ついに全国学力テスト復活
★毎日新聞(4月24日11時6分配信) によると、「全児童・生徒対象のテストとしては43年ぶりに復活した全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)が24日、国公私立の約3万2700校で一斉に始まった」ようだ。
★この学力テストの批判派の論点は、なんといっても形式的平等派。学力格差=資産格差という立場から、この不平等の差別化に拍車をかけるからという立場。
★もう1つは見識の違いから。多くの私学の場合がそれに相当する。それは麻布のように感情も論理で読み解ける入試問題を作ってきた見識が全国学力テストを受け入れない。問題の妥当性・信頼性だけではなく正当性までも求める立場。OECD/PISAの問題発想も超える問題を考え感じることができる3T(タレント・テクノロジー・トレランス)を測る問題をよしとする立場である。
★形式的平等は、不平等と不公平の区別ができないかもしれない。不平等でも公平であることは可能である。J.ロールズの格差原理は、不平等だが公平性を維持しよういうものである。ロールズの「格差」は原文では“difference”。不平等ではない。
★私学の3Tは、実はOECD/PISAがめざすところであるが、問題は市民生活レベルに設定されていて、その市民がやがて必要とする教養レベルについては、今のところ調査分析していないだけ。
★全国学力テストはOECD/PISAの路線。もちろんまだまだテストの科学性に関してはPISAに全く追いついていない。よって、PISAの先を行っている私学の多くが全国学力テストを受験しないのは当然の帰結。また、J.ロールズの「公正としての正義」は、自由論ベースではなく平等論ベースの理屈で、市場の原理の倫理性をどこまで追求できるかという社会科学の粋。ルーツは形式的平等派の拠って立つ啓蒙期の近代思想。ただ科学の理屈として、J.ロールズの方が優れている。
★ということは私学のプライドと形式的平等派のプライドは質的に大いに異なるが、今回の全国学力テストを選択しない理由は、意地しかない。本気で批判するのなら、OECDの世界戦略を批判するしかないが、そこまではしないだろう。
★いずれにしても、調査の発送、採点、集計などは小学校はベネッセコーポレーション(本社・岡山市)、中学校はNTTデータ(同・東京都江東区)に民間委託されている。国立大学も独法化の流れの中で資金調達を民間から行う世の中。この民間委託の流れは止められまい。ロールズやローティのように市場経済の中の正義や共生の理屈に帰るしかない。ご両人の理論、つまり今の若い社会学者のベースの思想であるが、ともかくこの理屈のルーツは、アリストテレス-キリスト教神学の配分の正義と交換の正義という正義の存在論。
★古くて新しい歴史が始まっている。(本間 勇人)
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