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2007年4月30日 (月)

千葉県私学に新しい風を吹き込む市川学園の教育

最近の首都圏中学入試で、千葉エリア入試のスタートを告げるひとつの風物詩となっているのが、市川中学校が2004年から行っている「幕張メッセ入試」です。メッセの広大なワンフロアに3,600名を超える受験生が机を並べ、テスト開始の合図と同時に、一斉に入試に挑む光景は壮観のひとことです。

Ichikawa01 市川中学校といえば、この幕張メッセの入試を始める前年の2003年に共学化。同時に、それまで同校の野球グラウンドだった校地に新校舎を完成させ、真新しい環境で女子も含めた入学者を迎え、新たな歴史をスタートさせました。

その後、年ごとに女子受験生の人気は高まり、当然のことながら入試レベルもアップ。女子の難化に引っ張られるような形で男子受験生の入試レベルも上昇してきました。いまやその勢いからすると、すでに千葉県下でトップレベルに定着した渋谷学園幕張を人気と入試レベルで追い上げる“第一候補”が、この市川だといってよいでしょう。

Ichikawa02 この市川中高が2003年4月から移転した現在の新校舎は、「21世紀を迎え、『In the Forest (森の中の学舎)』をコンセプトに、太陽エネルギーの利用を積極的に推し進め、今後100年間利用できる校舎を目指して設計されたもの。

Ichikawa03_1 市川学園の基本理念である『個性づくりを目指す』、『第三教育を育む』、『社会性を生む』をキーワードとして地域社会に根ざした知的活動の拠点を創りだし、人間性を育てるフレキシブルな建築空間からの、多彩な情報発信拠点となる新校舎」と同校ホームページに紹介されています。Ichikawa06





なかでも、市川中高の教育方針の一つをその名に冠した『第三教育センター』の素晴らしさは、まさに圧巻。もし市川を志望する受験生でなくても、機会があるなら、ぜひ一度はご覧いただきたい施設です。また、全館に無線LANを張り巡らし、校外とは光ファイバーで結ばれた通信設備も、21世紀に対応したものであると同時に、自学自習という市川学園の伝統をより確固たるものにしていくためのものです。

この新校舎の設計基本コンセプトは、やはり同校のホームページに次のように記されています(詳細はここでは省略)。
1.個性化を象徴したプランと空間
2.未来のニーズに呼応し機能するフレキシブルなシステム建築
3.地域の拠点となる開かれた学校に相応しい施設計画
4.自然環境と共生しながら持続性のある建築
5.明快なゾーニングと動線計画
 ①本館(管理・第三教育センター)、②南館(教室棟)、③北館(教室棟)、④古賀記念アリーナ

施設・環境だけではありません。この新校舎での再スタートと並行する形で、同学園は教育の中身でも意欲的な改革を推し進め、その面でも新たな歴史を作り出そうとしています。市川学園の教育理念の根幹部分は変わらずとも、生徒の未来に向け、新しい時代に即した教育展開を具体化しようと、あえて変化・発展を期す過程にあるといっていいでしょう。

この市川中高の新校舎『In the Forest (森の中の学舎)』には、そういう新しい教育のために、さまざまな仕掛けが施されているに違いありません。それは見学にお出かけになったときに、ぜひ一つひとつをご自身の目で見て、それらの工夫を確かめてほしいと思います。

実は筆者が市川中高をお訪ねするたびに、いつも感心するのが、本館南側のラウンジと学園ショップのあるスペースです。ラウンジは在校生の憩いのスペースになっていると同時に、自習用のエンカウンタースペースでもあり、傍らにある学園ショップは、小振りなコンビニ2店舗分くらいの広いショップになっていて、ここで軽食やさまざまな必要品を買い求めることができます。(日能研Webサイトの「進学教育レポート」にも、以前に紹介記事が掲載されています)

Ichikawa05 在校生は、放課後のひととき、ここで友だちと語らい、ちょっとお腹を満たし、あるいは先生に質問をしたり、通学のバスの時間を待つ間のひとときを過ごす、絶好の場となっています。筆者が訪れた際には、いつもこのスペースが多くの生徒で賑わい、そこかしこに生徒の質問対応に追われている先生の姿が見えました。しかも、次に訪れたときには、その光景がいっそう活気を増しているのです。

先にお訪ねした折には、ちょうど大学入試結果が徐々に出始めていた時期でしたので、ラウンジ脇の壁に、今春の大学合格状況の判明分が貼り出されていました。もう少したつと、その各大学の合格実績の横に、合格者の所属クラブが記入されていくのだそうです。すると後輩の高2以下の生徒が、それを見て大いに盛り上がるとか…。そんなふうに、このラウンジの周辺スペースも活用されています。

自由な「学びの場」と、居心地の良いコミュニケーション・スペース、そして生徒の励みや刺激になるちょっとした工夫。それが市川中高をこれまで以上に活気づけているといえるでしょう。

素晴らしい環境や施設は、それじたい価値あるものではありますが、それが生徒のためにもっと使い勝手の良い、居心地の良いものになれば、なおいっそう教育効果を増し、その存在を輝かせていきます。そうなると、その環境は強い求心力を持つ磁場と化していきます。

市川中高の校舎施設の各箇所が、最近なおさらそうした求心力を強めているように感じるのは、果たして筆者だけでしょうか?

連休明けの5月12日(土)には、「Netty Land」主催の「私学独自の環境が生む“教育の質”とは?」と題した講演会が、聖学院中学校の講堂で行われます。今回は、会場校の聖学院(東京都北区・男子校)に加え、会の趣旨にご賛同いただいた市川(千葉県市川市・共学校)と立教女学院(東京都杉並区・女子校)の先生方をお招きし、それぞれの個性的な教育環境についてお話しいただきます。

市川中高の新校舎設計に込められた工夫をはじめ、聖学院、立教女学院の先生方、そして特別ゲストであるヴォーリズ建築事務所の片桐会長、それぞれの立場から、私学の校舎建築のコンセプトや、心あたたまるエピソードの数々がお話しいただけると思います。私学の特徴のひとつである独自の教育環境と、そこで実践される教育の工夫についてのお話が聞ける、希少な機会です。 (北 一成)

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保護者会後の質問

★昨日日能研のある教室の保護者会で話をした。その会終了後、保護者から幾つかの学校の質問を受けた。よく研究しているなあと感心したと同時に、どの学校に今年の保護者が興味を持っているのかがわかるので紹介したい。

★普連土と頌栄と品川女子学院の違いを教えてください。東洋英和のキリスト教色が他のキリスト教学校と違うのはなぜ?女子聖学院と三輪田学園は、まだ選んでいないけれど、たぶん受けたい学校なんだと思いますが、中身をもっと知りたくて、どうですか?工学部の進路が開ける学校として武蔵工大や芝浦工大はどうでしょう?工業系の付属校以外に、工学部の進路が開けている学校はどうでしょう?本郷と高輪、成城だったらどこが?桜蔭とJGはやはり違いますか?麻布の自由と海城、早稲田の自由とはまた違うと思うのですが、どう違うのですか?桐朋女子が人気が今一歩なのはなぜですか?東京女子学園は生徒のめんどうみも進路指導も充実していると思うのですけど?城北はめんどうみがよいと思うのですが、本間さんの目にはどう映りますか。かえつ有明が伸びている理由と可能性は?豊島岡女子は、古風ですが、パワフルだと思うのですが、どのように評価していますか?白百合は、実績がすごくよいのに、なんか目立たないような気がするのですが・・・。光塩女子は、回りの知人も良い学校と言っているのですが、どう評価しますか。芝に入りたいんですけど、成績がもう少しというところなんです。攻玉社の算数は難しいですか?

★さまざまな質問が出たが、一通りポジティブな回答を提供できたと思う。具体的にどう回答したかは、生徒の状況に合わせてのことなので、語ることはできないが、話題に出たということは、いずれも保護者の質問力を喚起させる学校だということだろう。(本間 勇人)

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2007年4月29日 (日)

立教女学院という環境で育つ感性

立教女学院というキリスト教系の私立女子校に初めて足を踏み入れたとき、自身の中高生時代を東京都内のふつうの学校(公立学校)で過ごしてきた筆者は、校内の雰囲気の素晴らしさと、どっしりと重厚でありながら、あたたかなぬくもりを感じさせる校舎に驚かされ、かつ魅了された。「これが私学か!」と思ったものだ。もう22年も前のことである。

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その日は学校説明会だったこともあり、講堂でのお話のあとに校内見学をさせてもらえたが、天井の高い校舎、各所にある机や椅子の木のぬくもり、校舎を囲む緑と四季の花々、そして圧巻だったのが、同学院の歴史を刻む聖マーガレット礼拝堂である。ここで祈り、式典を迎える生徒はみな、この環境のなかでこそ培われる感性を育て、卒業してからも懐かしく思い出される風景を、在学中に心に刻んでいるのだろうと感じたものである。

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その後も数年に一度は、取材や学校訪問で訪れる機会があったが、最初に感じた印象は、いつ訪れても変わることはなかった。

その後、立教女学院は、築70年以上の伝統ある高校校舎や聖マーガレット礼拝堂とは対象的な、新しいマーガレットホール、中学校舎、聖マリア礼拝堂などの新築施設を加えたことで、新旧バランスのとれた学園環境を整えた。変わっていく校内の風景を眺めながら、「それでもこのキャンパス内には、変わらない素敵な雰囲気があるなあ」と思ってきた。

先に学校を訪れた際、同校教頭の山岸悦子先生は、この立教女学院の環境について、卒業生の松任谷由実(ユーミン)のことに触れ、「きっとユーミンの感性も、この立教女学院で培われた部分があるのではないでしょうか」と話してくれた。現にユーミンの曲にはパイプオルガンの音色が使われているものがある。代表作のひとつともいえる「翳りゆく部屋」で流れる荘厳なパイプオルガンは、目白の東京カテドラル教会大聖堂で録音されたものであることは、ファンの間に語り継がれている。

筆者は個人的にも興味があり、後日ネットで調べてみると、あまたあるユーミンのファンサイト(個人ホームページやブログ)では、同じことを指摘している同校卒業生やファンが大勢いることを知った。Rikkyojyogakuin106

この立教女学院のキャンパスや校舎には、そんなことも想像できるような、魅力的な雰囲気が受け継がれているということだろう。

ところで、この立教女学院は、学校の体制も少しずつ変わってきた。従来は1学年約160名の卒業生のうち、約60名が推薦で立教大学に進学してきたが、2005年に立教大への推薦枠が撤廃され、一定の成績を修めれば希望者全員が進学できることになった。その後は立教大に約100名が進学、約60名が他大学を受験~進学するという状況になっている。立教大学への推薦進学の道が実質全員に開けたことにより、中学校を受験するなかにも、いわゆる「大学付属校志向」の強い受験生や保護者が以前より目立ってきた面もある。

しかし、もともと同校は、系列の立教大学や立教女学院短大だけではなく、国公立大学や難関大私立大学に多くの進学者を送り出してきた実力校。「知的で品格のある、凛とした女性」を育ててきた、その伝統はなくすわけにはいかない。

そこで2006年から高2で理系(立教大理学部志望者含む)、文Ⅰ(立教大以外の文系希望者)、文Ⅱ(立教大学推薦希望者・理・文Ⅰ以外の進学希望者)の3コースに分かれる、コース制を導入した。進学校としての方向性をあらためて打ち出している。

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校舎・施設の面でも、旧き良き伝統に新たなものを加え、時代のなかで変遷を遂げつつある立教女学院は、教育の方向性や中身の面でも、理念の見つめ直しと、具体的な教育展開の再構築を図っている。そうした両面の良さを理解し、ファンとなる受験生と家庭がいるかぎり、立教女学院の魅力は決して色あせることがないだろう。

5月12日(土)に聖学院で行われる「Netty Land」講演会「クリエイティブ・スクールを探せ!~私学の教育環境を考える~」には、ゲスト校として、この立教女学院の山岸教頭先生も参加してくれる。きっとこのときにも、「旧き良き立教女学院の教育」と「新しい立教女学院の教育」の両面を伝えてくれるに違いない。そして、この日同じくゲスト校として参加してくれる市川にも、会場校である聖学院にも、やはり同様のことが期待できるはずだ。(北 一成)

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2007年4月28日 (土)

宝仙理数インターの活発な教育活動

宝仙理数インター新中1の教育活動も、一ヶ月が過ぎた。果たしてどのような学園生活を送っているのだろうかと思っていたところ、学年通信“Future”の一部を送って頂いた。

★まだ一ヶ月だというのに、8号まで発刊されている。一週間に2号ずつ編集されているということになる。白梅学園清修のブログ“Topics”といい、宝仙理数インターの学年通信“Future”といい、更新の高さが、新設校の勢いにつながっていることは確実だ。

★さて、“Future第1号”の巻頭言をご紹介しよう。

さぁ、今1ページ目が開かれました。最初のページを書くのは今日、2007年4月5日。最後のページを書くのは2013年3月3日。まだページは真っ白です。ストーリーは誰も知りません。物語を作っていくのは、君たち一人一人です。さあ、どんな物語にしますか。素敵な物語になりそうな予感がします。

★「物語を作っていくのは、君たち一人一人です。」という響きが心を揺さぶる。学校の伝統を新たに作っていくのは、先生方と56人の生徒たち。一回生の成長物語がそのまま理数インターの伝統になるのである。

★27日から28日は、富士山麓で宿泊研修「ウェルカムキャンプ」が実施されたようだ。仲間作りと自分作りの研修だろう。一回生の71分の1の成長物語がすでに書き込まれたのである。

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小野学園女子の新戦略

Ono小野学園女子の小さな、それでいて本質的かつ効果的戦略が展開されている。写真は同学園サイトからのものであるが、放課後の盛況ぶりの様子らしい。

★職員室の隣に生徒のためのQARoom(質問室)を開設したということだ。生徒が質問に来たら、いつでも答えられる非常に便利な場所で、質問する習慣をつけるために設置したという。

★なんだどこの学校でもあるじゃないか?と訝しげに思う方もいるかもしれない。しかし、「わからない問題について先生に教えてもらう空間」という表現あるいは意識を持つのと、「質問する習慣がつく空間」という表現あるいは意識は、似て非なるもの。

★前者は生徒はどこまでいっても課題は与えられる。後者はいずれ生徒が独自の視点で疑問を持ち始める。自分で課題を見つけ、疑問を抱くというのは、自分の中に新たな視点が生まれること。基準あるいはものさしと言い換えても良い。

★どんなにトレーニングを積んでも伸びない生徒がいる。それは与えられた課題をひたすら真面目に解いているだけだからである。独自の視点を持った生徒は、急激に伸びるのである。能の奥義ではないが、学びの道は「序破急」。急にべき数的飛躍をするのは、新たな視点がスコンと身体に入ったとき。腑に落ちたとき。この新たな視点がさらに新たな視点を生みつづけ、視点の構造が内在化すれば、かなり学力は伸びる。

★小野学園女子は、偏差値を超える環境設定戦略を着々と進めているのである。[本間 勇人 Gate of Honma Note

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ヴォーリズ建築が私学にくれたもの

前日のブログで、5月12日(土)に聖学院(東京都北区)で行われる「Netty Land講演会」のことに触れたところ、今回その講演会にゲストとしてお招きしているヴォーリズ建築事務所のことで、早速いくつか質問や意見をいただいた。

