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2007年6月30日 (土)

海城の将来構想の考え方(4)

海城の将来構想の考え方(3)のつづき。1991年海城学園は100周年を迎えた。日本はバブルがはじけて経済の空白期に突入していた。欧州では89年にベルリンの壁が崩れ、4年後の93年には、EUが創設されるが、その準備が進んでいた。米国ではクリントン大統領の時代に入り、ブレア首相とともに、「教育、教育、そして教育」という教育の時代に突き進んでいた。同時に90年代は脳科学の時代でもあった。コンピュータの時代でもあり、AIの失敗から新しい脳科学とITの融合の時代にシフトしていた。

★日本は少子高齢化が明確になってきて、経済はしばらくう右肩下がり。しかし、それは世界の動きに遅れていたのではなく、遅れている部分が大きくきしんだ現象だったに過ぎない。ただ、歴史は振り返ってわかるもので、一方では、既得権確保のために保守主義者は従来の産業構造をなんとか建て直そうとしたし、もう一方では20年、30年、50年先を見通して(当時の流行語として)パラダイム・シフトを仕掛ける新しいクラスが生まれていた。

★今そのクラスは、クリエイティブ・クラスと呼ばれている。海城学園の理事長古賀喜博先生も、その1人である。1991年、100周年を期/機に、100年の不易を思い、100年の流行を見通した。グローバルな進学実績と新しい紳士というNew Classを輩出する新しい学びの実現。

★その実現の1つが、1996年に開設された那須海城である。クリエイティブ・クラスの発想は、一部のエリアの師弟に限定して新しい紳士を育成するのではなく、世界中の子供たちにチャンスを設定するという発想。しかもこの新しい紳士は、欧米流儀のノーブレス・オブリージではなく、日本流儀でありながら世界標準に耐えられるノーブレス・オブリージ。具体的には、これからその輪郭がさらにはっきりしてくるだろうが、そういう100年先を見通したベクトルを、那須海城のエンロールメント戦略を組み立てるために、海外でフィールドワークをして、海外からの目線で捉え返した。受験業界用語でいう御三家、新御三家と呼ばれる男子校に位置している海城学園であるが、他の御三家の学校で、海外に船出して、世界のベクトルを実感し、それを実行に移すダイナミックなところはあるだろうか。このダイナミックさこそ、海城学園のハビトゥス形成の特長でもあろう。

★それはともかく、もう1つの古賀理事長の実行は、海城学園自体の大きな舵取りの転換であった。20年先、30年先の海城学園を担う教師たちのアイディアを汲み上げる柔軟な組織づくりを序破急の時の流れに合わせて、静かにダイナミックに実行していったのではないか。その結実の1つが将来構想検討委員会の設立につながったのだろう。

★そういえば90年代は、垂直的組織が水平的組織へと大きく組織観がシフトした時代でもある。ボトムアップとトップダウンのループをどう見出すか。振り返ってみて気づくことだが、今日、成長、成功している組織は、組織構造を思い切って転換している。

★海城学園の組織は、トップダウンだけでも、ボトムアップだけでもない。もっとも柔構造で、変幻自在な組織として成長している。しかし、一方でこれは、アメリカナイズされた日本の消費社会のメンバーからは見えにくい。この最強の組織の構え、でも見えにくいという姿を、将来構想検討委員会委員長の中田大成先生は、「リゾーム」と表現した。

★90年代の現代思想を牽引した言葉であり、フランス発信の思想である。しかし、日本はこの組織をあらわす言葉を理解できなかった。「ツリー構造からリゾーム構造へ」という表現はできず、せいぜい「ツリー構造からネットワーク構造へ」としか表現できなかった。ITのあり方をレトリックとして使うことはできたのだろうが、インターネットの中のコミュニケーションは、ネットワーク型ではなく、本来リゾーム型。Web2.0という発想は、ツリー構造のバージョンアップにすぎないネットワーク型発想を破るリゾーム型発想にシフトすることを予想している。

★しかし、この発想はすでに19世紀末の欧米、日本の文化背景にすでにあったことも確かである。それを麻布学園の氷上校長は見抜いて、19世紀末から未来を逆照射する戦略で、海城学園の未来ベクトルと同じような方向性を確認している。海城学園が「新しい紳士」なら、麻布学園は「新しい教養」という表現をしているのである。

★海城学園が、いかにエクセレントな学校なのか、それは先生方の日々書く行為とそれをデータベース化して、過去と未来をつなげてしまう構想力にあるのだが、その証明には膨大な時間がかかる。次回からはその片鱗をご紹介したい。[本間 勇人 Gate of Honma Note

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2007年6月29日 (金)

神田女学園の教師の高い質(了)

神田女学園の教師の高い質(4)のつづき。同学園の自己実現プログラムも興味深い。中学では、道の体験として、中1では「三味線」、中2では「お琴」、中3では「お茶」を体験するチャンスが設定されている。自己の道の姿勢を体得するのだろう。そしておもてなしという相手を受け入れる思いやりを。

★そのうえで、高1では「人と人のつながり」、高2では「生命・わたし・家族」、高3では「豊かな人生を求めて」というテーマで、社会と自分のかかわりを認識しながら自己の道を追究する「人間生活」という自己実現プログラムを組み立てている。こうしてテーマを並べるだけでは、神田女学園のプログラムの企画編集の特長は見えないが、テーマの背景に興味深い特長がある。

①高1では、外部の人材リソースを結集する。毎週、「医療関係」、「看護関係」、「国会図書館の司書」、「駅員や雑誌編集者など神田を支える人たち」などに語ってもらうというプログラム。毎週外部リソースを結びつける企画を実行するというのを教師自らがやりとげるというのは、よほど人脈作りに長けているのだろう。

