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2007年4月28日 (土)

ヴォーリズ建築が私学にくれたもの

前日のブログで、5月12日(土)に聖学院(東京都北区)で行われる「Netty Land講演会」のことに触れたところ、今回その講演会にゲストとしてお招きしているヴォーリズ建築事務所のことで、早速いくつか質問や意見をいただいた。

多かったのは、「横浜英和もヴォーリズ建築だったよね」とか「横須賀学院の中学校舎もそのはずだよ」とか「玉川聖学院が抜けているのでは?」といった、ヴォーリズ建築事務所の設計による私学についての意見や情報だった。

ご指摘のとおり、前日の文章で紹介したヴォーリズ建築による私学の校舎・施設は、ほんの一部でしかない。これをヴォーリズ本人が来日し、その後、明治40年代(1909年~)から今日まで同建築事務所が関わってきた私学建築を紹介しようとすると、膨大なスペース(文字量)が必要になる。

ウィリアム・メレル・ヴォーリズが他界した後にも、その建築思想を受け継いだ一粒社ヴォーリズ建築事務所の手によって設計・建築されてきた建物は、やはり、創立期の建築物の面影(趣き?)や薫りを残している。ヴォーリズ来日から数えると、やがて100年がたとうとしているが、決して色あせることのない理念が、今も受け継がれていのだろう。

いま手元には、この講演会のゲストにお招きしている片桐氏から資料でいただいた、株式会社一粒社ヴォーリズ建築事務所の「会社経歴書」がある。このなかには、ヴォーリズが手掛けてきた、教育(教育・学校寄宿舎)、宗教(教会・宗教団体・記念その他)、経済(商業経済・生産工業)、厚生(医療・福祉・レジャー)、住宅(個人住宅・集合住宅・寮)のなかで、いわゆる「教育」のジャンルに属する建物が年代順に列記されているのだが、それだけでも、1909(明治42)年から2005(平成17年)にかけて、何と21ページにわたって、800件近い数の建築物が記録されている。

おそらく、中学受験に関心を持つ方が学校名を知っているプロテスタント系の私学であれば、何らかの形でヴォーリズ建築事務所が関わっていることのない学校を探すほうが難しいとさえ思えてくる。

中学受験に関わる仕事を始めた22年前、そういうミッション系私学の校内に入って感じたのは、「ここはふつうの学校(筆者にとっては公立学校)とは違うな?」ということだった記憶がある。さらに、先の記録のヴォーリズ建築の校舎のなかから、これまでに訪ねたことがある私学の校舎を思い起こしてみると、そこには何かしら共通の匂いや趣き、あたたかさを感じる。

女子学院、フェリス女学院、東洋英和女学院などが、校舎を現在のものに建て替えたとき、その外観は前校舎とほとんど変わらないデザインとなった背景には、多くの卒業生の希望があったという。やはり当初の設計が、時代を経ても愛され続けるものだったからだろう。

そんなあたたかな校舎・施設のなかで、生徒(子ども)のために行われる教育が、心の通ったものになるのは、ヴォーリズが与えてくれた環境のなせるわざでもあるように思う。

片桐氏は、ヴォーリズ建築事務所の設計による校舎が完成すると、しばらくしてから、その校舎で過ごしている生徒(子ども)たちの表情を見に行くという。生徒が生き生きと、居心地良く過ごせているかどうかを確かめて、はじめてヴォーリズ建築事務所の仕事は完遂するということだ。

そんなところにも、ヴォーリズの建築に受け継がれてきた“魂”を筆者は感じる。ただ実際のところは、そうした理屈など抜きにして、そこで日々過ごす在校生こそが、そのあたたかさを「肌で感じて」いるに違いない。

ヴォーリズ建築による聖学院だけではない。今回の講演会のゲスト校である市川(千葉県市川市)でも、立教女学院(東京都杉並区)でも、在校生はみな、そういうあたたかさを感じていることと思う。(北 一成)

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