多かったのは、「横浜英和もヴォーリズ建築だったよね」とか「横須賀学院の中学校舎もそのはずだよ」とか「玉川聖学院が抜けているのでは?」といった、ヴォーリズ建築事務所の設計による私学についての意見や情報だった。

ご指摘のとおり、前日の文章で紹介したヴォーリズ建築による私学の校舎・施設は、ほんの一部でしかない。これをヴォーリズ本人が来日し、その後、明治40年代(1909年~)から今日まで同建築事務所が関わってきた私学建築を紹介しようとすると、膨大なスペース(文字量)が必要になる。

ウィリアム・メレル・ヴォーリズが他界した後にも、その建築思想を受け継いだ一粒社ヴォーリズ建築事務所の手によって設計・建築されてきた建物は、やはり、創立期の建築物の面影(趣き?)や薫りを残している。ヴォーリズ来日から数えると、やがて100年がたとうとしているが、決して色あせることのない理念が、今も受け継がれていのだろう。

いま手元には、この講演会のゲストにお招きしている片桐氏から資料でいただいた、株式会社一粒社ヴォーリズ建築事務所の「会社経歴書」がある。このなかには、ヴォーリズが手掛けてきた、教育(教育・学校寄宿舎)、宗教(教会・宗教団体・記念その他)、経済(商業経済・生産工業)、厚生(医療・福祉・レジャー)、住宅(個人住宅・集合住宅・寮)のなかで、いわゆる「教育」のジャンルに属する建物が年代順に列記されているのだが、それだけでも、1909(明治42)年から2005(平成17年)にかけて、何と21ページにわたって、800件近い数の建築物が記録されている。

おそらく、中学受験に関心を持つ方が学校名を知っているプロテスタント系の私学であれば、何らかの形でヴォーリズ建築事務所が関わっていることのない学校を探すほうが難しいとさえ思えてくる。

中学受験に関わる仕事を始めた22年前、そういうミッション系私学の校内に入って感じたのは、「ここはふつうの学校(筆者にとっては公立学校)とは違うな?」ということだった記憶がある。さらに、先の記録のヴォーリズ建築の校舎のなかから、これまでに訪ねたことがある私学の校舎を思い起こしてみると、そこには何かしら共通の匂いや趣き、あたたかさを感じる。

女子学院、フェリス女学院、東洋英和女学院などが、校舎を現在のものに建て替えたとき、その外観は前校舎とほとんど変わらないデザインとなった背景には、多くの卒業生の希望があったという。やはり当初の設計が、時代を経ても愛され続けるものだったからだろう。

そんなあたたかな校舎・施設のなかで、生徒(子ども)のために行われる教育が、心の通ったものになるのは、ヴォーリズが与えてくれた環境のなせるわざでもあるように思う。

片桐氏は、ヴォーリズ建築事務所の設計による校舎が完成すると、しばらくしてから、その校舎で過ごしている生徒(子ども)たちの表情を見に行くという。生徒が生き生きと、居心地良く過ごせているかどうかを確かめて、はじめてヴォーリズ建築事務所の仕事は完遂するということだ。

そんなところにも、ヴォーリズの建築に受け継がれてきた“魂”を筆者は感じる。ただ実際のところは、そうした理屈など抜きにして、そこで日々過ごす在校生こそが、そのあたたかさを「肌で感じて」いるに違いない。

ヴォーリズ建築による聖学院だけではない。今回の講演会のゲスト校である市川(千葉県市川市)でも、立教女学院(東京都杉並区)でも、在校生はみな、そういうあたたかさを感じていることと思う。(北 一成)

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2007年4月27日 (金)

5月12日~市川、聖学院、立教女学院の教育環境と文化を探る機会~

日能研Web情報通信の「合同説明会案内」でも紹介されたことと思うが、連休明けの5月12日(土)には、「Netty Land」主催の講演会『クリエイティブ・スクールを探せ!』シリーズの第1弾として、「私学独自の環境が生む“教育の質”とは?」と題した講演会が、聖学院中学校の講堂を会場に開催される。私学独自の「教育環境」について語られる、内容的には珍しい講演会である。

Seigakin02 今回は、会場校の聖学院(東京都北区・男子校)に加え、会の趣旨に賛同された市川(千葉県市川市・共学校)立教女学院(東京都杉並区・女子校)の先生方がゲストに招かれ、それぞれの個性的な教育環境についてお話しいただける機会だという。

また、今回は、特別ゲストとして、キリスト教関連の施設をはじめ、さまざまな名建築で有名なヴォーリズ建築事務所から、現会長の片桐郁夫氏も参加してくれるとのこと。ヴォーリズ建築事務所といえば、今回の会場校である聖学院をはじめ、女子学院、フェリス女学院、東洋英和女学院、横浜共立学園、明治学院、同志社、神戸女学院、西南学院、関西学院、宮城学院、遺愛女子、活水学院、等々の名だたるキリスト教系私学の校舎建築設計のほか、歴史に残る名建築を数々手がけてきたことで知られている。

今回の会場校である聖学院の建築設計に込められた想いと、これまでに手がけてきた私学の校舎建築のコンセプトや、心あたたまるエピソードの数々に期待したいところだ。私学の特徴のひとつである独自の教育環境と、そこで実践される良質の教育についてのお話が聞ける、希少な機会ということだ。

ヴォーリズ建築事務所については、ちょうどいま書店にて発売されている、月刊情報誌『進学レーダー』(みくに出版刊)でもP150~153に紹介されている。

ミッション系私学や教会建築に関心のある方にとっては、とても大きな存在といえるヴォーリズ建築事務所の建築思想と、その創立者ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(クリスチャン建築士。メンソレータムで有名な近江兄弟社の設立者でもある)の人柄やエピソードも聞けることと思う。

Ichikawa103 同時に、今回の参加校は、都心からも近い交通至便な地にヴォーリズ設計の校舎を整えた聖学院(男子校)、郊外型の私学として2003年に素晴らしい環境に生まれ変わった市川(共学校)、自然に恵まれた趣ある環境に新校舎も加えた立教女学院(女子校)の3校と、とてもカラフルな顔ぶれ。

そこに、キリスト教系私学の校舎建築の雄・ヴォーリズ建築事務所の片桐会長を加えたゲスト諸氏から、「私学の教育環境」に込められた工夫と、その背景にある生徒への“想い”を紹介していただける貴重な機会といえるだろう。

Rikkyojyogakuin102_1 私学の教育のさまざまな側面を、一人でも多くの方々に知っていただきたい。そんな想いから、この「Netty Land」主催の『クリエイティブ・スクールを探せ!』講演会シリーズはスタートしたものだ。

関心のある方は、どなたでも参加できる講演会である。詳しいご案内は、Webサイト「Netty Land」でご覧いただきたい。(北 一成)

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2007年4月26日 (木)

ついに全国学力テスト復活(2)

★本ブログで「ついに全国学力テスト復活」を書いていたら、岡部憲治氏§46 注目の全国学力テスト -疑問と期待-(Real Voice:オカベの目)をアップしていた。そこで5分ぐらいだったが、電話で話した。

【本間】「ネット上や新聞などでも問題と解答、問題趣旨などを見ることができるので、問題構成を分析することはたやすいが、『許容』というか採点基準が公表されていない。『見える化』して欲しい」と言っているが、そんなことできないんじゃないか?採点基準というのは、採点しながら変わっていくものだし・・・。

【岡部】もちろん変わるけれど、予め想定した、つまり仮説としての「採点基準」というのはあるはずだろう。まあ、今は公開しなくても、事後には公開して欲しいということ。

【本間】その必要性を文部科学省はあえてないと判断するのではないかな。問題と解答、趣旨は、君の指摘の通りネット上で見ることができる。趣旨を見ると、それぞれの問題がどの学習指導要領と関連しているか、指摘している。たとえば、小学生の国語Bの問題の1番に関して、すでにこう明記している。

【出題の趣旨】

司会の役割や働きを押さえて,話し合いを計画的に進めることができるかどうかをみる。

【学習指導要領との関連:第5学年及び第6学年】

A 話すこと・聞くこと

イ話し手の意図を考えながら話の内容を聞くこと。

ウ自分の立場や意図をはっきりさせながら,計画的に話し合うこと。

【岡部】君は、本気でそんなボケたこと言っているの?学習指導要領の項目の文言をまとめて、出題の趣旨を1つのセンテンスにしただけのものじゃないか。たとえば、その1番の問題の問1は、「書き抜け」とは書いていないのだから、いろいろな考え方がでてくる。問2にいたっては、司会者の役割をファシリテーション的な視点で書いてきたり、コーチング的な視点で書いてきたりする。いやある意味誘導尋問的なというか環境統治的独裁者としての役割を書く子どもも出てくるはず。これがみなよければ、書いていればOKということになる。学習指導要領の項目イにしてもウにしても、今挙げた視点で書いても、すべてその項目をクリアしているからなぁ。

【本間】基礎学力は国語Aという基礎知識のテストで測り、国語Bでは、君が言ったような観点を語彙分析的に行っていくのではないだろうか。OECD/PISAの国際学習到達度調査報告はそんな感じではないの?

【岡部】似て非なるものだと思うよ。思想的なものには踏み込まず、リテラシーの基準を予め仮説として公開している。そしてそれを3年サイクルで再構築していくというやり方。こういう基準の設定をあいまいにしているから、金子郁容さんのような肯定派と宮川俊彦さんのような懐疑派(日本経済新聞2007年4月25日)が生まれてしまう。マスコミ的にはネタとしては最高だろうけれど、建設的ではないなぁ。

【本間】たしかに。金子さんはボランティアとITコミュニケーションの両者に共通する質を見つけたり、コミュニティー・スクールを促進したり、ネットワークの広がりのイメージを持っているから、OECD/PISAの方向性のイメージができあがっている。宮川さんは、OECD/PISAの「読解リテラシー」ではなく、あくまで「国語作文」という視点から全国学力テストを見るから、理解の深さを意識する。そういう違いはあるだろうなぁ。

【岡部】そういう批評的な見方もいいけれど、権利問題より、今は実施されてしまっているのだから、事実問題でしょ。見方が違うもいいけれど、基準のすり合せの適性手続きこそが問題なんじゃないの。情報公開と有識者だけではなくもう少し広く議論できる機会が必要ってコト。

【本間】許容=採点基準という問題が、たんに採点の正当性や妥当性、信頼性の問題だけではなく、なんだか、「学びとは何か?」という大前提の話に回帰してしまっているよ。

【岡部】何だぁ、君らしくもない。君こそ、目に見えるものの背景にそういう目に見えない大前提があることを掘り起こすことに価値を置いているのではないかい。その大前提という仮説を仮説として了解して、国民で議論していくチャンス、「見える化」は成熟社会の当たり前の条件。コモンセンスではないのかな。

【本間】えっ、まさかそんな欧米的なコモンセンスが日本にあると、君こそ信じているの?金子さんはそこは絶望しているからこそ、別の戦略を考えているような気がする。そこは実は君といっしょだと思うけれど。

【岡部】まぁ、そうかもしれない。「背景」とか「深さ」いう「キーワード」には、どこか権力性の匂い、操作性の匂いがするから、どうしても「広がり」とか「見える化」という方向になるかなぁ。

【本間】僕自身団塊・断層世代だから、意識しなければ「背景」「深さ」という<言説>の忍び寄る権力性には気づかないときもある。かといって、「広がり」とか「見える化」だけでは、何か大切なものが切り捨てられているような気もする。

【岡部】僕は新人類世代の最後なのかな、団塊ジュニアのはじめのころでもあるかな。だからかもしれないが、そこは自分らしさとか自分の基準というか好みというかそういう根拠はギリギリまだあるなぁ。今は過渡期で、それがはっきりと顕在化する1つのきっかけとして全国学力テストは良いと思うけど・・・。

【本間】折りに触れ、考えてみる価値はあるだろう。今日はこのへんにしようか。

★岡部氏は、UCLAで社会学、エスノメソドロジーを学んできているから、<言説>の分析の仕方がなかなかおもしろい。ITや金融経済システムにも詳しいから、教育と社会のつながりが大局的に見えるのかもしれない。人間関係のコミュニケーションというミクロの分析が、マクロの分析に結びつくプラグマティストだと思う。こういうものの見方ベースで、テストを分析したりプログラムをデザインするから、今回の全国学力テストのマクロの動向と採点というミクロの手続きのダイナミズムを予感しているのだろう。まだまだディスカッションは続くと思うが、いずれ私学の先生や教育関連ライターも交えて議論してみたい。(本間 勇人)

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2007年4月24日 (火)

東京女子学院の教育の手ごたえ

★本ブログの「東京女子学院(TJG)の教育の成果」を読んで配慮してくれたのだと思うが、NTS教育研究所の上席研究員藤崎正彦氏(NTS教育研究所上席研究員)が、TJGの鈴木先生宛ての訪問感想コメントメールをCCで送ってくれた。TJGの教育活動の手ごたえとその割にPRが少なすぎるという臨場感ある内容なので、もっとTJGの教育の中身を知ってもらうためにも、ここに一部公開させてもらう許可をもらった。

鈴木先生

本日はありがとうございました。

4時間以上もの長きにわたって、授業見学、校内見学のみならず、酒井校長先生とのお話しの機会をいただき、ありがとうございました。

最初に見せていただいた吉田教頭先生の授業の丁寧さには驚きました。これなら落ちこぼれたりする生徒はいないだろうな、という印象です。また、高2の女子ばかり、しかも7名という少人数であるにもかかわらず、吉田先生の投げかけに生徒が大なり小なり反応を返していたのにも感動しました。些細なことかもしれませんが、普段から生徒との関係を作れているのだろうなと推測されます。

中1の生徒たちは元気で楽しそうなのが何よりです。余計なお世話かもしれませんが、現状の学力レベルはそう高くないでしょうから、整数に限定して正負の概念を徹底させた方が良いと思います。計算で苦労させてしまうと、計算ミスなのか、概念上のミスなのかがつかめなくなってしまうのではないでしょうか。まだスタートしたばかりだからこそ基礎固めに徹底するのが得策かと思います。

ひとつ気になったことは、教室に貼ってあった自己紹介ですが、「自分のいいところ」の欄に「ない」と書いてある生徒があったことです。実は教室で面接練習をしている際にも「あなたのいいところは?」「あなたの長所は?」と聞くと、やはり「ありません」という子が多々います。自分自身の内面に目を向け、たとえほかの人と違っていても良いところは良いと認められるように支援してあげてください。

英語の授業も嫌でも英語で受け答えする状況に置かれているので、自然と力はつくのでしょうね。とても魅力的だと思います。保護者にも実際に授業を見てもらう機会を増やしたら良いと思います。子どもの教育に関心のある親の興味を惹くだけの魅力はあると思います。校長先生のお考えや実際にやられていることもまた、充分に保護者の興味を惹くものだと思います。大学合格実績もあわせて、どんどん外部に情報を発信していきさえすれば、来年度50人は夢ではないと思いました。現状では外部に対する情報発信が少なすぎます。昨日HPも見ましたが、ありきたりの情報のみで、保護者に訴えるものではありませんでした。

本日、鈴木先生や校長先生にお聞かせいただいたお話しや実際に取り組んでいることや、生徒の様子、授業のこと等をどんどん発信しましょうと、校長先生にもお話しさせていただきました。一応、こちらからの情報提供として、「Honda発見・体験プログラム」、「親業、教師学」、「Nettyかわら版」の資料をお渡しし、簡単にご案内させていただきました。・・・・・・最後になりますが、入試問題のご送付ありがとうございました。まだ目を通していませんので何とも申し上げられませんが、(「かわら版」の私の担当ページの)記事を作る方向で検討いたします。 ・・・