②高2では、毎週神田女学園の教職員自らが、人生の転機になった様々な体験を語る。いわば人生の語り部になるのであろう。進路をいよいよ決定しなければいけないタイミングで、大学選択だけではなく、人生選択という本質的なキャリア・デザインが実行されているのである。

③高3では、消費生活の問題、社会の問題、女性の自立の問題など、人間の存在について考えるクリティカル・シンキングの授業になっているようだ。

④生徒たちは「人間生活ノート」を毎回書く。<テーマ>、<講師名>、<授業内容>、<授業を受けた感想>を書くフォーマットができているノートが用意されている。論点をはっきりさせる。主体をはっきりさせる。聞く態勢と情報整理力をトレーニングする。自分の考えを対峙させる。このような思考回路を毎週行っていく。

⑤そして、学期ごとに「今までの人間生活の授業をふりかえりながら、・・・文章を書いてください。人間生活のノートを見てもかまいません」という小論文のテストを実施している。600字から800字の小論文である。「人間生活ノート」は生徒1人ひとりの人生データベースでもある。

★このように「人間生活」のプログラムの仕掛けはダイナミックである。生徒たちの思考回路と人間の生き様に共鳴する感性は、毎週そして3年間かけて豊かになっていくと想像するのは容易だろう。[本間 勇人 Gate of Honma Note

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2007年6月27日 (水)

加速する白梅学園清修の教育の質

白梅学園清修の教育ビジョンは、ネッティリポートによると、「教科横断型のCCC(クロスカリキュラーコンピテンシー)の考えに基づく多様で柔軟なカリキュラム」であるようだ。リポートにはこうある。

Ccc 白梅清修の「未来のための6ヵ年授業計画」で言及されていることをまとめると7つの力に集約することができます。

①「知識と教養」

②「感性」

③「論理力」

④「文章作成・文章読解」

⑤「実学」

⑥「プレゼンテーション能力」

⑦「語学力」

これらの力を身につけるためには、教科横断型のCCC(クロスカリキュラーコンピテンシー)の考えに基づく多様で柔軟なカリキュラムの組み方が必要になってきます。

★昨日(2007年6月26日)、このような教育ビジョンを実行していくために、白梅学園清修の先生方が、戦術ミーティングをやっているところに立ち会うことができた。伸びている他校のプログラムを分析し、白梅学園清修は何をやっていくのか≪見える化≫していくミーティングであった。

★先生方は、目の前の生徒とのコミュニケーションと授業の準備で忙しい。私立学校は教育と経営の論理の両輪で動いているから、学校のPRのための準備でも忙しい。その合間を縫って、戦術と戦略のPDCAサイクルを日々実行している。

★個々の生徒を伸ばすには、才能発見評価をしなければならない。あなたの成績はここまでだよというような才能否定評価ではいけない。評価を伝えるのは先生方の言葉。誉めすぎても拒絶してもいけない。しかも生徒によって同じ言葉かけをしても、生徒の受けとめかたは違う。コミュニケーションの効率の悪さは、どこの学校現場でも課題。

★この課題をクリアできれば、教育の質は広がり深まる。そこで先生方は、<先生どうし、先生と生徒・保護者の間で、共通言語や共通尺度>をあらゆる局面で≪見える化≫しようということになったのではないか。

★先生方の対話の中で印象的だった言葉は

「理念やビジョンは決まっている。何を実行するのか。そしてその実行の仕方を共有したい」

「ビジョンを実現するために数値目標だけを生徒に示したのでは、シリをたたいてやらせるだけになる」

「教科連合カリキュラムの確率は急務。これによって1人ひとりの生徒を教科が違う立場から全員で見守ることができる」

2_1 ★話し合いの後、まずは「読書の方法」について、OECD/PISAの世界標準フォーマットを参照して、チームに分かれて制作。忙しい先生方なので、時間効率を上げるために、NTS教育研究所の岡部憲治も手伝った。KJ法とマインド・マップと情報収集の3点をアレンジした「オカベ式ポストイットでマップ」という方法を導入するため。

★あっという間に、「白梅学園清修独自の読書力の学習活動到達度マップ」ができあがった。秋田校長先生と柴田教頭先生は、若い先生方の多角的な智恵を引き出していくことが、白梅学園清修の教育の質を高め、学校経営を安定させると見守りながら話し合われていた。[本間 勇人 Gate of Honma Note

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2007年6月26日 (火)

週刊東洋経済「学校激変」掲載校

★週刊東洋経済(2007年6月30日号)「学校激変」特集で取り上げられた学校。<第二章本当の「お買い得校」ランキング>で取り上げられた学校は、

第1位 青稜(東京)

第2位 聖徳学園(東京)

第3位 暁星国際(千葉)

第4位 順天(東京)

第5位 賢明女子学院(兵庫)

第6位 桐蔭(神奈川)

第7位 雲雀丘学園(兵庫)

第7位 三田学園(兵庫)

第9位 近畿大付(大阪)

第10位 滝川(兵庫)

第11位 北嶺(北海道)

第11位 常総(茨城)

第13位 明治学院(東京)

第14位 岩田(大分)

第14位 茗渓学園(茨城)

第16位 桐朋女子(東京)

第17位 福山暁の星女子(広島)

第18位 聖心女子学院(東京)

第19位 大阪桐蔭(大阪)

第20位 星野(埼玉)

★90位まで載っているので、興味のある方は雑誌をご覧いただければ・・・。大学進学実績と中学入学時偏差値、卒業時偏差値で出しているランキング。大学進学実績に関する考え方は大学全入時代以前のものだし、偏差値に関しても問題が無いわけではない。

★しかし、青稜や聖徳学園は、そんな尺度を超えて、教育の質も高まっているわけだから、教育の量は質に結びついているということをある程度示す情報でもある。クリティカル・シンキングをもって眺めれば、有効な情報ということか。

P.S.

