のような自由に意見を言えるものがある。卒業後の夢を持ち、はっきりとした意志を持っている若者が多いという印象を持った。今までの日本の高校生にはない、堂々と自分を語れる若者達が育っている学校だ」と語る(2000年2月17日「こころのスペシャル」放送後の感想)。

◆ある卒業生は、「私たちの高校の卒業式で、当時の松井教頭先生が『どこにいても、美しく立っている人になってください』と言っていたその言葉は、私がいつでも思い出す言葉です」と語ってくれた。

◆世界のあらゆる舞台で、「美しく立っている人」になる挑戦をしたい方は、2月17日にチャンスが待っている。問い合わせてみてはいかがだろうか。 (本間 勇人)

※参照→自由の森学園の普遍的でいつまでも新しい試み

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