★藤崎氏の学校や人間関係を判断する視点・切り口は、アドラーの思想。フロイトやユング、ロジャーズほど有名ではないが、彼らとは対極の非権力的対人関係を形成するという点で、知る人ぞ知る偉大な心理学者でありカウンセラーであり、思想家。ITあるいはインターネット社会では欠かせない、フラットな心性と知性。おそらくポストモダニズム思想家のベースの1人と数えてよいのではないだろうか。

★おもしろいのは、吉田教頭先生の授業スタイルというか授業の中のコミュニケーションに藤崎氏が興味を持った点。似た匂いを感じたのだろうか。吉田教頭は元駒東の教頭であると同時に教育カウンセリング界の重鎮。もしかしたら詳しく素性をTJGの先生方には明かしていないかもしれない。しかし、見る人が見ればわかるのである。

★吉田先生のカウンセリング手法は、フロイトやユングのようにモダニズムよりでも、アドラーのようにポストモダニズムよりでもない。中道である。駒東の文化そのもの。

★しかし、その一方でTJGの中にいる生徒への目配り・気配りをしないモダニズム的教師の存在も喝破している。今の受験生の親の世代は1965年前後生まれが多いだろう。まだまだモダニズム文化に浸っている世代だが、あと5年もすればポストモダニズム世代。学校の見方に大きな変化が現れる。2010年には、それがはっきり現れてくるだろう。藤崎氏の感想には、そういう変化の兆しが埋め込まれている。(本間 勇人)

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ついに全国学力テスト復活

毎日新聞(4月24日11時6分配信) によると、「全児童・生徒対象のテストとしては43年ぶりに復活した全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)が24日、国公私立の約3万2700校で一斉に始まった」ようだ。

★この学力テストの批判派の論点は、なんといっても形式的平等派。学力格差=資産格差という立場から、この不平等の差別化に拍車をかけるからという立場。

★もう1つは見識の違いから。多くの私学の場合がそれに相当する。それは麻布のように感情も論理で読み解ける入試問題を作ってきた見識が全国学力テストを受け入れない。問題の妥当性・信頼性だけではなく正当性までも求める立場。OECD/PISAの問題発想も超える問題を考え感じることができる3T(タレント・テクノロジー・トレランス)を測る問題をよしとする立場である。

★形式的平等は、不平等と不公平の区別ができないかもしれない。不平等でも公平であることは可能である。J.ロールズの格差原理は、不平等だが公平性を維持しよういうものである。ロールズの「格差」は原文では“difference”。不平等ではない。

★私学の3Tは、実はOECD/PISAがめざすところであるが、問題は市民生活レベルに設定されていて、その市民がやがて必要とする教養レベルについては、今のところ調査分析していないだけ。

★全国学力テストはOECD/PISAの路線。もちろんまだまだテストの科学性に関してはPISAに全く追いついていない。よって、PISAの先を行っている私学の多くが全国学力テストを受験しないのは当然の帰結。また、J.ロールズの「公正としての正義」は、自由論ベースではなく平等論ベースの理屈で、市場の原理の倫理性をどこまで追求できるかという社会科学の粋。ルーツは形式的平等派の拠って立つ啓蒙期の近代思想。ただ科学の理屈として、J.ロールズの方が優れている。

★ということは私学のプライドと形式的平等派のプライドは質的に大いに異なるが、今回の全国学力テストを選択しない理由は、意地しかない。本気で批判するのなら、OECDの世界戦略を批判するしかないが、そこまではしないだろう。

★いずれにしても、調査の発送、採点、集計などは小学校はベネッセコーポレーション(本社・岡山市)、中学校はNTTデータ(同・東京都江東区)に民間委託されている。国立大学も独法化の流れの中で資金調達を民間から行う世の中。この民間委託の流れは止められまい。ロールズやローティのように市場経済の中の正義や共生の理屈に帰るしかない。ご両人の理論、つまり今の若い社会学者のベースの思想であるが、ともかくこの理屈のルーツは、アリストテレス-キリスト教神学の配分の正義と交換の正義という正義の存在論。

★古くて新しい歴史が始まっている。(本間 勇人)

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白梅学園清修のサポーティブ・バンド(3)

白梅学園清修のサポーティブ・バンド(2)で、白梅学園清修の「先生方の願いと思いと行いは、熱く厳しく柔らかい」と書いていたところ、時同じくして、柴田教頭はTOPICSで、こう書かれていた。

「学校側に理解がないとか、生徒(選手)の能力が低いとか、交通の便が悪いとか、保護者がうるさいとか、伝統がないとか、巷には負の要素を嘆く声が蔓延している。しかし、そんなものは関係ない。信念、情熱、愛情、そして執念、逆境を乗り越える力は誰しもが持っているものの中にあるはずである。無いものを嘆くよりも、あるものを大切にすれば活路は開ける。スーパーバイザーの川頭氏や若いLAの皆さん、そして下村先生の姿を見ていて、そんなことを改めて思った。日本は広い、その気になれば師匠はどこにでもいる。」

★この思いそして熱が白梅学園清修の生徒の心をゆさぶる。保護者をゆさぶる。同僚をゆさぶる。そして私の心も。柴田教頭は別のTOPICSで「生徒観なくして、シラバスも指導案も書くことはできません。」と語っている。この「生徒観なくして」というのがまた情熱だ。しかし、柴田先生がなぜ白梅学園清修に。それは生徒を見守る穏やかで熱のある眼差しの視野にはいったから。その眼差しこそ秋田校長。

★清修「発見・体験学習」で、秋田校長は先生方とずっと生徒の話をされている。1人ひとりの顔と名前は、はやくも一致している。教師と生徒の基本は互いに名前で呼び合える信頼関係。プログラムが終わって生徒が部屋で就寝。それから夜遅くまで、振り返りをするのが学校の先生の熱。最後まで若い先生方のミーティングに秋田校長はいっしょにいる。生徒も若い教師にも寄り添う情熱。柴田教頭と情熱の波動が協奏するわけである。(本間 勇人)

Photo_53 ●里山に登りながら、先生方と生徒について語り合う秋田校長。

Photo_54 ●右の壁のスクリーンの生徒のデータを分析しながら、Honda「発見・体験学習」のスタッフと協働して振り返り。

Photo_55 ●生徒が寝静まり(実際は興奮していたようだ)、協働の振り返りが終わってから、再び振り返る白梅学園清修の先生方。

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2007年4月23日 (月)

白梅学園清修のサポーティブ・バンド(2)

★前回、「白梅学園清修のサポーティブ・バンド」で、「白梅学園清修は教師と生徒、生徒と生徒、教師と保護者、保護者と保護者、保護者と生徒という親密体制を、リアルにバーチャルに構築している。そしてこの親密なリレーションシップに、エリアコラボレーションやHonda「発見・体験学習」など外部の学習サポーターを取り込んでいく。」と紹介したが、今Honda「発見・体験学習」のスタッフと新中1のためのオリエンテーションである<清修「発見・体験学習」プログラム>のコラボレーションが実施されている。

★校長秋田先生、教頭柴田先生をはじめとする担任の先生方と74名との新中1の学校作りの2泊3日の宿泊研修である。まだ5分の1しかプログラムは進んでいないが、はやくも秋田校長、柴田教頭、担任の先生方は、1回生とこの目の前の2回生と、みんなでそれぞれ自分を、友人を発見していく開かれた精神と新しいことと新しくならなくて良いものを見つけられる知性を形作るベースを創るのはいかにして可能なのか、見守りながらその眼差しの奥で思い巡らしている。

★ルールを決めて、カリキュラムの構造を決定して進むのは簡単である。生徒1人ひとりが自分の視点や他者の視点を振り返ることができ、見つけることができるならば、その目配りこそルールになる。この気づきができるルールとカリキュラムの構造を作るのが伝統作りだと、秋田校長先生は語る。

★ルールのルール、カリキュラムのカリキュラムを作らなければ、いったん組立てられた対処療法的で場当たり的なルールや組織はすぐに硬直化し、不易流行は難しいと柴田教頭。

★今年の新中1は、安心の意味を問えば、「もし危険なことが起これば守ってくれ、ふだんは安心して楽しむことができるということ」とうまくまとめてくる。秋田校長は微笑みながら見守っているが、その眼光の奥では、「それはそれで問題なんですよ。解答をまとめる力は、受験を通して身についていますけど、学びはテストではないから、そう簡単に結論はでない。どこまでも探究・発見のプロセスは続きます。その体験こそ大事。それを身体で感じて欲しい」と。

★そんな折、生徒たちにHondaの社会活動推進室の小林俊哉さんが、「会社も源流回帰・源流強化なんですよ。変わるものと変わらないものがあるんですね」とメッセージを投げかけた。白梅学園清修の新中1生は、これから自分の人生を常に舵取りする選択基準と乗り越える技術と協力し合える愛のベースを、学園の伝統と結びつけていく。変わらないものと変わるもの。世間は変わるものに動揺しつづけるが、その流れに流されない、もしかしたら変えることができる逸材が、白梅学園清修から輩出されるかもしれない。

★先生方の願いと思いと行いは、熱く厳しく柔らかい。(本間 勇人)

Photo_47 ●まずは体験。

Photo_52 ●わいがや議論は大事。

Photo_50

●ミニプレゼン。インプット→プロセス→アウトプットは白梅学園清修の授業の基本サイクル。

Photo_51

●里山散策。日本の回遊式庭園のプロットタイプが里山。里山は自然と精神と社会と宇宙が結びついている。すべてがサイクルの中で回帰する永遠の命の生成系・・・。

【関連Hot News】白梅学園清修のサポーティブ・バンド(3)

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晃華学園の教育力の証明

★以前書いた晃華学園の教育力の今年の成果が出た。同学園サイトから推計すると、国公立私立合わせて医学部は30名合格している。卒業生が139人だから、21.6%が医学部にということだ。15.0%(04年)→14.5%(05年)→20.0%(06年)→21.6%(07年)という推移になるから、成果は順調に伸びているといえるのではないだろうか。

★昨年の実績から推し量ると、医学部の卒業生数に占める割合は、首都圏では、桜蔭、開成、白百合、駒東、麻布の次に位置するのではないだろうか。恐るべし晃華学園である。

★その後に続くのが、東邦大東邦、桐朋、暁星、栄光、豊島岡、女子学院、湘南白百合、横浜雙葉、江戸取、渋谷幕張・・・となるだろう。もちろん今年はこのチャートは変わるだろうが、東大・早慶上智・MARCHのメジャーだけでみていると、見落とす情報がいっぱいあるということだろう。帰国生募集の情報などもまたおもしろい結果になる。これについてはいずれまた考えてみたい。(本間 勇人)

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私立中高一貫校を新しい言葉で語る潮流

★日能研のブログで「高学年の時に読ませたい本(3)」という記事を書いた。また、「2007年教務資料を読む(5)~新しい子ども像の表現」という記事も書いた。さらに、本ブログで「東大合格者高校設置別割合推移から見えるコト」という記事も書いた。

★これらは、みな関連している。中学入試の国語で扱われる素材が激変したことと、教育を語る社会学的あるいは文化評論的な視点の変化は、私立中高一貫校・教育を新しい言葉≪言説≫で世の中が捉えようとしている地下水脈が音を立て始めたことを示唆していると思う。

★「かわら版4月号」では、鈴木隆祐(すずきりゅうすけ)さんと座談会を行った。鈴木さんはベストセラー『名門高校人脈』(光文社新書)を書き上げた後、「読売ウィークリー」で、「最高の授業」を連載。私学35校を丁寧に取材し編集している。

★誌上では、まだまだ新しい≪言説≫を差し控えているが、ピエール・ブリュデューのハビトゥスを視座に、学校の授業の取材を継続している。

★鈴木さんのお話を聞くと、ますます1970年代前後の若い作家や学者が教育を新しい≪言説≫でとらえているのではないかと確信めいたものを抱け、わくわくしてくる。

★筑駒から東大に行った東浩紀さんと、聖光から東大に行った北田暁大さんの「東京から考える」(NHKブックス)などは、まさにその典型。お2人とも1971年生まれ。お2人が尊敬しつつ、最近の思想的な方向に若干違和感を抱いている宮台真司さんは1959年生まれ。両世代の教育理念に関する考え方の差異は実におもしろい。それについては「高学年の時に読ませたい本(3)」で少し触れた。

★この「東京から考える」ものの見方が、R25で触れられているが、ここには理念に対する新しい捉え方が見え隠れしている。都市デザインの変化は時代の変化の軌跡。時代は確かに変わるなぁ。(本間 勇人)

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2007年4月22日 (日)

東京女子学院の教育の成果

Tjg東京女子学院(TJG)の教育改革の旅で、TJGの教育の質の現実態としての成果について紹介した。大学進学実績や総合的な芸術プログラムとしての「コットンローズ・ミュージカル」の公演について。

★そして、今回もう1つの成果を送って頂いた。それは「中学論集」である。酒井涬校長先生は巻頭言でこう語る。

「論文づくり」では生徒1人ひとりが、今日まで学んできた知識や技術、体験を用い、今日的な問題を自らの視点で抽出したテーマについて論を立てるのである。おそらく生徒たちは、その作業の過程で、資料・文献の収集整理、立場・見解の集約の難しさを味わったに違いない。と同時に、先人達の叡智と見識の高さ、合わせて彼らの不断の努力の姿に触れることができたのではないだろうか。先学者に対する畏敬の念、これこそが学問を志す者に備わっていなければならないものである。実はこれらが「論文づくり」学習の目的の1つなのである。

★教養の継承の証明がまた1つ積み重ねられた。あとは教師陣の一丸となった協力が爆発するだけ。OGチューター制度など、卒業生がボランティアで在校生をサポートする協力をしているが、浸透に時間がかかっているようだ。その機動力を発揮させるのは、先生方の協力への強い意志。OGに遠慮することなく大いに支援してもらえばよいのにと思う。

★教育の質は高いし、成果も出ている。あとは教師のオープン・マインド。フロンティア精神。遠慮せず壁を乗り越える先生方の姿が評判になることを期待する。(本間 勇人)

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2007年4月21日 (土)

東京文化中のドラゴンクエスト

★新渡戸稲造の学校、東京文化中は、いよいよドラゴンクエスト・プログラム(私見)を実施する。その名も「完全面倒見主義」

★このプログラムは、4本の柱から構成されている。

①成長カルテ

②6か年進路開発計画の推進

③「One to One」の進路面倒見

④ドラゴンクラス

★4つめの「ドラゴンクラス」はあの「ドラゴン桜」から取ったのだろうか。他人が評価した学力の奴隷にならず、自分の夢にむかって、戦略を立てて進めば、道は開けるという情熱と楽しさが生徒にとってはユーモアにつながるのかもしれない。このネーミングはウケているらしい。

★それともあのロングセラーのドラゴンクエストから取ったのだろうか。みんなで協力して様々な敵と闘いながら、進むべき道を見出していくゲームだが、人生も探求の道。

★いずれにしても、ドラゴンは西洋でも東洋でも、不思議な存在。クリエイティビティの象徴。小布施の北斎館「富士越龍」は海外から多くの人が訪れるほどの傑作。北斎の生き方は、江戸時代にあって、新渡戸稲造が理想とした武士道そのものだったかもしれない。事実としての武士の生き方ではなく、権利としての武士の生き方。新渡戸稲造の武士道は、未来へのメッセージなのかもしれない。ドラゴンの道は、心即理、知行合一の道、「龍場の大悟」。新渡戸稲造はクエーカー教徒になる前には、陽明学に影響を受けていたと言われている。