宝仙理数インター、かえつ有明、白梅学園清修、広尾学園、東海大学付属高輪台高等学校中等部など新しい学校の位置付けは全く表現されていないので、念のため。

[本間 勇人 Gate of Honma Note

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2007年6月25日 (月)

神田女学園の教師の高い質(4)

神田女学園の教師の高い質(3)までは、同学園の授業以外の教育プログラムについて紹介してきた。では、授業についてはどう捉えたらよいだろう。

Photo_121 ★授業に関しては、「シラバス」を読むことで、全体のイメージがつく。

(1)180ページ強の6年間のシラバス。生徒が自分で、今何をどうして学んでいるのか大局的につかむことができる。

(2)各学年各教科ごとに「ねらい」が明確になっている。

(3)各学年各教科ごとに「取り組みのポイント―予習・授業への集中・復習」が明確になっている。

(4)各学年各教科ごとに「学力アップへのポイント」が明確になっている。

★このシラバスの興味深い点は、「取り組みのポイント―予習・授業への集中・復習」と「学力アップへのポイント」を教科ごとに読んでいると気づかないが、この2つの場所を一気に全部読むと、神田女学園の独自の「学びの方法」について理解できるという点。この部分を整理して分析してみるとおもしろい考え方の全貌が見えてくるのではないだろうか。[本間 勇人 Gate of Honma Note

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2007年6月23日 (土)

神田女学園の教師の高い質(3)

神田女学園の教師の高い質(2)で、神田女学園は防衛コストが低い開かれた学校であると述べたが、これは自然とそうなったのではない。なるべくしてなるプログラムが開発され実践されていたのである。

★それは、生徒のいいところを互いに指摘し合うチャンスを設けているということだ。年に一回実施するのであるが、メッセージを送る相手は、これもまた友人同士だったり担任の先生以外だったりする。

★エーッ!誉め合っていい気持ちになっているだけじゃないかというネガティブ・ファンタジーをかもし出した方は、防衛コストが高いかもしれないとご自身を振り返ってみたほうがよいかもしれない(笑)。

Jwclimate ★実は、この方法論は、ジョハリの窓を広げていくという古典的なセオリーである。互いに知っていることを確認するだけではなく、図のように片方しか気づいてない点についてメッセージを送るという単純なセオリーである。ただし、このいいところを指摘するプログラムは、教師(友人)が知っていて生徒が知らないその生徒の良い点を指摘するという条件でやっているところがおもしろい。ポジティブ・シンキング(ファンタジー)という限定付きなのである。条件設定がされるというところがプログラムたるゆえんである。

★「個別指導」では、知性の領域におけるジョハリの窓を広げていくプログラムである。「ハートフル週間」は、悩みの部分を解放することでジョハリの窓を広げていくプログラムである。

★したがって、年間通して見ると、よいところだけを見て、他は見ないようにするということではないのである。生徒の成長や発達のタイミングに合わせて条件設定をして生徒と教師は対話しているのである。

★防衛コストが低い組織は、風通しがよい。つまり学校全体の雰囲気がよいはずだ。OECD/PISA(国際学習到達度調査)では、学習の背景環境も調査し、学級雰囲気(School and Class Climate)を計測している。フィンランドは良好だが、日本は逆。学級雰囲気がよく学力も高いといのが国際標準。もし神田女学園の学級雰囲気を計測したならば、国際標準指標で高いスコアが算出されるのではないだろうか。[本間 勇人 Gate of Honma Note

【NTS教育研究所関連記事】OECD/PISAから見る≪未来を創る学校≫(1)

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神田女学園の教師の高い質(2)

★前回の神田女学園の教師の高い質(1)で、

毎日の学園生活のベースに、お互いを受け入れるコミュニケーションの素地があるからこそ、「個別指導」や「ハートフル週間」「人間生活」というスペシャル・プログラムが実践され続けているのである。

★と紹介し、「個別指導」に「お互いを受け入れるコミュニケーションの素地」が浸透していることを語った。このことは、同じように「ハートフル週間」というプログラムにも浸透している。

★「個別指導」が知性のアドバイスのチャンスだとすると、「ハートフル週間」は感性のアドバイスの機会である。生徒は勉強以外の悩みについて、相談にのってもらえるのだ。「個別指導」のときと同じように、生徒が相談にのってもらう先生方は、神田女学園の教職員なら誰でもよい。担任の先生とは限らないのである。

★八雲学園のチューター制度や三輪田学園の面談週間と似た制度である。つまりクオリティの高い学校には、生徒と教師の対話のチャンスが学校全体の取り組みとして、あるいはシステムとしてプログラム化されているのである。

★それにしても教職員全体で、横断的かつオープンに実行できているというのは、教職員の防衛コストがいかに低い組織であるかということを示している。一般には、各メンバーの自己防衛機制が働くのが常で、いかにその防衛機制を取り除いて、開かれた組織にしていくかという点に人的・経済的コストがかかるものだ。

★したがって、成長する組織は防衛コストが低いと言われている。そういう意味でも神田女学園は、今後成長する学校だと考えてよいのではないだろうか。[本間 勇人 Gate of Honma Note

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2007年6月21日 (木)

神田女学園の教師の高い質(1)

神田女学園の教育のクオリティは高い。質を測る視点はいろいろあるが、その中でも教師の質は最も重要であることは言うまでもない。この点において、同学園の教育の質は味わい深い。

★たとえば、大学入試でAO入試を受験する場合、提出するアプリケーションの書類は膨大だが、その準備のために、教師は生徒1人ひとりのために並々ならぬサポートをする。特にショートエッセイの指導のプログラムは木目細かい。

★小論文など、書き方や文章構成を教えるだけでは、説得力のある文章、感銘を与える文章にならないと門間先生は語られる。まずはコミュニケーションが大事なのだと。生徒と教師が問答を繰り返す中で、生徒自身が本当に語りたいことに気づいていく。この表現したいという意志が生まれてくれば、あとは小論文は書けるのだと。

