海城の将来構想の考え方(2)
★海城の将来構想の考え方(1)のつづき。「将来構想検討委員会 答申」の最初のページを開くと、いきなり「新たなビジョン・具体的な教育プログラム 両者をどうつなぐか?」というフレーズが目に飛び込んでくる。
★さりげないが、このフレーズは深い。麻布の氷上校長は、今年の「論集」の巻頭言をこう締めくくる。「わが国における陽明学展開の物語は、近代社会に生きるものの最大のテーマ、ニヒリズム(三島の場合、能動的ニヒリズム)の克服をもって真の最終章をむかえる、と私は思う。わが学園の教育がめざす『新しい教養』の課題もここにある」と。
★この氷上校長の大局観は、海城の将来構想の大局観に一致するのである。しかし、氷上校長の言うように、≪私学の系譜≫であれ≪官学・靖国の系譜≫であれ、「同じ心性を持つことの不幸」が近代教育以降の流れなのである。内村鑑三もキリスト教に出会う前は陽明学に慣れ親しんでいたというし、江原素六も儒教とキリスト教の両方を生徒に講義していたという・・・。
★麻布はこの不幸を創立者江原素六自らの克服によって、正統≪私学の系譜≫に与することができた。駒東は戦後の日比谷的名門校ハビトゥスによってその不幸を背負うのを免れた。桐朋も戦後の教育基本法の立役者務台理作によって正統≪私学の系譜≫に与することができた。慶應はもともと≪私学の系譜≫の原点。武蔵も戦後創設によってその難を逃れることができた。早稲田は微妙だし、その戦略は調べる必要があるが、慶應とセットのイメージで逃れていると思う。
★しかし、海城は自ら近代の不幸を背負ったまま、どこで決別するのか、戦後もひきずったに違いない。そういう意味では、最も≪私学の系譜≫のハビトゥス生成のモデルとして注目に値する学校なのである。
★このような複雑な歴史的背景の視点で眺望すると、「新たなビジョン・具体的な教育プログラム 両者をどうつなぐか?」というさりげないフレーズの奥行きが急に広がってくるのである。(本間 勇人)
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