★東京文化中が、新渡戸稲造の学校であるが、クリスチャン・スクールでない理由がわかったような気がする。(本間 勇人)

【関連Hot News】評価される東京文化中の教育力(1)

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衆院教育再生特別委員会の行方

★20日、衆院教育再生特別委員会で、教育関連3法案の実質審議が始まった。安倍首相は、「愛国心」表記を新設した改正教育基本法に基づく教育再生の方向付けを再度明らかにした。

【関連記事】教育3法案 衆院再生特別委で実質審議入り(毎日新聞)

★そして「『ゆとり教育』に関しては、『(子どもの)自主性を尊重するあまり学力が身につかず、学ぶ意欲の低下につながった』との認識を示し、学習指導要領の見直しを急ぐ考えを示した」ようだ。しかし、ここに危うさが埋め込まれている。なるほど教育関連3法案の改正には、拭いきれない個人への国家による介入に関する鈍感力が横たわっている。

★自主性を尊重するあまり・・・。大いに結構ではないか。それが学力をかりに低下させるのなら、そんな学力観は必要ないのではないか。だいたい自主性と学力の負の因果関係などだれが証明したというのか。

★審議の答弁の中で、小坂憲次さんが、ビルゲイツさんに会って話し合ったことを引用。日本の教育におけるICTの普及は、アジアでかなり遅れているのではないかと指摘された。プロジェクターなどを導入した授業は、より効果的ではないか。だから予算をきちんと立てて欲しいと。それに対し、安倍首相は、わかったと。

★しかし、一方で、米National Center for Education Evaluation and Regional Assistanceは、教育ソフトウェアが成績に与える影響はほとんどないよという研究報告書を提出している。

【関連記事】教育ソフトの効果は限定的――米報告(ITmedia)

★この報告のおもしろい点は、1回目のリサーチだから、実はまだ仮説で、2回目を楽しみにと報告している点。ボランティアで教師にはやってもらっていて、まだIT研修で技術を身につけたばかりで、熟練していない。2回目のリサーチまでには、時間があり、教師のITスキルもアップするから、そうなったら結果はわからないということだろう。因果関係のあるなしは、やはり教師の質の問題?生徒の自主性を尊重することが学力低下につながるなどという発想はアメリカにはなさそうだ。

★それにこの米報告には、安倍首相のアイディアには分が悪い結果がでている。ITの導入により、教師の授業形態をリーダーからファシリテーターにシフトし、生徒も自主的に学ぶようになると。安倍首相が、ICT導入をOKした。すると生徒は自主的になってしまう。自主性を尊重するあまりと言っていたアイディアは矛盾に陥る。

★小坂さんは、中曽根元首相の秘書で、ご自身も元文部大臣。安倍政権が槍玉に挙げている「ゆとり教育」側だ。衆院教育再生特別委員会で、わざわざICTの話題を持ち出すなんてと思っていたら、こんな言語戦略が背景にあったとは、さすがは政治家の答弁である。(本間 勇人)

【関連Hot News】「教育再生会議」の発足

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2007年4月20日 (金)

白梅学園清修のサポーティブ・バンド

★4月はそれぞれの学校でユニークな教育活動が実施されている。新入生を迎えるにあたり、先輩が後輩のめんどうをみながら、それぞれの学校が独自に創ってきた文化を伝える活動である。

★先輩が後輩に伝えていくコミュニケーションをカトリック系の学校の場合「エンジェル」体制と呼んでるようだ。香蘭ではそのような先輩を“BIG SISTER”と呼んでいるらしい。昭和女子大学附属昭和の『朋友班活動』も生徒たちの“たてわりのコミュニケーションの場”として有名だということだ。

白梅学園清修もおもしろい体制を組立てている。今年二期生を迎えたばかりなので、その体制の仕掛けが良く見える。これが中高一貫生全員がそろって動き出すと、複雑で目に見えない部分がたくさんできるのだろう。そしてそれが文化資本の再生産の構造(ハビトゥス)となる。要するに伝統とかアイデンティティが確立する。

★組織の草創期は、フレキシブルかつ情熱的。構造というガッチリしたものはまだ創らない。そのため白梅学園清修も現状では校則とかを創っていない。イギリス的な慣習法というかコモンセンスを優先して動いている。これが中高一貫生が全員そろうと、その段階で、はじめてルールが成文化されるのだろう。しかし、今はまだまだルール・オブ・ローというコモンセンスをベースにやっている。外から見ているとハラハラすることもたくさんある。しかしやはり欧米のパブリック・スクールやプレップスクールの旧き良き伝統を国を超えて継承する名門校白梅学園としては、ルールが顕在化したときに魂が空洞化することを避けるために、さきに形ではなく質を育成する「がまんの時期」が必要だというわけだろう。

★しかしこの「がまん」体制。すさまじいエネルギーを必要とする。だから柔軟かつ情熱が必要だというわけだ。柔軟と情熱は、人と人の絆がなければ生まれない。型だけで済めば、合理的で効率がよい。しかしそこでは絆を大事にする心が育たない。まずは絆。one for all, all for oneという質料を創出すること、そのあとに形相はできあがる。現状はまだ可能態だが、質料と形相が結びつくといよいよ白梅学園清修は現実態となる。

★なんて欧米的な発想の学校なのだろう。もちろんそれでいて日本文化も大事にしている。「梅」の香の一瞬に美を見いだす文化はジャポノロジーそのものではないか。

★少し横道にそれた。本題に戻ろう。この可能態を現実態にする、つまり質料と形相をつなぐのはいったい何かということがポイント。白梅学園清修はそれを教師と生徒、生徒と生徒、教師と保護者、保護者と保護者、保護者と生徒という親密体制を、リアルにバーチャルに構築している。そしてこの親密なリレーションシップに、エリアコラボレーションやHonda「発見・体験学習」など外部の学習サポーターを取り込んでいく。

★これは複雑なジョハリの窓の4次元的な関係態。まだ構造としては安定していないから、変幻自在に関係は組み変わるが、それだけに全体を包み込む絆の価値を絶えず生み出さねばならない。先生方の温かい心と情熱とクールな知性のトータルな力がポイント。

★二期生は、非常にオープンで、活発。しかし秋田校長や柴田教頭の優しく見守っている眼差しは、今を喜んでいるだけではない。厳しさを乗り越える楽しさを抱えられる本物のオープンな精神を育てることはいかにして可能なのか、一人ひとりを見守りながら、心の中で考え巡らしていることだろう。毎日柴田教頭が更新している白梅学園清修のサイトからそれが伝わってくる。(本間 勇人)

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2007年4月19日 (木)

新潮流を生み出す日本音楽高等学校

★このところ時代はクリエイティブ・クラスという21世紀の新潮流の跡を追っているが、この流れが芸術をハビトゥス(文化資本の再生産の構造)として持っている学校から生まれていることに気づいた。昨年「のだめカンタービレ」が大トレンドになり、モーツァルト生誕250年でクラッシック音楽は大いに盛り上がった。

★洗足学園は、大学進学実績、独自の海外留学研修プログラムで一流の私立中高一貫校とイメージされがちだが、ドラマ版「のだめ」のロケに使われたために、音楽という芸術のミーム(文化遺伝子)も持っていることが再評価され、リベラルアーツの洗足学園という認識が生まれつつある。

★そのような流れもあって、芸術というか美学をベースにするリベラルアーツを可能にする学校を他にも探し、女子美大付属と国立音大附属という記事を本ブログで紹介した。

★美学をベースにするリベラルアーツをハビトゥスとして内包している学校。そういう観点を持ったということは、どういうことだろう。自分の中で生まれたという自分の見識だろうか。そうではない。時代の潮流がそういう本当の意味で成熟した教育を欲しているのだと思う。

★というのも、2005年に浦和実業の中学開設時の校長小山久夫先生が、今年4月日本音楽高等学校の校長に就任されたからだ。実業も音楽も、20世紀を牽引してきたモダニズム産業構造の日本社会にあっては、技術としての側面しか捉えられないできた。ところがやっと教育にもポストモダニズムの流れが入ってきて、横断的な発想がOECD/PISAの開発・調査によって、ますます総合的な教育力=新教養が求められるようになった。哲学ベースのリベラルアーツのハビトゥスを有している麻布学園も、この新教養講座構築に本格的に取り組んでいるぐらいだ。

★たしかアリストテレスは、思想なき技術は愚かだし、技術なき思想は空虚だと語ったとか・・・。ヨーロッパのリベラルアーツの基本的な発想であるが、20世紀産業は、思想なき技術だったし、技術なき思想だったのだろう。それゆえ、戦争回避も環境破壊回避もできなかった。

★21世紀は、この大問題を解決するために、思想と技術を横断的に結合しなければと歴史が時代が叫んでいる。小山校長は、浦和実業でその糸口を作ったのである。中学という3年間を高校に結びつけることで、教養教育を中2から高1にかけての思春期に接合できる。教養とはあらゆる矛盾を身を持って超えようとする知性である。身体と精神のダイナミズムということ。

★この基盤を浦和実業の中高一貫校体制によって創ったのが、小山校長先生。その灯火が浦和実業で継続しているかどうかは、まだわからないが、ともあれ、そういう小山校長の魂が、日本音楽高等学校と共振することになったのである。同校は、音楽コース以外に普通コースがある。音楽専門学校ではなく、音楽という芸術を通して、身体と精神のダイナミズムという「教養=愛と和と誠実」を伝えるリベラルアーツを再構築する可能性がでてきたのである。

★小山校長はクリエイティブ・クラスという新教養人クラスの要請に応える教育の伝道者になっている。先生自身が意図されているかどうかわからない。むしろ時代の水脈である通奏低音と共振しているのだろう。日本音楽高等学校もまたクリエイティブ・クラスを生み出す拠点の1つになって欲しい。中学からはいれないのが心残りではあるが・・・。(本間 勇人)

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2007年4月18日 (水)

星城中学校にますます期待

★以前「星城中学校~私立中高一貫校の星」という記事で、星城中学校を紹介した。

内観法、スポーツ、芸術、国際教育(中国とオーストラリア)、学力というあらゆる教育環境をバランスよく整えているのである。入学してくる生徒は知性と感性において偏差値50以上(模擬試験の偏差値とは若干違いがある。もちろん学力的には偏差値50以上)の生徒ばかり。

★この直感は、やはり正しかった。サンデー毎日(2007年4月29日)によると、東大1名、早稲田8名、慶應1名となっている。私の仲間が学校の先生から聞いたところによると、名古屋大学3名、上智1名、青山4名、立命館8名、医・歯・薬・獣医系に50名合格しているということだった。

★大学の合格実績が必ずしも教育の質と相関があるとは限らないが、生徒たちと直に触れ、理事長あるいは校長、広報関係の先生のお話をお聞きしたときに、言語の豊かさと視点のおもしろさを感じるときがあるが、そういう先生方や生徒たちが集まっている学校は、やはり大学合格実績も伸びている。星城中学校はまさにそういう学校だった。

★だから、先生方が紋切り型の古びた教育用語を使い、生徒たちも表向きはニコニコしているが、校門を一歩出ると表情が硬く、ともすると学校に対する不平不満を語り合いながら歩いている学校から大学合格実績が出ているのを見ると、アレっということになる。

★教育の質なき、つまり教養なき実績もあるのだ。学校選びは、自分の子どもの青春という未来の種を形成する土壌を探すこと。たしかに荒地からたくましく成長する植物も存在するが、自分の子だけが成長すればよいのではない。地域・国・社会の土壌が豊かになるには、まず学校の土壌が豊かでなければなるまい。そのためには、星城中学校のような学校をもっともっと発掘する柔らかい選択のものの見方が大事になる。(本間 勇人)

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穎明館のハビトゥス

★全私学新聞(4月13日号)論壇で、穎明館中学校・高等学校校長久保田宏明先生が「学校評価は誰のためのものか」について語られていた。興味深かったのは、2つ。

★まず1つは、学校評価について語る前に、教育の権利論と事実論を確認されていた点。37年前に出版された「これからの教育」という本から次のような箇所を引用されていた。

「学校というものは全ての子どもたに教育の機会を与える。しかし、それは同時に子どもたちの自由な日々の大半を狭い囲いの中に閉じこめる。能率的に子どもたちの知力を強化するが、同時に定められたカリキュラムや学習指導要領の枠の中に一方的に押しこめる。一方で子どもたちの社会性を促進するが、同時にかれらを国の思いどおりに仕立てていく。社会が完全な理想社会であれば、それもよかろう。しかし、現実はそうでない。だから特に義務教育というものはよほど慎重を期すべき両刃の剣と言わねばならない。」

★権利論的には義務教育のやろうとしていることはよくわかるが、慎重を期さねば事実は決してバラ色ではない。理想社会が出来上がっているのではないから、常に矛盾を孕むのが教育現場。そのことは37年前も今も変わっていない。教育再生会議で、教育改革論議を交わしているようだが、この大前提が抜け落ちているのでは。どうも「国の思いどおりに仕立てていく」傾向が強いのではと久保田校長は言いたいのではないだろうか。

★久保田校長は、明星学園の12回生で、早稲田に学び、教育行政で活躍した後、駒東の校長に就任、その後現在に到っている。教育行政という矛盾そのものの中で舵を切り、その事実論を権利論で昇華する私学という教育現場で理想に向かうという両方の経験をされている。

★だから「学校評価」についても、PDCAなどというサイクルなどは、当たり前でやっていない学校もないし、やらない人材も本来はいない。大事なのはそのサイクルをやるかやらないかの議論ではなく、子どもたちの状況に応じて独自のビジョンを立ててやれるかである。しかし今の議論は「評価結果をまとめ、文書を作成する自体が目的化する『評価のための評価』」になってはいないだろうか。この論点がもう1つの興味深いポイント。

★これは公立学校だけではなく、私立学校にも警鐘を鳴らしている。子どもたちの教育充実のためのビジョンなきPDCAサイクルなど役に立たない。学校経営論の側面だけで進んでは困るよと語っているのではないか。

★今年の穎明館の大学合格実績は、いつものように良い結果を出している。東大・早慶上智は卒業生比50.3%、東大・早慶上智・MARCHとなると131.9%(サンデー毎日2007年4月29日号判明分)。この実績は、子どもたちのための教育の論理と経営の倫理という権利論と事実論の螺旋運動という穎明館の歴史性が土台になっているということだろう。この螺旋運動が明確に認識されているのが、穎明館のハビトゥス=目に見えないカリキュラムだし、その歴史性が穎明館の文化再生産の軌跡と未来への道のり。(本間 勇人)

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2007年4月17日 (火)

東大合格者高校設置別割合推移から見えるコト

Photo_33 ★1971年生まれの東大出身の学者、東浩紀さん、北田暁大さんの現代評論というか日本文化論というか、要するにポストモダニズム的視点が今おもしろい。

★お2人とも中高一貫校出身。東さんは筑駒、北田さんは聖光。中学受験や中高一貫校時代の話も交えながら、評論を書かれるときがある。新しい≪言説≫で、というかきちんと社会学的に中学受験を捉える兆しがみえてきたのがおもしろい。