★門間先生は、神田女学園の教師はみな面倒見がよいだけだとおっしゃるが、この小論文の指導は、生徒が人生における自分のテーマに気づき、その道を選択していくという自己決定を待つファシリテーションあるいはコーチングの手法。学校全体や学級内の雰囲気を心地良いものに変えていく教師の優れた能力を示唆している。このように、生徒と教師がコミュニケーションしているために、互いに相手を受け入れるような雰囲気が日々生まれているのではないだろうか。

★毎日の学園生活のベースに、お互いを受け入れるコミュニケーションの素地があるからこそ、「個別指導」や「ハートフル週間」「人間生活」というスペシャル・プログラムが実践され続けているのである。

★「個別指導」では、教科に縛られず、自分の好きな先生に質問ができる。家庭科の教師に英語について質問しても構わないのである。ここには共感をベースにした、しなやかな知性を育む環境がある。「相談したい先生をあなたが選んで『学習コーチ』に」というのが「個別指導」の特長であることがストレートに伝わってくる。

★そしてもう一つ見逃してならないことは、神田女学園の教職員は、教科横断的な問題解決能力の視点を持っているということだ。そうであればこそ、このようなプログラムが成立するのである。

★このことは、1989年ベルリンの壁が崩れ、1993年ごろから本格的に動き始めた学びのグローバリゼーションの流れにつながっている。日本の初等中等教育では、まだまだこの流れに気づいていないが、神田女学園の教師は、すでにその動きを日々実践しているといえるのではないだろうか。(つづく)[本間 勇人 Gate of Honma Note

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2007年6月20日 (水)

洗足学園の新ビジョン(2)

洗足学園の新ビジョン(1)で、前田校長先生の慧眼について、次のように紹介した。

世界で活躍するリーダー観は、どうもヨーロッパ型、英米型に偏っている。日本は日本のよさを発見して、アジア型のリーダー観を創造すべきだよという話だったのである。

★まず国際舞台やグローバル企業で活躍するリーダー観は、たしかに欧米型のものが多い。これについては、リチャード・バーブルック(Dr. Richard Barbrook: Between 1995 and 2005, Richard was coordinator of the Hypermedia Research Centre at the University of Westminster and course leader of its MA in Hypermedia Studies. In 1997, he was one of the founders of cybersalon.org and is now one of the directors of the Cybersalon trust. At present, Richard is a senior lecturer at the School of Media, Art & Design at the University of Westminster.)の研究が明確に証明している。

★アダム・スミス以降、経済学者、哲学者、作家、政治家たちは、その時代その時代に現れた時代のリーダーを担ったニュー・クラスの名づけをした。バーブルックは、膨大な文献整理をして、そのネーミングのリストを時代順に78個列挙している。氏の著書“The Class of the New”はサイトでダウンロードできるが、リストだけ見たければ、私のブログ「教育談義を捨てて新たな学びを創ろう~Creative Knowledging Program【1】にコピーしてあるのでそちらを参照して欲しい。

★このリストの中で、1900年に新渡戸稲造が英文で出版した「武士道」の影響を受けて、1905年、あのH.G.ウェールズが「サムライ」こそニュー・クラスだと論じている文章が紹介されている。それ以外はすべてが欧米流のリーダー観が並んでいる。

★しかし、このことが前田校長先生の世界標準を超える着想であることをまた裏付けている。すでに19世紀末に日本の思想が欧米に影響を与えていたのである。アジア型リーダー観の可能性は十分にある。

★また、バーブルック・リストの77番目には、リチャード・フロリダのクリエイティブ・クラスが取り上げられているが、フロリダの制作したグローバル・クリエイティビティ・インデックスでは、日本はスウェーデンに次いで2位である。これもまた前田校長先生の着想の先見性を裏付けている。

Iw ★そしてもう一つおもしろいのは、Inglehart-Welzel Cultural Map of the Worldである。これによると、日本は宗教的精神価値観から合理的な価値観にシフトしているが、まだまだポストモダニズムの産業社会には移行していないという孤高なポジショニングにいる。一方、アメリカは先進諸国の中で唯一宗教的文化価値観が強い国であり、ポストモダニズムの産業社会に突入している。

★ホワイトアングロサクソン的なアイデンティティを維持しようとアメリカの世界への覇権をなんとか持続したいというよりこの矛盾を止揚したいとサミュエル・ハンチントンは語るが、どうだろう。まさにアメリカ・プラグマティズム発想ではあるが、宗教的精神価値は、精神から文化にシフトしない限り、うまくいかないのではないだろうか。

★一方でハンチントンは日本は孤立すると予想しているが、それは一面の真理に過ぎないかもしれない。前田校長先生は、この点について気づいている。洗足学園の校舎は一見すると欧米流なのだが、実は教室をつなぐ廊下はまさに茶室的空間だし、学校のベースである庭園は、抽象的だが実は日本庭園なのである。

★アメリカは確かに大消費社会で、ポストモダンにシフトしているのかもしれないが、その方向に対し警鐘を鳴らし続けている潮流もたくさんある。その中の一つにモダンミッドセンチュリーの流れがある。イームズのインテリア・デザインが有名であるが、イームズが出てくれば、そこにはあのイサム・ノグチがいるし、彼らが敬愛するフランク・ロイド・ライトがいる。彼らは十分に日本の文化を尊重していた。ライトの建築デザインのベースは、ユーソニア。これはアメリカの腐敗した民主主義に対し、理想的なデモクラシーを対峙するためにライトが造ったキーワード。ポストモダニズムにシフトしなくても、もう1つのモダニズムにシフトする道もあるということを言いたいのだ。これがまた≪私学の系譜≫でもあるのだが。

