広告で学校選択
★「広告で学校選択」とはなんと商業ベースな視点だと思った方、「広告」は誇張しているから、本当のところはわからないよねと感じた方、間違ってはいないけれど、リアリティに欠けているかもしれない。
★もし「広告」が無ければ、NHKテレビやラジオしか見たり聞いたりすることができなくなるし、夜の街からネオンがなくなり、危険な空間になる可能性がある。
★「広告」の基本はコミュニケーション行為。誇大広告や詐欺的広告は自主規制、広告規制があるが、これは日常の会話においても同じこと。あの人は大げさだから、話半分にして聞いておこうとか、ちょっとした嘘が大きな事件に発展する時もあるだろう。
★だから「広告」というのを批判の対象に限定するものの見方は、シフトしてしまうのがおもしろい。すると学校の新しい姿が見えてくる。
★学校の先生方の中にすでに、「『広告』は所詮、嘘が多いし、商業的で、資本主義的発想だ。口コミでよさが伝わっていけばよいのだ」と考えている人も多い。だから広報担当の先生がどんなにがんばっていても、サポートしない教師が学内にいるという組織構図になる。
★これは要するにオレの考えをわかってくれるやつだけと話すというすでにman for otersという私学の共通の精神から逸脱したコミュニケーション行為。よって、このような教師が学内で50%を超えていると、そもそも雰囲気が悪いので、マイナス口コミが広まるにすぎない。
★じゃあ、どんどん広告をバラマケバよいかというとそれも違う。「伝える-伝わる」「表層-深層」「意匠-内容」「道具-本質」「宣伝-記事」「単体-相関」「意識-無意識」「抑圧-開放」「発信する-発信される」・・・。この両義性のバランスが重要である。<広告両義性>と呼んでおこう。この両義性の前者に偏るものの見方を、<物象主義>、後者に偏るのを<理想主義>、両者のバランスを最適化設計するのを<関係主義>とする。
★実は「広告」なんてと感じた方は、上記の両義性のバランスが前者に偏っている「広告」をイメージしてたわけで、<物象主義>としては、間違いではない。ただ、すべての「広告」を<物象主義>だと決めつけるのではなく、<広告両義性>の3つのタイプを選別する視点を持つことをオススメする。
★<物象主義>的広告をガンガンだしている学校は、たしかに選択する場合、もう少し調べた方がよいだろうと判断できるようになるからだ。
★御三家のような学校は、だいたいは、<理想主義>的広告。ただし、その中で麻布と開成は、<関係主義>。かつての世田谷学園の<広告両義性>戦略はおもしろかった。ベースは<関係主義>なんだが、あえて<物象主義>的戦略をとった。曹洞宗的な質実剛健な道の発想が理想であることが、かえって浮き彫りにでるという香具師的なお祭り騒ぎの雰囲気を活用した。ハレとケの両義性を物象化的に演出。<物象主義>と<理想主義>の二元論的な伝え方をした。これは伝わりやすい。でも基本は<関係主義>。これは見えない。
★駒東は完全に<関係主義>。ここの部分を見える化していない。ここが麻布と開成と違う。<関係主義>的広告は、メディア・ミックスが巧みである。日本の広告費は6兆円弱が動いているといわれているが、首都圏の私立中高一貫校が投資している広告費はそのうち0.04%ぐらいしか占めていない。だから、もともと<物象主義>的広告戦略は無理である。
★テレビ・ラジオ・新聞・雑誌という4媒体を活用すると、どちらかというと<物象主義>的あるいは<理想主義><関係主義>を見えない形で<物象主義>的戦略をとりがち。
★SP媒体はDMや折込を活用するとどうしても<物象主義>的戦略になるが、イベントなどで活用するPOP媒体は創意工夫が必要で<関係主義>的戦略が前面にでる。品川女子や小野学園はこのPOP戦略は実に巧みだ。
★しかし、今や何といっても、インターネット媒体。マスコミ4媒体広告費はここ数年減少しているのに、インターネット媒体は、2006年は前年対比30%弱増加だという(電通資料)。パンフ、POP、インターネットのメディア・ミックスを<関係主義>的戦略で広告している学校が、実は学内のコミュニケーションの雰囲気もよいのである。麻布、開成、共立女子、八雲学園、東京女子学園、白梅学園清修、宝仙理数インター、かえつ有明、聖セシリア、横浜国際女学院翠陵、聖学院、女子聖学院、品川女子、小野学園、晃華学園、東京文化、三輪田学園などの学校が人気がある、あるいは出てきたのは、ここが巧みだからでもある。
★結局学校が<広告両義性>の戦略をどのように設計するかは、学校の組織のあり方、コミュニケーションの雰囲気と関係するし、それを日々生み出している教師と理事長・校長のリーダーシップの質にかかっている。「広告」は入試問題と同じように学校の姿を映し出す。だから「広告で学校選択」という視点は重要なのである。[本間 勇人 Gate of Honma Note ]
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