★図は大学紛争が下火になってからの東大合格者の高校設置別割合の推移。つまり東さんや北田さんが誕生した時代に重なっている。

★大きな物語、つまり国家や神、イデオロギーの支えを必要となくなった時代、ポストモダニズムの時代の生成背景の一風景である。国立高校在学生というのは同学年人口の0.3%もいない。にもかかわらず10%前後をキープし続けているというのは、ある意味日本社会は安泰なのかもしれない。

★公立の割合推移は進学重点校など公立の復権政策によって、最近は若干回復しているが、全体として減っていると考えてよい。これがポストモダニズムのフラット化した社会、経済優先社会の1つの傾向を表している。

★一方歴史的大転換時期に、私立は公立の東大合格者数を上回って、紆余曲折はあるが右肩上がり。教育理念という国家とは違うグローバルベーシスに基づいた教育の1つの現象である。

★もちろん、こんな単純にこの高校設置別合格者の占有率推移現象を割り切るわけにはいかないが、個人主義時代の象徴が公立の右肩下がりの現象であり、それを冷静に見て、日本国家の行方を舵とっているのが国立の微減。そのどちらでもない、近代化路線を歩みつづけている≪私学の系譜≫の存在が色濃く見えるのが、私学の右肩上がりのグラフ。最近はそれが揺らいでいるのがわかる。私学も迷っているのだろうか。(本間 勇人)

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2007年4月16日 (月)

海城の将来構想の考え方(3)

海城の将来構想の考え方(2)のつづき。海城の将来構想検討委員会は、「新たなビジョン・具体的な教育プログラム 両者をどうつなぐか?」、この根本問題を解決するために、その端緒を「期待・満足度アンケート調査」に見いだしている。

★受験成績に対する期待・満足度はかなり高いが、校風・教育方針への期待・満足度が思いのほか低いという結果に、前者にたいしては、高2以降の受験教育の充実とその徹底、本格的なキャリア教育・進路指導の実施によって、生徒たちのニーズにより応えていくことを、さらりと提案している。満足をしているから、何もやらなくてよいという提案はさすがにできなかったのかもしれない。

★後者に関しては、テクニカル論とファンダメンタル論の両側面からかなり詳細に議論・検討した痕跡がある。もっとも答申は簡潔にまとまっているのだが、そのまとまりでは収まりきれない思想と経済、倫理の見識が溢れかえっている。

★しかし、最も重要な点は、テクニカル論とファンダメンタル論を結びつけているのは、ロゴス論であるというコトだ。教育理念や教育方針は、一般にはどうしてもスローガンになり、平板な響きとしてしか伝わってこない。海城に限らず、多くの学校で生徒たちが関心を抱いていないのはそういうことだろう。したがって、将来構想検討委員会は、言葉をロゴスとして、他者の心を動かすようなプログラムに変容させるために、テクニカル論とファンダメンタル論とロゴス論の三位一体戦略を使ったのではないか。

★この戦略について詳細に語るコトは私の力では無理なので、いずれ委員長の中田先生に聞いてみる必要があると思っている。

★とにかく感じることは、この戦略によって、海城の教育理念は、文言を換えることなく、概念を新たに創り出し、新しい自由と正義論を構築するチャンレンジをし、新しい言語構造を導入し、官僚的近代主義でも、ポストモダニズムでもない、新しい近代の人材の育成、社会観、世界観の輪郭を明確に捉えているというコトである。もしかしたら、海軍予備校として出発した海城の理念は、もともとそうだったのかもしれない。しかし、歴史的事実がそれを見えなくしてしまったのか・・・。

★不易流行という言葉で語ってしまえば、それまでであるが、時代の要請にしたがって、建学当時とはやはり違う価値観、概念、考え方、方法論を脱構築したのではないか。その脱構築の戦略は、ジョン・ロールズの「正義論」に求めることによって、ヨーロッパ中世の世界観にまでさかのぼりつつ、21世紀を見通していることになり、海城の教育理念を明治以降のものとする歴史事実から解放する革命的知識人の方法論をとっているところが実に興味深い。(本間 勇人)

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2007年4月15日 (日)

共立女子のおもしろい≪私学の系譜≫

★2006年に共立女子学園は創立百二十周年を迎えた。それを機に、完全中高一貫校体制にしたし、新校舎も建設した。当然のことであるが、新しいシラバスも創った。

★この共立女子の改革に、学校選択者は敏感に反応し、今春の生徒募集はますます増え、入学生も360名を超えた。私立女子中高一貫校の中で最大規模の学校である。

★この規模で、学校を運営し、なおかつ伝統を持続し、一定水準の教育の実行と人材輩出が保証されているのは、ポストモダニズムの今の時代にあっては実は奇跡的な偉業である。

★というのも、89年のベルリンの壁崩壊に象徴されるように、それ以降の日本いや世界は、政治的イデオロギーは消滅し、生産優位経済社会から消費優先経済社会にシフトし、国家観や大きな思想、大きなストーリー、大きな政府は消失し、モダニズム資本主義は終わったとされているからである。

★確かに、大きな価値観に支えられて生きるという力は失われたという価値相対的な消費経済あるいは金融経済優先社会にあって、1学年360人規模で、1つの教育理念に基づいて1つの文化資本を再生産し続けることがいかにして可能なのだろうか。

★実はこれは共立女子のみならず、私学全体が「ゆるやかな理念共同体」として大きな物語を持続可能にしているある文化的な資本の再生産の特異点として同じ奇跡的な構造を有している。もちろん、個々の学校を見ていくと、ポストモダニズムの影響を受け、理念共同体を持ちつづけるのが危うくなっている学校もある。そして、そういう学校には生徒が集まっていない。

★このエニグマ的な構造を明らかにすることは、日本社会の教育の負の迷走を救うヒントになるかもしれないと、最近≪私学の系譜≫あるいはハビトゥスという言説を使って探ってはいる。しかし、これがそう簡単ではない。

★とにかく共立女子は最大規模の女子校であるので、その解明によって多くの教育のヒントを発見することができるはずである。そこで、いかに≪私学の系譜≫を形成してきたのか渡辺教頭先生にたずねてみた。

★「本間さんが≪私学の系譜≫という場合、当然ですが私立学校の系譜ではないですよね。もし私立学校の系譜という前提で話さなければならないとすると、共立女子の創立の時点では、<共立>の名の通り、いろいろな人材が共同して創ったので、うまくいかないんですね。不確定性原理なんですよ。とことんつめていくと、私学だか公立だかわからなくなる・・・。要するに120年も前に創立したということは、官学も私学も似て非なる夢を持っていたわけだから、創設時は混沌としていたと思います。当時の文部官僚経験者もかかわっていたし、私立公立問わず多くの学校を創設してきた人材もかかわっていたようです。」

★共立というのはイギリスの名門パブリックスクールの翻訳名だと思っていたが、そうではなかったのである。もちろん掛け言葉風にそれも意識していたのだろうが。今では鳩山春子が創設したようなイメージではあるが、実は多くの才人がかかわっていたということである。それこそ共立女子の≪私学の系譜≫たる根拠ではないだろうか。

★当時学校経営をして儲けようなどという建学者はそういなかっただろう。むしろ官学を創ってみたものの、自分たちの理想に合わないから、理想の学校を創りたいと思い、官僚出身者も福澤諭吉のような在野の私学人も共同するということなどは、自然の成り行きだったのではないだろうか。

★鳩山春子自身、官学にはどこか居心地が悪く、新しい学校を創ったと言われている。それにしても協力した人材の中には、岩倉具視視察団に参加してアメリカの教育を受けてきた人材が加わっていたということは、共立女子の建学時の大志がどれほどのものなのかわくわくするほど想像が逞しくなる。

★結局は留学は中止になって大いに失望した春子であったが、いずれにしても共立女子の出発は、当初からグローバルだったということだろう。この寛容な精神と才能と言語イノベーションが、世界標準の女子教育という大きな理念に結びついて共立女子の文化再生産が持続可能になっているのである。

★そしてこの再生産のシステムは、読む行為、書く行為、表現する行為のシステムである。今日それはシラバスとなって設計図が描かれ、それに基づいて教育活動が行われ、その結実が論文集や芸術作品集である。このような作品集は山ほどあるが、麻布の「論集」のように一冊にまとまっていないために、全貌を目にすることは難しい。おそらく完全中高一貫校体制になったので、一冊にまとめる作業がいずれ行われるだろう。

★この一冊には中学1年から高校3年までの作品が掲載されるので、新しい体制のハビトゥスを伝統化する影響力あるメディアになるだろう。

★ところで、共立女子の≪私学の系譜≫の形成の仕方でもう1つおもしろいコトがある。2007年3月25日、欧州連合(EU)は、その設立条約として知られるローマ条約の調印50周年を迎えた。このEUと共立女子は歴史性という点で共有するコトがあるのだ。1999年マルック・スィニソー駐日エストニア共和国特命全権大使は、EUの一員となりたいという論考を書いているが、その中にこういう一節がある。

戦前、我が家の本棚にあった1冊の本のことを今でも思い出します。それは、東京で日本人の母親とオーストリア人の父親との間に生まれた欧州統合思想の父、クーデンホーフ・カレルギー伯爵の「全体主義国家対人間(編集部仮訳。原文では”Totalitarian State Against Man”)」のエストニア語版でした。彼の汎欧州思想と反全体主義の考え方は、エストニアの政治家に、また私自身にも大きな影響を与えました。伯爵の著書の出版にかかわった人々の大いなる希望が実現され、エストニアが1日も早くEUの一員となることを願っています。

★この”Totalitarian State Against Man”というクーデンホーフ・カレルギー伯爵の本は、実は「自由と人生」という題で、鳩山一郎が訳している。鳩山一郎はこの書を訳し、その「友愛革命」の意志を日本につないだ改革者型リーダーだった。もちろん春子の長男で、春子の精神を継承した薫は、一郎の妻である。

★鳩山一郎は1953年には、「友愛青年同志会」を結成し、初代会長に就任している。この同士会は、文部科学省の所管で、財団法人「日本友愛青年協会」として今も存在しているが、とにかく鳩山家はクーデンホーフ・カレルギーと親交を持った。伯爵は、一郎他界後も共立女子で講演をしているぐらいである。

★渡辺教頭先生は、もしかしたら共立女子の校訓の1つ「友愛」は、クーデンホーフ・カレルギーの「友愛革命」の精神と関係があるかもしれないと語られる。しかし、そのような事実があるかどうかはあまり問題ではなく、欧州共同体の夢を抱いた精神性を受け入れる土壌が共立女子にあったコトが1つのハビトゥスであり、それが大きな精神・物語を持続可能にする≪私学の系譜≫の形成の質料なのではないだろうか。

★≪私学の系譜≫を考えることは、受験業界の便宜的な御三家とか新御三家のような大学進学実績に寄り添ったポジショニングを変更することになるかもしれない。(本間 勇人)

※クーデンホーフ・カレルギーと共立女子の関係については→

私学のリーダー・イメージ(10) 驚くべき歴史性【1】

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2007年4月14日 (土)

東京女子学園の進化=深化=真価

★今年の東京女子学園の新中1入学者は140名を超えた。教育のクオリティを高める努力が、学園の進化の促進に結びつき、さらに教育の質を深化させることになった。いよいよ東京女子学園の真価が発揮されるときがやってきた。

★私が書き込んだブログを少しさかのぼってみると、そのプロセスの一端がわかる。たとえば、昨年10月の<2007年学校選択動向〔3〕~10月8日センター模試の結果から>では、センター模試の志望校登録者数が前年対比で上回っている理由として、「女子聖学院、八雲学園、横浜女学院、品川女子学院、聖園女学院、神奈川学園、江戸川女子、恵泉、東京女子学園は、言うまでもなく、教育の質のすばらしさに尽きる。」と書き込んでいる。

★昨年11月の<東京女子学園のキャリア・デザイン>では、「すでにある『もの』としての職業ではなく、世界の人々をどのような資質を生かしてつないでいくのか、『関係』づくりができるのか。そこに東京女子学園のライフ・プランニング・プログラムは焦点をあてているのである。」と進路指導の深化の局面に遭遇している。

★今年の1月入試直前の最終的な動向分析<2007年首都圏私立中高一貫校入試動向(10) >では、「東京女子学園も健闘している。英語のワールドスタディーは、本になるほど教育界で注目されている。美術ではコンセプトを大事にしている。抽象思考と豊かな表現の結合が東京女子学園の美術。あらゆる教科が思考と想像力を養う基礎基本で結びついている。」と、OECD/PISA的な発想のあることを発見している。

★さらに今年の中学受験真っ只中という時に<受験の最中に併願校を東京女子学園に変更>という記事を書いたが、そこでは「英語教育や生徒1人ひとりの成長に合わせた進路指導の充実などが、応募者数増の大きな理由であろうが、先生方の気配りが、受験生や保護者に温かさと安心感を与えるというのが大きいのではないだろうか。」とマクロとミクロを結びつける先生方のコミュニケーション力を見出している。

★こうして振り返ると、やはり今年の結果に到るプロセスというのがきんと組立てられていたのがわかる。あらゆる面で、東京女子学園の先生方はがんばっているのである。

★そして新しい生徒たちを迎えるにあたり、再び新たな新中1用のプログラムを開発(もちろん他学年も軌道修正しつつ進むのは当然)しつつある。新中1の担任・副担任の先生方が額を集め、ひざを交えて議論し、入学する前から生徒1人ひとりの学力や成長段階を分析。どのような成長サポートをしていくのか、東京女子学園が積み上げてきた教育システムにさらに新たな発想を結びつける準備をされた。こうしてまた東京女子学園の進化=深化が促進し、真価が磨かれていく。(本間 勇人)

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2007年4月13日 (金)

海城の将来構想の考え方(2)

海城の将来構想の考え方(1)のつづき。「将来構想検討委員会 答申」の最初のページを開くと、いきなり「新たなビジョン・具体的な教育プログラム 両者をどうつなぐか?」というフレーズが目に飛び込んでくる。

★さりげないが、このフレーズは深い。麻布の氷上校長は、今年の「論集」の巻頭言をこう締めくくる。「わが国における陽明学展開の物語は、近代社会に生きるものの最大のテーマ、ニヒリズム(三島の場合、能動的ニヒリズム)の克服をもって真の最終章をむかえる、と私は思う。わが学園の教育がめざす『新しい教養』の課題もここにある」と。

★この氷上校長の大局観は、海城の将来構想の大局観に一致するのである。しかし、氷上校長の言うように、≪私学の系譜≫であれ≪官学・靖国の系譜≫であれ、「同じ心性を持つことの不幸」が近代教育以降の流れなのである。内村鑑三もキリスト教に出会う前は陽明学に慣れ親しんでいたというし、江原素六も儒教とキリスト教の両方を生徒に講義していたという・・・。

★麻布はこの不幸を創立者江原素六自らの克服によって、正統≪私学の系譜≫に与することができた。駒東は戦後の日比谷的名門校ハビトゥスによってその不幸を背負うのを免れた。桐朋も戦後の教育基本法の立役者務台理作によって正統≪私学の系譜≫に与することができた。慶應はもともと≪私学の系譜≫の原点。武蔵も戦後創設によってその難を逃れることができた。早稲田は微妙だし、その戦略は調べる必要があるが、慶應とセットのイメージで逃れていると思う。