★ともあれ、十分にアジア型リーダー観がこれから活躍する可能性があるのである。Inglehart-Welzel Cultural Map of the Worldにおける日本のポジショニングを、ハンチントンのように孤立と読むか、新たなアジア型リーダー観の拠点と読むかは、前田校長先生をはじめとする私学人の双肩にかかっているのかもしれない。[本間 勇人 Gate of Honma Note

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2007年6月19日 (火)

洗足学園の新ビジョン(1)

★とあるクリエイティブ・クラスの会合で、洗足学園の前田校長先生とお会いした。Web2.0にかかわっているメンバー、リアルとバーチャルを融合する試みにチャンレンジしている広告代理店のメンバー、新しい学びを実験しているメンバー、新しい海外プログラムを組み立てているメンバー、感性と知性をインスパイアーする空間デザイナーたちが100人ぐらい集っていただろうか。経済、アート、教育の起業人といったところか。

★そこには、いつもの私立学校の集まりで出会うときとは、また違う前田校長の一面があった。洗足学園の帰国生クラス、アメリカやイギリスの海外研修や留学は、英語という枠を超え、学びのグローバリゼーションを浸透させている。誰もが息を飲むすばらしい教育空間も、一見すると欧米風である。

★しかし、前田校長は、「本間さんは、2極しか見ていないよ。これからは三位一体だよ。」と話しかけられた。ここ数年説明会で、前田校長は洗足学園の聖書の由来を語っているので、これからは頌栄や鴎友のようにキリスト教主義を前面に出すということを語っているのかと思ったが、それは全く違った。頌栄でも鴎友でもない第三の道を進むという覚悟だったのである。

★世界で活躍するリーダー観は、どうもヨーロッパ型、英米型に偏っている。日本は日本のよさを発見して、アジア型のリーダー観を創造すべきだよという話だったのである。しかし、これはイギリスやアメリカという現地で海外プログラムを実施し、これからも実施していくからこそ言えるのである。シラバスに関しても、非常にラジカルな考えを語ってたが、これはまだ企業秘密だろうから、残念ながらここでは語れない・・・。

★さて、前田校長のアジア型リーダーとは、もちろん、欧米型リーダー観と対立するものではない。それを包括するもっとグローバルな広がりをもったもの。そしてこのアジア型リーダー観を、最も先進的に創造できる文化的スタンドポイントにいるのは日本だというのである。欧米型リーダー観を包括する新しいアジア型リーダー観を創造するのは日本であり、私学であるというビジョンを、前田校長は考えているようだ。このことについて、次回私なりに少し考えてみたい。[本間 勇人 Gate of Honma Note 

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2007年6月10日 (日)

村治佳織、母校女子聖学院で演奏

★テレビ東京「みゅーじん35回」(2007年6月10日)に村治佳織さんが登場。いろいろなフィールドで活躍している様子を伝えていた。

★相変わらず、速度と重さのバランスのよい演奏に、ちょっと感動してしまったが、番組最後に女子聖学院のチャペルで、同級生囲む中演奏している姿が映し出された。

★村治佳織さんは、折に触れ女子聖学院のチャペルで演奏している。私も一度お聞きするチャンスをいただいたが、思わず溜息がもれる演奏だった。

★世界的な演奏家の原点は3歳のころにさかのぼる。父の姿がいつも見え隠れする。しかし、第二の原点は女子聖学院の6年間ではないだろうか。卒業後すぐ単身パリの音楽院に留学している。芸術の創造との格闘の毎日だっただろうが、女子聖学院の6年間は、村治佳織さんの自立と友情の大事な自己空間だったに違いない。

★村治佳織さんの自己空間は、女子聖学院の6年間のどこかで、ビッグバーンを生んだはずだ。だからこそ、たびたび学院のチャペルを訪れるのだろう。このビッグバーンは、何がきっかけだったのだろう。

★村治佳織さんの演奏の謎は、女子聖学院の謎に通じる。米国のディサイプル派というプロテスタントのプロテスタントのキリスト教主義の学校であるが、パイプオルガンはサットマリーさんの設計によるもの。村治佳織さんの音楽は、フランスやスペインの光と影のイメージがちらつく。

★女子聖学院の文化資本は、どうも米国というより欧州という感じがするのだが、それはあまりに私の主観にすぎないのだろうか・・・。[本間 勇人 Gate of Honma Note

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日大中高が開く未来

日本大学中学校・高等学校のパンフレットを手に取った。シラバス、学園生活、部活、海外研修、教育空間、制服など丁寧に説明され、最終的には多様な大学進路についても詳細かつ明快に表現されていた。

★卒業後、友人たちと「あの学校に行ってよかった、いい先生、いい友だちに出会えてよかった」と語り合える学校作りをしていることが伝わってくる表現であった。

★そしていくつか新しい考え方やグローバルな視野をベースにしていることもわかる説明があった。それは、シラバスを「学びのナビゲーター」と位置付けているところと、「学習者を主体的な学びに導くもの」としているところに顕著に現れていた。

★また中学でTOIEC Bridgeが、高校では「小論文テスト」が実行されているところも興味深かった。英語と表現力は国際社会では必須。特に国際社会からは日本の自己表現指数は低い評価が下されている。それに比べ、日大の生徒たちが海外研修などで訪れるニュージーランドやオーストラリアの自己表現指数は、国際社会で高い評価を得ている。英語教育が『英語』という教科を超えて、国際社会で活躍できる条件作りになっているのである。

★それに制服アイテムの表現がよかった。国際社会でTPOに応じてどのようなファッションを自分でコーディネートするかは重要なポイントだ。制服のアイテムの数が多ければ多いほど、選択判断しなければならない。

★日大中高が生徒たちと共に開く未来は、自己決定しながらチャレンジしていく世界だろう。どんな未知がやってくるのかあらかじめ予想するのではなく、自己決定したことを可能にしていく智恵が重要なのだろう。高校入試や大学入試への時間を、自己実現を可能にするサバイバル・スキルを鍛える時間にあてられるのは、大学全入時代にあって、生涯学習という点で、アドバンテージは高いかもしれない。