★しかし、海城は自ら近代の不幸を背負ったまま、どこで決別するのか、戦後もひきずったに違いない。そういう意味では、最も≪私学の系譜≫のハビトゥス生成のモデルとして注目に値する学校なのである。

★このような複雑な歴史的背景の視点で眺望すると、「新たなビジョン・具体的な教育プログラム 両者をどうつなぐか?」というさりげないフレーズの奥行きが急に広がってくるのである。(本間 勇人)

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2007年4月12日 (木)

海城の将来構想の考え方(1)

★2001年つまり21世紀にはいるや海城学園は創立110周年を迎えている。19世紀末という今日の先進国が近代の夢、理想に向かって、同時に矛盾をはらみながら邁進した時代に海軍予備校として出発している。

★明治近代国家の夢の実現のために、海城もまた「国家・社会に有為な人材を育成する」という建学の精神のもと設立されたのであろう。

★今日の海城は、多くの卒業生が東大、早慶上智などいわゆるスーパー難関大学や海外の大学に進学している。今年も東京エリアの私立男子校では、開成、麻布に次ぐ東大合格者数を出している。にもかかわらず、世間は、この麻布と海城の間に、武蔵(最近は危ういが)、駒東、慶應普通部、桐朋、早稲田などの男子校を挿入し、必ずしも正当な評価を与えていない。

★ここには重大な問題が横たわっているかもしれない。従来、世間の私立中高一貫校の選択基準は、結局は偏差値や大学進学実績だと言われてきて、最近では、やっと教育の質・クオリティを選択指標として考慮しようという動きが大きくなってきているが、まだまだ大学進学実績はインパクトのある指標だ。世間はわかりやすい指標を求めるものだから当然と言いたいところだが、そのわかりやすい指標が目の前にあるにもかかわらず、海城が高い評価(十分に評価はされているのだが、もっと評価されてよいはずという意味)を受けていないのはなぜなのだろう。

★今回、海城の将来構想検討委員会委員長中田大成先生から、答申を拝見させていただいて、この世間の評価と実際の海城の質の高い教育力とのGAPを埋め、さらに評価を高める将来構想ビジョンと戦略があるのに気づいた。独断と偏見ではあるが、しばらく思いをめぐらしてみたい。(本間 勇人)

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2007年4月11日 (水)

4ヶ月間の記事のアクセス数ランキング

★2007年1月1日~4月10日までの、各記事の集計ができた。本ブログの記事は192本ある。そのうちアクセス数ランキング50番まで(学校以外の記事は除いた)を紹介したい。記事のアップの日がそれぞれ違うので、このランキングは人気を意味するものではないが、学校選択者の志向性の一部を推察するヒントになるはずである。アクセス数は特に表示しないが、1位の「伸びる聖セシリアの進学実績」は、4ヶ月間で2,347人、2位の「聖園学園の教育の考え方」が706人だったので、ダントツのアクセス数という結果となった。(本間 勇人)

1 伸びる聖セシリアの進学実績
2 聖園女学院の教育の考え方
3 白梅学園清修の見えないカリキュラム
4 三輪田学園の新たな不易流行
5 世田谷学園「最高の授業」で紹介される
6 白梅学園清修の最終学校説明会
7 かえつ有明は生徒が増えても1人ひとりに目配り
8 麹町学園女子2007年入試の飛躍
9 白梅学園清修の人気の秘密
10 横浜女学院の優しい眼差し
11 麹町学園女子の人気
12 聖園女学院の勢い
13 晃華学園の教育力
14 かえつ有明の新しい実践着々と
15 読売ウイークリー「浅野」に注目!
16 自己の閉塞状況を破れる自由の森
17 藤嶺学園藤沢中学受験生集まる
18 聖園女学院の美術
19 淑徳巣鴨が伸びているわけ
20 宝仙学園理数インターの人気
21 八雲学園は量も質も
22 入試問題に見る聖徳学園の教育の質
23 聖ヨゼフ学園のもう1つの教育
24 女子学院の教育力
25 中村中の最終学校説明会
26 受験の最中に併願校を東京女子学園に変更
27 玉川聖学院の教師の質
28 宝仙理数インターの本気の教育~戦略と情熱と
29 戸板中学の魅力
30 中村中は応募者が増える学校の1つの型
31 かえつ有明の教育空間(1)
32 女子学院の教育力(2)
33 女子聖学院の行事の創造性
34 光塩女子学院の学年共同担任制
35 晃華学園の科学の芽
36 函嶺白百合受験チャンス
37 八雲学園の教育の質、飛躍!
38 星城中学校~私立中高一貫校の星
39 次に注目される小野学園女子の教育
40 南山男子部の教育
41 知られざる東京女子学院の教育
42 湘南白百合のオープンスクールは在校生が活躍!
43 女子聖学院の質のさらなる向上
44 サレジオ学院の魅力
45 私立学校が継承するもの~麻布の氷上校長語る
46 白梅学園清修の人気の秘密(2)
47 明治学院の魅力
48 脳科学が自由学園の新しさを見いだす
49 かえつ有明の教育空間(了)
50 麻布の国際交流の広がり

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時代はクリエイティブ・クラス

★ジョージ・メイソン大学 教授リチャード・フロリダは、著書“The Rise of The Creative Class(2002)”、“The Flight of The Creative Class (2005)”で、多くの先進国では、クリエイティブ・クラスと呼ばれる全く新しいタイプの労働者(新しいアイデアや技術、コンテンツの創造によって、経済を活性化・成長させる役割を担う)が、労働力人口の約30%を占めると推計。国境を越えて自分の住みたい都市を選び、移動していくため、都市はクリエイティブ・クラスを引き寄せるデザインをし、企業はクリエイティブ・クラスが集まる工夫と場所を選択する人材マーケティングを重視していくようになる。時代はクリエイティブ・クラスなのである。

★NTS教育研究所の岡部憲治と両著を読んで、私たちは、これはクリエイティブ・ピープル育成とクリエイティブ・クラス創出は全く次元の違うものだと認識した。リチャード・フロリダ自身、日本には創造的人材は他の先進国よりたくさんいるのだが、クラスは形成していない。それぞれの産業構造に埋もれていて、本来的な創造性をグローバルに発揮していないと指摘している。

★私たちは、私立中高一貫校のクリエイティブ・ピープル輩出の教育の質を見てきたが、≪私学の系譜≫からいけば、man for othersとしての個人であるから、個として優秀な人材を輩出するだけではなく、社会や世界を変える影響力ある新しいクラスを形成する人材を輩出できるはずであると考えた。

★そこでクリエイティブ・クラスを形成する人材を輩出する≪未来を創る学校≫を探す企画を立て、実行し、今に到っている。

★2004年には、まだクリエイティブ・クラスという明確な輪郭はなかったものの、「首都圏私立中高一貫校の選び方~未来を創る学校」というテキストを書き上げた。

★そして2005年には、日・EU市民交流年イベントとして「≪未来を創る学校≫セミナー」を年3回開催した。そして3回目の各学校(那須高原海城・白梅学園清修・八雲学園・洗足学園)の先生方とは、クリエイティブ・クラスを形成するリーダーをどう育てるかをベースにパネル・ディスカッションをした。

★当時はリチャード・フロリダの訳本がまだなかったので、クリエイティブ・クラスというキーワードは世に流布されていず、共有するのには、パネルをやる前に先生方とNTS教育研究所のスタッフは時間をかけて打ち合わせをした。

ホンマノオトでクリエイティブ・クラスについて少し書き始めたのもそのころであった。岡部の方は、≪未来を創るセミナー≫で実際講演もし、その後、本人自身のサイト“Real Voice”で、6回に渡って 「都市再生から都市創造へ」という論文を書いている。

★その後、日経新聞でリチャード・フロリダが取り上げられ(これについてはホンマノオト参照)、この流れがやっと日本にも認識されるときが近いと確信し、Netty Landのフリーペーパー「かわら版」でも、クリエイティブ・クラスを形成する人材を輩出する学校を、クリエイティブ・スクールとして紹介する編集をしていった。本ブログでも昨年の12月に「女子美大付属と国立音大附属」についてクリエイティブ・クラスという観点で書く試みをした。

★そして「かわら版2007年1月号」では、特集「クリエイティブ・スクール」を企画編集した。135校が「未来を創るクリエイティブ・スクール」としてメッセージを贈ってくれた。「時代はクリエイティブ・スクール」という記事の冒頭で私はこう書いた。

21世紀をリードする人材は、多様な才能(Talent)を持ち、その才能を実現できる技術(Technology)を磨き、他者の痛みを受け入れ、信頼を作る(Tolerance)ビジョンを創っていける3Tが必要だと言われています。ある社会学者はこのような価値観や活動力を持っている人材グループをクリエイティブ・クラスと呼んでいます。

★このある社会学者こそリチャード・フロリダである。そしてこの3Tという視点で、NTS教育研究所の吉井千花と岡部憲治が学校を取材し記事を編集した。

★この企画に関して岡部と私は、「週刊ダイヤモンド別冊 2007年3月27号 いま、試される父親力」の編集者に取材され、7ページに渡って取り上げられている。もちろん、リチャード・フロリダの件についてもきちんと扱われている。

★しかしながら、一般に日本においては、まだまだクリエイティブ・クラスについては関心が広まっていない。創造性ということに関しては当たり前のように語られるのであるが、それがクラスという概念で捉えられていない。というのもこの概念が広まると、産業構造に大きな変化が現れるからである。と少し気弱になっていたのだが、やはり、経済界は、フラット化に壁を作るようなことはしなかった。

★今月、ダイヤモンド社は、“The Flight of The Creative Class (2005)”の翻訳を「クリエイティブ・クラスの世紀 」(訳者井口 典夫) という題で発刊。 また同時発売の“Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2007年 05月号”で、「クリエイティブ資本主義」という特集を組み、リチャード・フロリダが前面に出てくる。また、“The Rise of The Creative Class(2002)”の翻訳も秋に出る予定だという。

★リチャード・フロリダがクリエイティブ・クラスという新しい考え方を世界に発信してから5年が経過して、やっと日本でも広がる可能性がでてきた。やはりグローバルな考え方に関しては、日本は相当遅れていると考えたほうがよさそうだ。それが教育というフィールドになるともっと遅れているだろう。文部科学省の教育行政・政策が時代錯誤に見えるのもそういうわけだったのである。

★しかし、それであきらめるわけにはいかない。だから私立中高一貫校に期待がかかる。時代はクリエイティブ・クラス、そしてクリエイティブ・スクールなのである。(本間 勇人)

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2007年4月10日 (火)

久しぶりに中村中の調べを聞いた

中村中といえば、生徒募集が激増したとか、大学進学実績が急増したとか、広報の大胆かつ細心の注意を払った戦略だとか、教育の質のプロセスがそのような成果をもたらしているとわかりつつも、どこか経営の論理に関してばかり記述していた最近の自分にどこか負い目を感じていた。

★しかしNTS教育研究所のフェロースタッフ麻生偉宏さんのエッセイ「『みやこどり』にみる中村学園」を読んで、久しぶりに中村中の調べを思い出した。フルートやサックスのあの風を芸術に変換する響きを。風と響きこそフェニックス中村の原点。これぞ≪私学の系譜≫の1つの流れ・・・。

★麻生さんの最終パラグラフを紹介しよう。

「自分の可能性に、耳を澄まそう」。ふと、説明会ポスターに記された言葉を思い出した。常に耳を澄ませながら、様々な情報を発信している中村学園。みやこどりの飛び交う隅田川のほとりからは、様々な音色が聞こえてくる。その多彩な音色は、これからも聴くものの耳を楽しませてくれるのだろう。

(本間 勇人)

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Netty Land★HotNews本間の立場?

★最近、おもしろい角度から学校選択の時代だと実感するときがある。というのは、私の書き込んでいる本ブログやその他のサイトについて、多様な批判をいただくようになったからである。多くの批判はそれだけ、拙文であるにもかかわらず、読んで頂いているということだし、学校選択への意識の高まりの現象でもあると了解している。

★ある保護者とある私学の先生からいただいた批判の中には、こういうのがある。「本間さんの書いているのは、学校のポジティブな側面しか書いていなくて、表面的なのではないでしょうか?」というもの。

★逆に、他の先生は、「さりげなく逆説的な表現をしているときがありますよね。もっとはっきり言ったらどうですか?」とアドバイス(非難?)を頂くときもある。「幻惑的表現で煙に巻くよね。わけのわからないことを言っているときが多いよね!」と言われるときも多い・・・。

★鋭い指摘をする先生もいらっしゃる。「4月2日の日経新聞のコラム“春秋”にこんなのがあったんだけれど、知っている?最後のパラグラフにはこうあるんだよ。『“上司こそ部下へのホウレンソウを積極的に行い、範を示すべき”と指摘するのは人材育成コンサルタントの細川馨氏だ。部下から相談されたら“えんかい(援助と解説)”で応えたい。“せつめいかい(説教、命令、介入)”を受けた部下は二度と相談に来ないそうだ。どうかご注意を。』とね。本間さんのクリエイティブ・スクールの12の指標によれば、“えんかい”ができる学校長や教師がいない学校には二度と生徒は来ないという警鐘を鳴らしているんだよね。創造的コミュニケーションができない教師というのは、いつも“せつめいかい”をやっているということでしょう。学校選択者にはそれを見抜きなさいと啓蒙してもいるわけだよなあ。」

★私が主宰しているNTS教育研究所やアドバイスしているHonda「発見・体験学習」プログラムの運営を支援してくれている麻布卒業生を中心とする私立中高一貫校卒業生は、自分たちの学校の表も裏も知り尽くしながら、母校の学校全体の文化を語ろうとする視点を持っていて、いつも私学論に花が咲く。自分の学校の≪私学の系譜≫におけるポジショニングを証明するのに懸命になる。同窓生の力を感じる瞬間だ。

★ドキッとしたのは、ある女子校の在校生からのメール。「行間に一杯真実があるのが、わかります。直接書いていないけれども、読む人が読んだら了解できます。たしかにそこをクリアすれば、私たちの学校はもっとよくなると思います。でもそれは私たちがやることですよね。ありがとうございました。」と。母校の精神を守る気概に感銘したが、先生方がそれに日頃気づきているかどうかはまた別である。

★また保護者からの次のようなメッセージも多くなってきた。「桜蔭と雙葉と女子学院の違いを教えてください」「共立女子と大妻の違いが知りたい」「鎌倉学園と逗子開成の違いがわかりました」「いくつかの私学については言及していないのはなぜですか」「聖光と栄光に関しての評価が違うのではないですか」「鴎友学園女子や洗足学園を持ち上げすぎではないですか」「渋谷幕張と昭和秀英の違いは?」「麻布や開成の教育理念とその現実化ばかりではなく、駒場東邦についても考察して欲しい」「城北はエクセレントスクールですかエリートスクールですか」「白梅学園清修、宝仙理数インター、かえつ有明という新しい学校の情報に偏って発信していませんか」・・・。

★日々、いろいろな方とお会いし、ある意味「≪私学の系譜≫としての私学論」の周りをぐるぐる回っているのである。私はジャーナリストではないので、ネガティブな要素をスキャンダルとして扱うことに興味はない。かといって学者ではないので、社会学的な手法で、学校論を語ることもまずないだろう。さらに宗教家でもないので、聖なる学校論を語ることもできない。

★私は一市民である。単なる私としての市民ではなく、公をできる限り受け入れる寛容さを持ちたいと願っている市民である。世の中の清濁を知りつつ、それを1人で飲み込むほど力がないので、いろいろなフィールドや世代の人と対話をしながら、幸せな青春時代を送ることができる、そしてそれが未来の生きる糧になる居場所でもある学校の構造(あるいはシステム)とはいかなるものか探しているだけである。

★しかしながらあらゆる構造やシステムに完璧なものはない。だから振り返りやフィードバックというメタ装置をどのように埋め込んでいるのかが肝要なのだ。いかなる負の部分があるかを暴露するところに主眼はない。もちろんそれが刑法や憲法に抵触するような場合は別であるが、そうではない範囲の場合は、そのことを了解していても、表現はしない。そうではなく、そのような事態が発生しないような内的配慮装置、発生したときの対応マニュアルがどうなっているのかを探究している。

★「いじめ」「不登校」「問題行動」などは集団や組織の中では往々にして意図せずして起こる。意図して起こるような学校は、そもそも論外。そうではなく、意図せずして起こる可能性に目配りをしている学校、発生してしまったときにオープンに対応できる学校とは、いかなるシステムを有しているのか。それはコミュニケーションのシステムということと等価なのである。

★しかし、コミュニケーションをシステムや構造と理解するのではなく、心と心の結ぶつきという通り一遍の道徳表現で、システムの理解を覆い隠す抑圧機構が、学校選択者側にもある。心理学の時代だからここはなおさらなのかもしれない。心理学も、抜け出せない限界があることに気づいたほうがよいなあと感じるときがある。自分が置かれている組織やシステムを変更することはできない。それは変えることのできない自然災害と同じようなものなのだととらえる傾向があるのではないかと思う。今、ここで自分がどう変わるかが目的になる場合があるのだ。

★個人が変化すればシステムも変化するし、システムが変化すれば個人も変化する。その変化の中で普遍的なものに常に目配りできるコミュニケーション・システムを構築している学校はどこか。そしてそれはいかにして可能になっているのか。

★ここら辺は海城の中田先生やその友人である作家鈴木隆祐さんが、ハビトゥス論として展開している部分と重なるのではないかと思ってもいる。ただ、ハビトゥスを文化資本という物象化したものとして捉えると、システムとしての関係性の全貌を逆に見えなくする怖れがあるので、私としては別の角度から捉えたいとは思っている。

★これは“ヒドゥンカリキュラム”という捉え方についても言える。物象化して捉えるとそれはネガティブな側面でのみ“ヒドゥンカリキュラム”を了解することになる。この言説を関係性の側面から見ると、そこには善悪ではなく構造が見えてくる。これについては白梅学園清修の教頭柴田先生が保護者とのやり取りの中で明らかにしている。保護者から“ヒドゥンカリキュラム”という言葉を使うと、白梅学園清修の良さが逆に見えなくなるのではないかという指摘を受け、それに対し柴田教頭が価値を表現するより白梅学園清修のコミュニケーションシステムが教師に身体化している教育システムを了解する言説として使っていることをブログの中で解説していた。まさに“せつめいかい”ではなく“えんかい”が成立している。

★“ヒドゥンカリキュラム”の別称“見えないカリキュラム”については、駒場東邦の教頭佐藤先生も、使い方に注意を促している。日々の(あらゆる教科の)授業の中での教師と生徒の対話と小論文とそれに対するメッセージのやり取りこそが、つまり駒東流儀のコミュニケーション・システムこそが“見えないカリキュラム”なのだが、この言葉が前面に出ることで、逆にそこにマスクがかかり見えなくなるその意識の惰性を作り出す危うさに目配りして静かなる闘いに挑んでいるのだろう。佐藤教頭の思想には折口信夫から欧米の思想の全背景があって、そこからこのような思想的眼差しが放たれている。このような目配りが、佐藤教頭以外にも存在しているわけだが、それがいかにして生まれたのかという構造こそ駒東のハビトゥスなのではないかと思う。ここらへんは、佐藤教頭の思想背景と現代思想の全領域をカバーしている中田先生や鈴木さんがどう考えるかまた聞いてみたいものである。(本間 勇人)

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かえつ有明の文化再生産システム着々

★今年の春のかえつ有明の結果R4は昨年に比べ、相当上がった。

①進学指導のプログラムの充実とその計算可能性

②学習フォローのための「支援センター開設」への期待可能性

③「サイエンス」といういわばリベラルアーツプログラムの未来への希望の予見可能性

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★こういうモダニズム的教育プログラムと有明というポスト・モダニズム的エリアという不思議な統一感が、若い世代の保護者の心をつかんだのだと思う。それにしてもかえつ有明の入試は難しくなった。実際、難進コースだけではなく、総進コースも含めて全体で30%は、すでに東大、早慶上智レベルの学校にチャレンジ可能な生徒が入学している。しかも6年間あれば、まだまだ伸びる生徒が続いているという。

★問題は、この充実した状況がマニフェスト通り、持続可能なのかということだ。つまり文化再生システム作りあるいは組織作りができているかということだ。この点の検証を学校当局は説明していく責任は確かにあるかもしれない。もう生徒は集まるから大丈夫だというわけにはいかないだろう。この油断があっという間に独善的でクローズな状況をつくるからだ。組織の成長と衰退の歴史は常にそうなのだ。

★とにかく、良いことをしているのだから生徒は集まるはずという教師が現れ始めたら危険信号である。そうならないようにするのは、学校経営者のクリエイティブな集団をマネジメントする腕の見せどころ。果たしてそれはどうだろうか。

★今のところは大丈夫だ。外から見ているだけだが、組織やスタッフィングの変化が見られる。かえつ有明立ち上げ当初、広報活動で尽力した先生方は、ハイコンセプトでハイタッチなキャラクターであった。アメリカ型の優秀な人材。まず初めに生徒が集まるには、マニフェストと知性だけではダメ。共感力の強い情熱的な教師の言葉が最適。

★しかし、いったん生徒が集まると、広報活動はシンプルな戦略に変わる。理性的な部分で十分。ハートの部分は実際に授業をオープンにすればよいからだ。知と情熱の両方が溢れていて、真剣に純粋に、そして何より楽しんで考え感じている生徒の姿を見れば、良質な教育力は論より証拠ということになる。かえつ有明の人材配置は、そのように刻々変化している。

★またかえつ有明の伝統的なリベラルアーツ的存在である「総合学習」は、「サイエンス」という形で伝統を継承し、有明エリアのリソースと結びついて、不易流行の象徴となっている。この「サイエンス」は、生徒側からすれば思考と表現で、互いの考えを知り、知の広がりを再生産するシンプルなプログラムだが、その仕掛けは、マルチ・ループになっていてたいへん複雑だ。この複雑な仕掛け作りのノウハウを教員どうしどのように共有していくのかそれが当面の課題だろう。

★そして「サイエンス」の位置付けを明確にリベラルアーツの基礎とするならば、知の広がりだけではなく、かえつ有明のアイデンティティの基礎作りにも一役買うことになるはず。担当の先生方には、明確にこの気概があるが、学校全体としてどこまで浸透しているかは、もう少し様子を見ようというところか。

★いずれにしても一期生、あるいは二期生から東大合格者は、少なくとも2人から5人はでる教育環境である。実際に合格実績が出てからでなければわからないということはない。1人ひとりの合格確率において100%なんていうことはあり得ないが、集団に対してはだいたい何人ぐらいは合格するだろうという計算は成り立つのである。受験勉強は合理的なもの以外にない。それゆえ教育は受験だけではないのである。生徒という人間は決して合理的ではないからである。受験勉強は問題解決できる範囲であるが、人間は永遠の課題を持ちつづける存在。リベラルアーツが必要な理由はそこにある。

★かえつ有明の文化再生システムは着々と進んでいると私は思うが、学校選択者の皆様はどう判断するだろうか。一度考えを聞いてみたい気もする。今度の保護者会などで投げかけてみようか。

(本間 勇人)

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2007年4月 8日 (日)

入学式そしてもう1つの始まり

★二子玉川のエリアに瀬田の丘がある。歴代の大物政治家や有名タレントの居住地でもある。そしてそこにはフランシスコ会の修道院=瀬田教会がひっそりとある。田園調布教会の分修道院なのかどうか分からないが、教会としては分教会らしい。フランシスコ会の神学生やシスターの方々の拠点であることは間違いない。

★4月7日の夜、厳かに聖土曜日のミサは始まった。聖木曜日、聖金曜日、そして聖土曜日と夜のミサは続いたのだが、一体これは何を意味するのか。多くの日本人はこのミサの意味はわからないかもしれない。キリストが人類のために自らの命を犠牲にし、3日目に永遠の命を得るという復活祭のミサを意味する。

★それが私立中高一貫校の情報を発信する本ブログとどう関係するのか?と言われるかもしれないが、実に重要なことなのだ。首都圏の私立中高一貫校の20%弱はキリスト教のミッションスクールなのである。キリスト教のミッションスクールは、この復活祭の日にすべて祈り、つながるのである。もちろん全世界のミッションスクールが、世界中の教会と信徒とともにつながるのである。

★そんなことがと思うかもしれないが、聖土曜日は特に徹夜祭になっているところもあるぐらい。不思議だろうが、メディテーションと祈りは、日本にいると小さな絆だが、世界の21億人の信徒が1つになる瞬間なのである。もっとも地球は回っているから、その瞬間は持続してしまうのであるが。

★ところが、この復活祭は、クリスマスとは違い、意外と知られていない。復活祭は基本的に春分の日の後の最初の満月の次の日曜日に祝われるため、年によって日付が変わるた。卒業式、入学式、あるいは4月の末近辺など毎年変わる。そのため、信徒以外の人には、結果的にいつの間にか水面下で行われてしまっている祝祭なのである。

★しかしながら、今年は大変な歴史的意味のある日であった。というのも東方教会の復活祭の日と重なったからだ。両方とも4月8日。ユリウス暦とグレゴリウス暦のどちらを使っているかで計算にズレがでるのであるが、とにかく今年は一致したのである。なおかつ、仏陀の誕生した日も4月8日。

首都圏のキリスト教系と仏教系のミッションスクールは合わせると30%弱を占めている。4月8日は入学式を行う学校も多かったと思う。そしてキリスト教系の私学は復活祭、仏教系の私学は花祭り・・・。統一地方選。

★瀬田教会の話に戻ろう。聖土曜日、真っ暗な教会にキリストの光が信徒の手のローソクに順番に燈されていく。すると教会内がやっと少し明るくなり、周りの様子がわかる。そのとき、フランシスコ会のシスター以外にも、ドミニコ会のメール(シスターのこと)の方々が集結していた。聖ドミニコ学園は岡本の丘にそびえている女子校だが、瀬田の丘の隣接地で近いので、メールの方々は歩いて祈りに訪れていた。聖ドミニコと聖フランシスコは13世紀に、それぞれ修道院を創設した聖人で、親友である。その後の修道会どうしの歴史は必ずしも順風満帆ではなかったようだが、もちろん今はキリスト教共同体として、互いに協力し合っている。

★メールは何を祈っていたのだろうか。片方では人類の平和を、もう一方では目の前の新入生や在校生、そしてその家族の平和を、しかし何よりもフィリピンやアフリカの貧困の人類の仲間達のことをだろうか。スペイン管区の聖ドミニコ修道会が経営する学校に「愛光」がある。同じように空間を超えて、神父らは祈っている。この修道会の神父で東大で教鞭をとっている教授もいる。ふだんは見えない聖ドミニコ修道会のつながりが黙想と祈りの中に見える瞬間。それぞれの私学が持っているバックボーン。それは、実は日々の学園生活の中で生徒たちに保護者の方々に影響を与えている。めったに気づくことはないが・・・。(本間 勇人)

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2007年4月 7日 (土)

07中学入試の結果R4分析(了)

07中学入試の結果R4分析(8)のつづきであり、本シリーズ最終セクション。最後に「全国中学入試センター」のスタッフに、女子選択校で【表1】の⑦の領域(R4が下降し、かつR4とR3の幅が拡大している領域)に入る中学入試について聞いた。この領域に入っている学校で、特に気になるところはどこか?

★「青山学院中等部、日本女子大附(2、跡見学園(3、大妻多摩(3、跡見学園(2、獨協埼玉(2、跡見学園(1が気になりますね。青山中等部女子はかつては2科目受験校の最高峰だったのですから。日本女子も、一回目の試験でさえ領域⑨に入っていて、心配ですね。跡見は三輪田や豊島岡女子と肩を並べるほどの教育の質を持っているし、イメージとしては3校の中で最も明るいし、海外での研修など国際教育にも積極的です。獨協埼玉は男子の場合と同じだと思います。」

★青山、日本女子は、中学受験の大衆化の波が押し寄せていると仮説を立てることも可能かもしれない。跡見はたしかに元気の良い学校だから、つまり開かれた学校だから、今学内で相当対策を議論していることだろう。

★「ということは大妻多摩ですね。1回目2回目は領域⑨ですから、日本女子と同じようなポジションにいるわけですが、中学受験の大衆化は関係なさそうです。教育の質もその成果も申し分ないでしょう。今年も東大の合格者は大妻より大妻多摩の方が多かったわけで、大学進学実績のよさを象徴的に表しています。」

★校舎もロケーションもたいへんよいんだがな。確かに多摩エリアの都市づくりは郊外型で、九段の大妻のほうが、地政学的には文化資本のアドバンテージが高い。しかし、大妻多摩のキャンパスに限れば、そのロケーションはアメリカ的雰囲気でよい、とUCLA卒の友人が訪れたときに感想を漏らしていたが。

★「多摩モノレールがあるので、立川から唐木田駅まで40分かからないので、意外と交通便もよいですね。ただ、そこから歩く距離があるというより、正門前からの長いスロープがきついです。」

★それは女子生徒には無縁。だいいち6年間あの散策はちょうど健康によい。それにほとんどの良質女子校は丘の上にある。こうして考えめぐらすと、どうやら広報戦略だけの問題のようだから、再び難しくなる可能性は十分ある。安心した。

★それにしても、今回ずっと話しに付き合ってくれて、そして詳細なデータ分析の結果について情報提供してくれ、助かった。中学受験の大衆化問題、男子上位校の新しい戦略の探究、地政学的特長をさらに把握する必要性、新しい教養教育としてのリベラルアーツとは何か、ハビトゥスをどう捉えていくか、≪私学の系譜≫の探究・・・など、調べることが尽きないことに気づく機会となった。心からありがとう。(本間 勇人)

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07中学入試の結果R4分析(8)

07中学入試の結果R4分析(7)のつづき。「全国中学入試センター」のスタッフに、今度は、男子選択校で【表1】の⑦の領域(R4が下降し、かつR4とR3の幅が拡大している領域)に入る中学入試について聞いた。この領域に入っている学校で、特に気になるところはどこか?

★「結果R4が2以上下がっているとか、幅が2以上拡大しているとかという意味で、気になるのは、世田谷学園(3、巣鴨(2、神奈川大学附属C、獨協埼玉(2、獨協埼玉(3ですね。」

★世田谷学園の三回目は難しくなりすぎたから、その反動、つまり隔年現象ということではないのだろうか。

★「たしかに三回目はそうだと思いますが、一回目、二回目は領域④にはいっていて、例年通りということなのでしょう。全体としてはどうなんでしょう。もっと上向きイメージなんですけどね。」

★新校舎の前に、ダイナミックな授業改革を果たしているから、教育の質もかなり学校選択者には伝わっているはず。まずまずのところに位置していると思うが、何かそれでは気に入らないの?