★日大全グループで、教育者向けの教育ワークショップも開催しているようだが、そこで行われているのは、暗記型学習などではなく、まさに国際社会でサバイバルできるスキルを身につけることを可能にする新しい学びの方法である。日大中高が開く未来は、子どもたちにとって価値ある出来事となるだろう。[本間 勇人 Gate of Honma Note

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小野学園のビジョンとプラン(了)

小野学園のビジョンとプラン(2)において、17の潜在的教育力すべてを顕在化し結集したプログラム「学習習慣強化プログラム」を紹介した。もう1つ小野学園女子中学・高等学校の17の潜在的教育力すべてを顕在化し結集したプログラムを紹介したい。

Ono_1 ★それは小野学園女子中学・高等学校4年(高校1年)生の「シラバス」である。たいていの学校のシラバスは、何をやるかという要項集である場合が多く、本来のシラバスとはちょっと違うなと思うものが多いが、小野学園の新シラバスは、予習・授業・復習全てに関して、何をどのように勉強し、自己評価し、評価されるのかまで丁寧にデザインされている。

★さらにすぐれているのは、基本と応用の到達目標の違いを明確に示していることである。たとえば、「平面図形」の「三角形の性質」という学習内容における基本と応用の到達目標の設定の差異をみてみよう。

Ono_2 【基本】三角形の基本的性質と重心・内心・外心についての定義を利用して長さ・角度を求めることができる。

【応用】重心・内心・外心・垂心・傍心についての証明問題を解くことができる。

★両者の差異は明らかである。知識の量の差と知識の使い方の差である。「学習習慣」を身につけ、基本をクリアしたら、どこまで飛躍していけばよいのか、そのベクトルがはっきりしていることは、重要である。自己満足的に学んでも闇雲に難しいことに挑戦しても学びの基礎は充実しないし、飛躍もしない。

★学びは飛躍の一歩を実感するところからなのである。ビゴツキーという天才教育学者の理論に「学びの最近接領域」というのがある。これは今も教育において、その領域の発見に成功していないが、子どもの学びの探究にとって重要な理論である。この理論を裏付けるような教育実践を小野学園は開始したということだろう。

★生徒たちの小さな変化を見逃さない。その小さな変化こそ次の飛躍の最近接領域。しかし、大抵の場合、ここを無視したり、否定する。まだその程度なのかと。今ごろそんなことに気づいたのかと。この一言が次の飛躍のチャンスを潰すことになる。「もったいない」とは自然環境破壊に対してだけ使う言葉ではあるまい。子どもたちの未来のビジョンを壊すのもまた「もったいない」のだ。

★小野学園は生徒たちの未来の無限の可能性を守る包容力、責任感、創造力・・・といった17の教育力を総動員する決断をしたのである。[本間 勇人 Gate of Honma Note

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2007年6月 9日 (土)

田園調布学園がエクセレントスクールである理由(2)

田園調布学園がエクセレントスクールである理由(1)で、その理由について、5つほどあげた。

①ビジョン・リーダーとしての校長、②知のクリエイターとしての教師、③知のインターフェース・ファシリテータとしての司書教諭、④そしてアーツにあふれる教育空間。⑤①~④があることで、Creative Climateに満ちていること、これが田園調布学園がエクセレント・スクールである条件である。

★実はもう1つあるのだ。それはクリエイティブな生徒の存在である。生徒のクリエイティビティは、ビジョン・リーダーである西村校長先生の「礼法」や生徒1人ひとりの生活ベースである「黙想」「精進日誌」「朝掃除」「浴衣制作」、建学の精神「捨我精進」の永遠の響きを奏でる「精進の鐘」によって育てられる。

★この「捨我精進」の心身の育成が、あらゆるものに好奇心を抱かせ、なぜだろうという探究心を育てるのである。そしてさらに学園のアイデンティティと自分の興味と関心を抱いたものにたいする探究のアイデンティティが一致しているというのが、田園調布学園の教育の構造なのであろう。

★そしてこの探求心育成の基礎は何といっても生徒たち自身による読書活動である。司書教諭のもとで図書委員会が活発に活動しているのが印象的である。委員会が発刊している「読書の栞№129」には、「特報!!調布生の読書ライフ」というリサーチ報告が掲載されている。

★学園の中学生の80%は読書が好きという結果。好きということは、まずは楽しい、おもしろいということだろうが、好きな本のアンケート結果では、本の部門ではハリー・ポッターが、マンガ部門では「ラブ★コン」「花より男子」、雑誌部門では「nicola」「SEVENTEEN」の票数が多いようだ。

★ファンタジー、マンガ、ファッションなど女子中学生が好奇心を抱いているものを、オープンにする学校の姿勢がすばらしい。自分の夢や自分をまず見つめるという基本的な生活をルールと照らし合わせながら柔軟に受け入れる学校のしなやかさがよい。

★また、読書は誰にすすめられたのかについては、中学生の40%は「友達」を回答した。やはり何といっても、友達とのつながりが学園生活を豊かにすることは間違いないようだ。

★こうして心地良い読書体験からスタートするのだろう。それが、やがて世の中の深い問題につながるはずだという先生方の信念と生徒たちへの信頼も伝わってくる。おしゃべりをするな!というところから授業が始まるのか、おしゃべりの中から人の喜怒哀楽を見出し、そこから人間関係、社会、世界の問題に結び付けていけるかどうかは、教師の腕のみせどころである。

★実際、「読書の栞」には、高等部1年の図書委員が水俣病センターにインタビューしにいったときの記事がまとめられている。

水俣病を知るということ――これがどれほど重要な意味を持つか、水俣病についての情報のその裏にある、患者やその家族の深い、深い感情を、私たちが真正面から向き合ってどのくらい理解できるのか。