★「一回目の結果R4のポジションは20番以内にランクインしていますが、それでよいのでしょうか。改革の大きさや斬新さそしてその成果の上げ方から考えれば、もう少しアップしてもおかしくないと思うんですよね。」

★贅沢な望みといえばそれまでかもしれないが、何か「壁」があるというのだね。学校側に課題があるのか、学校選択者側に問題があるのか。

★「どちらかというわけではないでしょうし、にわかには回答できません。7月の志望校調査の結果を気にしておこうと思います。それより巣鴨はもっと気になります。一回目の入試は領域⑧に入っていますから。」

★一般のイメージはカリスマ性の強い私学。賛否両論あるけれど、あの強さの背景にある愛情を見抜く生徒や保護者にはたまらない心地良さがあるはずだが。

★「そういうレトリックが流行るかどうかという問題はあるでしょう。」

★そこは、中学入試の国語の素材文の文章の傾向が変わってきたことにもあてはまる。レトリックという表現法が変化してきているから、あの強さのイメージの背景を読み取るフィルターを学校選択者が身につけよとしていないかもしれない。

★「そこを見誤らないようにするのは学校側の課題なのか、流行らないけれどそのような表現方法を読み取るフィルターを学校選択者が身につけなければならないのか、そこは微妙ですね。」

★その点に関しては、世田谷学園とか獨協埼玉はどうなのだろう。

★「巣鴨とはかなり違うけれど、両校とも校長先生はカリスマ性を持っていると思いますが、前面に押し出されることはないと思います。むしろ両校ともあまりに特色ある教育活動あるいは授業を実践されているので、その一般性の問題のような気がしてきました。」

★中学受験の大衆化という問題・・・か。ある意味官尊民卑打破の波とも言えるが・・・。フラットな世界の津波が飲み込んでしまうものは何かということに配慮する必要はあるかもしれない。「教養」のセキュリティはいかにして可能か。リベラルアーツの現代性の問題・・・???(本間 勇人)

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2007年4月 6日 (金)

07中学入試の結果R4分析(7)

07中学入試の結果R4分析(6)のつづき。「全国中学入試センター」のスタッフに、女子選択校で【表1】の③の領域(R4があがり、かつR4とR3の幅が縮小している領域)に入る学校について聞いているが、この領域について最後に気になる入試はどこだったか尋ねた。

★「それは、三輪田学園(1、三輪田学園(2、八雲学園(1、八雲学園(4、八雲学園(3、中村(3、横浜富士見丘(2、横浜富士見丘(3、横浜富士見丘(4、中村(1、中村(2、横浜富士見丘1Bです。結果R4の高い順に並んでいますが、要するに三輪田、八雲、横浜富士見、中村の4校は注目すべきでしょう。」

★いずれも生徒応募者数をここ数年で大きく伸ばしたあるいは維持している学校ばかりだ。

★「しかも三輪田は、今年東大合格者も出しています。教育の質が大学進学実績を自ずから出していくという構造が見えつつありますね。」

★どちらにしても、4校の学校は、ますます難しくなっていく・・・。(本間 勇人)

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2007年4月 5日 (木)

07中学入試の結果R4分析(6)

07中学入試の結果R4分析(5)のつづき。「全国中学入試センター」のスタッフに、女子選択校で【表1】の③の領域(R4があがり、かつR4とR3の幅が縮小している領域)に入る学校について聞いているところ。今度は③の領域の中で結果R4が50以上60未満の中学入試はどこかについて尋ねた。

★「穎明館(1、光塩女子学院(2、神奈川大学附属B、淑徳与野(2、開智(2、実践女子学園(3、明大中野八王子2、帝京大学(1、山脇学園C、淑徳(特2、富士見(1、桐蔭女子部中等1、茗溪学園(1といったところです。」

★どこも大学進学実績に力をいれることを表明しているところばかりという理解でよいのだろうか。

★「それは表明せざるを得ない学校グループだと思います。ただ、光塩、淑徳与野、富士見はあまりその必要性は感じません。教育の質のよさは広く知れ渡っているからです。」

★そうだね、しかし実践女子や山脇などのほうが知名度的なものは高いのではないだろうか。

★「逆説的ですよね。高すぎて、他大学の進学実績のよさについて見過ごされているので、あえて強調せざるを得ないのではないでしょうか。」

★なるほど・・・。では桐蔭は逆に大学より、教育の中身を前面に出す必要があるということか。たしかに、最近の桐蔭の広報は、中身をよく表現している。

★「注目は帝京大学だと思います。大学進学実績といい、国際理解教育といい、芸術教育といい、トータルなリベラルアーツが充実していると思います。」

★たしかに東大に合格したT君のメッセージはそれを投影している。

≪自然豊かで閑静な場所にあるので、落ち着いて学習に臨むことができました。田舎ではありますが、スクールバスの路線も多く、通いやすい学校です。指導の面では、ベテランの先生が揃っていて、適度な緊張を持ちつつもくつろいで授業を受けられました。先生が生徒に何かを強制することも少なく、自主性を養うことができました。≫

★『田舎ではりますが』という表現に、何か純朴なユーモアというか適度なクリティカルシンキングの存在を感じるし、『先生が生徒に何かを強制することも少なく』というのは、学びの環境の良質さを示唆する表現である。(本間 勇人)

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2007年4月 3日 (火)

07中学入試の結果R4分析(5)

★前回の07中学入試の結果R4分析(4)のつづき。今度は「全国中学入試センター」のスタッフに、女子選択校で【表1】の③の領域(R4があがり、かつR4とR3の幅が縮小している領域)に入る学校を聞いた。まずは③の領域の中で結果R4が60を超えた中学入試は?

★「渋谷教育渋谷(2、公文国際学園(B、吉祥女子(3、市川(1です。渋渋は男子同様人気があるし、特に帰国生の多い雰囲気は女子には魅力でしょう。そういう意味では公文国際も同じようなことが言えると思います。」

★それはわかるような気がする。両方ともグローバルな学習観であることは間違いない。それは市川にも同じように言えると思うが。

★「そうですね。ただ、雰囲気のレベルで、渋渋ほど国際教育の積極的な活動はこれからだろうし、まだまだ本音の部分は東大志向だと思います。」

★吉祥女子は、今年は9人東大に合格したらしいけれど、東大志向というわけではない。このズレが魅力の1つなのだろう。

★「そうですね。芸術的な香りもあるし、それに海外研修も少しずつ積極的になっているようですよ。」

★しかし、それは教育の主軸ではないだろう。他の3校にはない日本文化をベースとした女子校の魅力をもっと豊かにしてくれるのを期待したい。渋渋、公文国際はグローバルな背景をベースにして日本文化を学ぶという感じ。この両者の違いが、学校選択者がいろいろ考えることにつながり、それが私立中高一貫校の文化を多元的、多層的に豊かにしていくことにつながる。みな同じでは、文化は衰退する。

★「市川はどうなんですか。どちらなのですか。」

★どちらでもないと思うけど。

★「ということは、ベースが日本文化でもグローバルでもないということですか?」

★そう思う。ベースは大学受験という進路指導ではないかな。その上に、あるいはその周りに、様々な教育活動が位置していると考えたほうがよいのではないだろうか。

★「学校文化としては、そのほうが最もわかりやすいし、シンプルな戦略だと思いますが、どうでしょう。」

★その評価は、学校選択者がすればよいのではないだろうか。なんでも「見える化」するのが好きな人と日本文化という奥ゆかしさが好きな人とグローバルな世界コミュニケーションが好きな人といろいろあっていいんじゃないかい。

★「ただし大学進学実績はある程度ないと・・・」

★それはそうなんだろうが、ある程度6年間の教育の質が高ければ、結果は自ずと出るので、そこはそうこだわるポイントではないと思う。ただ大学進学実績が爆発的に飛躍していない学校の場合、それはいずれ何とかなりそうだという期待を持てるかどうかの判断は、大事なポイントになると思う。(本間 勇人)

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2007年4月 1日 (日)

千代田女学園の改革

★今年千代田女学園の新校長に菅原俊軌先生が就任された。学内では菅原校長先生を中心に、非常に密にディスカッションをし、そしてそれを実行に移しているようである。学内の改革は迅速に進んでいるのである。

★ホームページを見れば、それは明らかである。菅原校長は、昨今の保護者は学校説明会に来るときなど、ホームページをまず見てから来ることを熟知されている。千代田女学園のブランドに出会うのは、学校に来て初めてではなく、サイトで最初に出会うのだということを。

★だから頻繁に更新するし、校長の理念や方針も就任してすぐにサイトにアップしている。戦略家であると同時に、実に木目細かい。ご自分の海外経験から、ニュージーランドに海外研修に行く準備をしている保護者や生徒に、役に立つ持ち物についてレクチャーまでされる。

★飛行機内は乾燥するから、小さなスプレーに水を入れて持っていくと便利だよと、実際に物を見せて説明する。テロの対策で、ペットボトルも持ち込めないが、これだと大丈夫だったよだとか、変圧器やプラグについて、ニュージーランド以外の海外に行ったときのために、全天候型の物を持っておけば一生ものだとか・・・。

★校長先生がなんて細かいことをと思うかもしれないが、これが他力本願の真骨頂なのだ。働きかけることを厭わない。互いに働きかけるという自立なのであろう。人は生かされている。サムシング・グレイトという何らかのものに。

★今年の春、私立中高一貫校の受験準備をせずに、公立中高一貫校の準備しかしていない生徒22人に対して、公立中高一貫校の適性検査と同趣旨の、教科横断型の入試の機会を設定した。これも互いに働きかけ、生かされるという理念の貫徹の反映である。

★林友三郎さんの「中学生時代」という文章を読んで、「勉強してみたいと思うとき」という題名で、あなた自身が見聞きしたことや体験したことの例をあげながら、自分の考えを500字以内で書く論述型の問題が出題された。

★勉強は人生の経験から切り離して行うことはできない。人生の経験の重さから、本物の勉強の意欲が湧いてくる。自分は1人で生きているのではなく、生かされるているということに気づいたら、自分を差し出していろいろ活動するだろう。その活動の1つに勉強があるのだ。千代田女学園の改革。もう一度、本物志向であることを期待したい。(本間 勇人)

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07中学入試の結果R4分析(4)

★前回の07中学入試の結果R4分析(3)のつづき。。「全国中学入試センター」のスタッフに、男子選択校【表1】の③の領域(R4があがり、かつR4とR3の幅が縮小している領域)に入る学校を聞いてきたが、前回までに話題に挙げられていない学校で気になる私学はないか尋ねてみた。

★「2校あります。1校は足立学園ですね。足立区の唯一の私立男子校だと思います。足立区は熱心な教育改革都市です。」

★賛否両論はあるけれども。

★「いやだからこそなんですよ。田園都市沿線には私学が多いですよね。それだけそのエリアの生活文化資本は高いはずです。それは自ずとエリアの教育の質にも影響を与えるはず。足立区の教育の質を牽引するリーダー校になって欲しいのです。それが足立学園の人気にも影響しているのだと思います。」

★そうはいっても荒川区など隣接区に行けば、開成があるなど、区民が足立区にこだわる必要はないのではないだろうか。もともとそれが私学のよさでもあるし。

★「もちろんそうですが、気概ですよ。この気概がなければ私学の存在理由がないでしょう。足立学園自身がそういう覚悟を持ってくれることを期待しているのです。」

★新校舎にもそういう理想が象徴されていると良いということだね。ところでもう1校は?

★「それは武相です。」

★足立学園とは違って、高い文化資本が蓄積されている丘の上の住宅街に位置しているし、すでに地域と相乗効果を生み出しているのではないかな。

★「その通りなのですが、意外とそのことについて広く知られているわけではないですよ。最近白州次郎さんが再び話題になっていますよね。戦後の日本を1人で救った市民的知識人として。」

★1人でと言うのは大げさだが。それにもともとお金持ちのご子息だからね。高い文化資本を持っていたのではないのかな。

★「だから私学らしいではないですか。ノーブレスオブリッジの象徴ですよね。それが武相にもある。そう本間さんも書いていましたよ。」

★その通り。だからこそもっと期待したい。浅野に挑むぐらいの心意気はあると思う。(本間 勇人)

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07中学入試の結果R4分析(3)

★前回の「07中学入試の結果R4分析(2)」の続き。「全国中学入試センター」のスタッフに、男子選択校【表1】の③の領域(R4があがり、かつR4とR3の幅が縮小している領域)で、前回までに話題に挙げられていない結果R4が48以上の中学入試はどこか聞いてみた。

★「リストとして挙げると次のようになります。市川(2、栄東(東大選2、都立小石川(一般、逗子開成(2、那須高原海城(特、東京農大第一(1、栄東C、逗子開成(1、法政大学(1、開智(2、開智(3、武蔵工業大学付4、桐光男子部(2、東京農大第一(3、武蔵工業大学付2、国学院久我山(1、高輪A、日本大学(2、明治大学付中野1、成城(1、大宮開成(1、芝浦工業大学(1、藤嶺学園藤沢2、かえつ有明特待。」

★千葉エリア、埼玉エリアの学校が2月に参入してくると、やはり難しくなるということなのか。「応募者数が少ないですからね。それに2月も2日以降がずいぶん難しかったという感覚がありますが、こうしてみるとそれは明らかですね。」

★そんな中で、都立小石川(一般、東京農大第一(1、逗子開成(1、法政大学(1、国学院久我山(1、高輪A、明治大学付中野1、成城(1、芝浦工業大学(1は2月に入ってからの一回目の入試。

★「小石川受験の30%は私学と公立中高一貫校の併願の生徒と推察できるので、やはり難しくなりますね。東京農大第一は入学時から理系というのが明確で、工学系というより化学系。バイオに代表されるように。どうしても人気がでるのはトレンドということではないでしょうか。逗子開成は幅広い学力をベースにしながら、東大も6人以上合格するようになっています。法政は共学校、新校舎・・・と今年の人気を呼ぶ多くの要素を備えていたと思います。」

★工学系でも芝浦工大の一回目の入試は難しかったのはなぜ?

★「芝浦工大は昔ながらの工学のイメージでは捉えられないと思います。ITやロボットなど、しかも人間の生活に近い領域で、アイディアを出していくので、ソフトなイメージですね。今後理系に必要とされているサバイバルスキル。つまりチームワーク能力、コミュニケーション力、リーダーシップ、メンターのスキルなどを育成できる学びの環境がありますから。」

★国学院久我山、高輪は学内で相当改革意識が高まっていると聞くが、明大中野や成城は?

★「明大中野は、来年明大明治が西調布に移転するので、東京都心の明治大学系のファンが中野にシフトしているのではないでしょうか。成城はとにかく大学進学実績だと思います。本郷、高輪、京華、目黒学院という男子校の中に、完全に割り込んだという形になっていると思います。」

★本郷は、人気としては、このグループからは抜けているのではないかな。

★「大学進学実績をベースにした人気という点ではそうでしょうが、教育力という観点からはどうでしょうか」

★エリート・スクールかクオリティ・スクールかという目に見えない境界線ということだね。そうは言っても、男子校は社会構成的には、大学進学実績はやはり重要。進学重視するのは避けられない。そこへいくと女子校は、東大でなくても良い。女子教育の充実が促進されるのは、21世紀の特色ということなのかもしれない。(本間 勇人)

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