★田園調布の生徒たちは、このように社会に対する問題の視点を有していくわけであるが、このような視点は単純に1人で読書して生まれてくるものでもない。村上春樹や宮沢賢治の作品の読書会を、学習院、攻玉社、香蘭、成城、トキワ松の生徒たちと開催もしている。

開催校として何より大仕事だったのはテキスト決めでした。いくつかの候補は挙がりましたが、一冊に決まるまでには長い話し合いがありました。最終的には、主人公が私たちと同年代であるということで、「沈黙」に決まりました。

★読書活動とは、本を読む行為だけではない。いろいろな企画のために議論し合うという過程も含まれる。読書活動とは、作家だけではなく、作家の考え方・感じ方・言葉を共有する多くの人たちとの対話を生み出す。この仕掛けを遂行していく田園調布学園の生徒たちはクリエイティブであり、その存在が田園調布学園をエクセレント・スクールに仕上げているのではないだろうか。。[本間 勇人 Gate of Honma Note

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2007年6月 8日 (金)

田園調布学園がエクセレントスクールである理由(1)

田園調布学園が発刊している「調布学園だより」を拝見をして改めて確信した。同学園がエクセレントスクールである条件が<見える化>されていると。

★エクセレントスクールは、Creative Climateが生成され続けている学校である。そのためには、ビジョンをマネジメントしつづけるビジョン・リーダーの存在が重要だ。校長西村弘子先生がその役割を果たしている。そのことが巻頭の西村校長のメッセージからはっきり伝わってくる。

「あなたにとってどうすることが『捨我精進』?」とは中1礼法のまとめとなる最終授業での問いかけです。

★これは防衛コストを低くするオープン・マインドを育成するプログラムである。毎年中1はこの礼法によって防衛コストを低くする精神を体得していく。これは創造性発露の条件であり、人間関係を心地良くするおもてなしの道でもあろう。

★また同誌には、各教科の教育実践発表の報告が紹介されていた。学内におけるプレゼンではなく、多くの学校の先生方との協働勉強会である。外部との交流もまた創造性発露の条件である。そしてエクセレントスクールの条件もまた、創造的な教師がたくさんいることである。

★「校内の像にまつわるエピソード」も紹介されていた。OGや学校関係者との関係がアートに体現し、学校の伝統作りに寄与している。リベラルアーツの存在の片鱗であるが、これもまた田園調布の教育力の奥深さの現れである。

★そして司書「教諭」の存在である。司書「教諭」の存在の重要性に気づいたのはJGの梶原先生にお会いしてからだ。司書「教諭」は、学校の歴史と使命を教職員、生徒、保護者に伝えることと教科横断的な知のインタフェース・プログラムを企画実行する役割を担っているということに気づかせていただいた。

★田園調布学園にも、このような役割を担う司書「教諭」の存在がある。

読書の楽しみを生徒間で共有させるため、他校と合同で読書会もしています。

★ビジョン・リーダーとしての校長、知のクリエイターとしての教師、知のインターフェース・ファシリテータとしての司書教諭、そしてアーツにあふれる教育空間。Creative Climateに満ちていること、これが田園調布学園がエクセレント・スクールである条件である。もちろん、その結果として大学進学実績も良いのは言うまでもない。[本間 勇人 Gate of Honma Note

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小野学園のビジョンとプラン(2)

小野学園のビジョンとプラン(1)のつづき。前回、小野学園女子中学・高等学校は、17の潜在的教育力を見いだし、それを顕在化するために、教育プログラムのアイデアを出し合い、実施していることを紹介した。

★今回はその教育プログラムの中でも、17の潜在的教育力すべてを顕在化し結集したプログラム「学習習慣強化プログラム」を紹介したい。

★新中1は、入学して1ヶ月間は、勉強の中身より、学習習慣を身につけるプログラムを受ける。学び方体験からスタートするのである。

朝礼→1時間目:読書→2時間目~4時間目:授業→昼休み→5時間目:復習(質問の視点を養う)→6時間目:テスト→7時間目:予習→HR・清掃→8・9時間目:テストの復習&クラブ→帰宅→翌朝→・・・

★このループは、要するにPDCAのサイクルを1ヶ月続けることであるから、さすがに学びの方法を身体化できるようだ。なぜ体得できるのか?長谷教頭先生によると「復習すると良いことがあると実感できる。復習すればできるじゃんというおもしろさを実感できる。この実感の体験がポイントですね。復習することの重要性をいくら説教しても、それでは苦行。苦行になったらプログラムは失敗。モティベーションは、やればできるという実感からしか生まれてこないでしょう」と。

★学びのビジョンとリアリティの創出こそ、小野学園の教育実践の真骨頂である。[本間 勇人 Gate of Honma Note

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2007年6月 5日 (火)

小野学園のビジョンとプラン(1)

小野学園女子中学・高等学校教頭長谷良一先生にお会いできた。学園サイト内のブログ「今週の小野」を開けると、本当に毎週いろいろな教育プログラムが実践されているが、長谷先生にお会いして、なぜ毎週教育プログラムを実践しているのか、その目標と戦略が理解できた。もっとも浅学非才の身ゆえ独断と偏見は免れないが・・・。

★この一年間、「ビジョン委員会」(学内では美女委員会と呼び親しまれていたらしい)で、ビジョンとその実践プランを徹底的に議論してきたようだ。社会の変化や時代の要請といった外部環境のリサーチに関しては、長谷先生が前任校時代にすでに終えていたし、先生の見識者人脈が応援してくれるので、高品質の情報分析から出発できたようだ。

★外部環境の変化をしっかり押さえていれば、あとは学内の歴史とリソースを洗い出し、時代の要請と微調整しながら教育活動のプランが立てられる。

★「ビジョン委員会」は、学内のリソースと建学の精神の≪言説≫の意味と時代性を問い返すために相当時間をかけたようだ。ある意味学内フィールドワークとインタビューの日々だったのではないかと推察する。

★そしてビジョンが定まった。「どっちもできる育成」がそれである。21世紀の女性は、社会でも大いに活躍するが、家庭も幸せに生きて欲しい。どちらかを選択する女性もいるし、社会も家庭も両方で生きる女性もいるだろう。大事なことはどれでも自由に選べる基礎を育てることだという。選択判断力と選択できる基礎力の育成。なるほど「どっちもできる育成」である。

★次に、このビジョンを実現すべく、学内リソースをデータマイニングした。すると17の力が小野学園には潜在的にあることに気づいたという。

優しさ、愛情、包容力、責任感、他者の個性尊重、他者の自立支援、自己実現、対話力、育成力、柔軟性、緻密さ、創造力、マネジメント力、継続力、決断力、学問、教養

★しかし、この小野学園の潜在的な教育力を肯定的に明らかにしただけでは、結局何も変わらない。そこで、まず17の力のそれぞれのイメージのすり合せの議論をしたようだ。この議論の過程は、豊かな成果を上げたようだ。たとえば「優しさ」という小野学園の潜在的な教育力は、「①相手の立場になって考えることができる。②相手の立場になって行動できる。」という意味であるということを学内で共有できるようになったからだ。学内リソースを表現するキーワードの学園の独自の意味、つまり歴史性の≪見える化≫ができたのである。

★このようにキーワードの意味が明らかになれば、いよいよその潜在教育力を顕在化する段にシフトする。それがブログ「今週の小野」で公開されている教育プログラムという結実なのである。たとえば「自己実現」というキーワードは、小野学園にとっては「①目標が立てられ、達成感が味わえる。②自分の適性・長所・短所を知り、職業を知り、大学を知り、目標が立てられる。」という意味であると情報が共有化されたとする。すると先生方から、「ロールモデル講演会」というアイディアが企画として提案される。というようなサイクルで教育プログラムが次々と実現されているのだろう。

★このようにビジョンの設定。ビジョン実現のプランニングの過程は、教師どうしのジョハリの窓を開くことであっただろうし、企画を立案し実現するノウハウを共有することだっただろうし、教師が互いにリフレクトして改善するPDCAの過程の実現だっただろう。

★小野学園の潜在教育能力は言葉として認識されるだけではなく、教育プログラムとして活動にシフトすることで、学内中が創造的な雰囲気に包まれているはずである。クラブ活動や教科活動と毎週実施される新たな教育プログラムの相乗効果が生まれる仕掛けが回転し始めた。もちろんその遠心力を自己実現のエネルギーに転換するのは生徒たち自身である。[本間 勇人 Gate of Honma Note

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2007年6月 2日 (土)

自由学園のハビトゥス

★NettyLandかわら版(フリーペーパー)4月号、5月号2回にわたって、「名門高校人脈」の著書鈴木隆祐さんとNTS教育研究所の北さんとの座談会「名門校の条件」の司会を務めた。

★「名門校」には必ず独自のそして普遍的な文化資本を有し、それを再生産する持続可能なシステム「ハビトゥス」がある。それぞれの「名門校」の「ハビトゥス」を見つけようというのが大テーマだった。文化遺伝子(ミーム)とその継承のシステムと言い換えても良いだろう。

★座談会では「かわら版」の性格もあって、「ハビトゥス」そのもについては突っ込んで議論できなかったが、単に文化資本の再生産をするのが「ハビトゥス」ではない。文化資本の再生産の「再生産」という戦略性あるいは創意工夫の仕掛けを見落としてはならない。つまり「ハビトゥス」は単純に文化資本の再生産ではなく、「脱構築」という意味での「再生産」なのである。

★2007年5月19日~26日、自由学園女子部体操館で、「ミセス羽仁ご逝去50年祈念展」が開催された。私は残念ながらその時期東京にいなかったので、訪れることができなかったが、後に「私はおもしろいから生きています」というミセス羽仁が青少年に勇気と希望を語りかけた小冊子をいただいた。

★自由学園といえば、「ハビトゥス」がはっきり目に見える教育空間と教育実践が行われている私学のプロットタイプと言っても良い学校であるが、ミセス羽仁の言葉に触れて、改めて本物の「ハビトゥス」の存在に感銘を受けた。ミセス羽仁はこう語る。

天空からも地の底からも、それからそれと、どこまでも、我々の知らざる力が出てくるではありませんか、物質の世界の驚異であるよりも、さらにさらに驚嘆すべき霊(聖霊、つまり神のこと※筆者注)の世界に我々は棲んでいるではありませんか。その双方の世界からあらゆるものを発見して、かぎりなく新しいものを創り出し、古いものを活かしてゆくのが人間の役目です。そうしてそれは、尽きることも消え去ることもない無尽蔵な富に頼り、かつ「小さな群れよ、恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださる」という保証つきでしている仕事です。長い間かかっても、これが心に熟してくれば、人間は何のために生きているという呟きに対して、「おもしろいから生きている」と無造作に答え得るものになります。

★文化資本。それは常に世界の両義性の中で、その葛藤の中で再生産される。「おもしろいから生きている」という当たり前のようであるが、それは大きな決断をし、その実行の後に現れる境地。その境地への道は、割り切って、物質的世界だけで生きようとか、精神世界だけで生きようとかいう姿勢では、苦悩から逃れられない。両義性の同一性という意味で、「再生産」は常に「かぎりなく新しいものを創り出し、古いものを活かしてゆく」という「脱構築」なのである。そしてこのプロセスが自由学園の「ハビトゥス」である。

★「大衆の反逆」とはオルテガの書だったと思うが、日本も例外ではない。物質的世界優先の大衆化社会ではあるが、自由学園は、野のスミレとして、尽きることも消え去ることもない無尽蔵な富を子どもたちとともに創っていって欲しい。[本間 勇人 Gate of Honma Note

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