★女子学院のMAGNOLIA FESTIVAL(文化祭)の2日目、小講堂では、文実(文化祭実行委員会)企画の第7回目の講演会が行われた。講演会というより2時間にわたるパネルディスカッション。パネラーは、OG3人と在校生(文実委員長)、そして田中院長先生。司会は高2の文実委員。テーマは「自由と生きる私たち」。
★OGは10年ずつ世代が違うメンバーが選ばれていたが、そこが実におもしろかった。高2の司会者が、世代ごとに時代背景が違うのがわかりますねと突っ込みをいれると、パネラーも聴衆者もどっと笑い、会場の空気は一つになった。司会者のさりげない気配りがJGらしかった。それでいて、あっ、オーディションで講堂を使う時間をとりあうのは、今もありますねとしみじみフォローしていくと、今度は場内はなるほどという雰囲気になった。
★それにしてもたまたま個性の強いOGが選ばれたのだろうか、とにかくおもしろかった。進路選択も先生や親などがどう思っているかではなく、自分の生き方と時代性に生じる違和感を真正面から引き受けて、自分の生き方はこうじゃないはずだ、なんか違うとずっと考えて挑戦して生きてきたという話はリアルだし、説得力があった。
★73年に卒業したAさんは、当時の安保闘争や平和運動の話をし、そういう時代に女性として建築家を目指したという。戦後の高度経済成長の中で、日本の平和への自由は問われていたが、にもかかわらず女性の職業の自由はまだまだ。Aさんはそれに屈することなく、建築家として、女性の自立の道を歩むことが、自由を勝ち得ることだと考えたのだろう。今は建築事務所の経営者である。
★一方84年に卒業したBさんは、バブル経済に向かう日本の時代、これは産業社会とポスト産業社会の出会う時代だが、その時代の違和感の中で、やはり当時は珍しかったと思うが、女性カメラマンの道を選び、ある新聞社のジャーナリストとして活躍するも、組織の歯車に対し違和感をもち、独立。イメージコンサルティング会社を設立している。
★それから92年卒業のCさんは、バブルとその崩壊の狭間で、演劇が流行している時代だったという。在学中演劇に燃え、表現ということに興味を持ったが、何かが違うと思い、演劇は好きだが、今の自分は違うという違和感をいだいたそうだ。そしてその違和感がJGというキリスト教文化、欧米文化にあると気付いたそうである。バブル崩壊後グローバリセーションが世界を席巻していたこともあったのだと思うが、JGの文化や時代の方向性とは逆に、西洋の思想の表現としての演劇ではなく、日本語による日本の文化の表現とは何かを自分はやりたいのだと。そこで日本文学を専攻するのだが、そもそも大学とは西洋の思想を啓蒙するシステムだとまたまた気づく。大学にいては自分はだめになると思い、しばらく沖縄で祭りについてフィールドワークをしていたそうだ。その後誰もやっていない日本の文化を発掘する領域を開拓し、大学で教鞭をとることになったということだ。
★文実委員長は、自由とは入学する前は、もっとやりたい放題、勝手気ままと思っていたが、そうではないということを考えさせられていると、とにかく考える時間がいっぱいあると。
★するとOGの方々は、口々にこのような講演会のあとのディスカッションや礼拝の発表は考えたはねと。それにとにかくよく書いたと。Bさんの時代は、北海道出身のミュージシャンが多く、彼らについて調べようということになった。当時はオールナイトニッポン全盛時代ということもあったので、放送局や松山千春さんにインタビューしにいったりもしたと。先生方はそういう私たちの行動を見守っていて、どうしたらよいかと相談にいくと、自分で考えてみなさいといわれるだけだったとJG時代の自由のつらさについて語った。
★Cさんは、演劇における表現について悩んでいた時に、ある先生が自分が属している研究会に連れて行って、そこで発表する機会を作ってくれたが、今思えばそんなチャンスをつくってくれる環境は貴重だと思うと。もっとも違和感を感じていた自分は、在学中はどちらかというと不自由を感じていた。しかし、世の中にでて、制約だらけだし、壁がたくさんあって、JG時代は自由とは何かについて考える自由があったことに気付いたと。
★田中院長がときどき、聖書にもとづいてJGの自由について語られた。すると高2の司会者が場の雰囲気を読んで、「難しいお話ですね」と今度はボケてみせた。場は一気になごむ。エンカウンターの手法を巧みに使っている。田中院長もにこり。この余裕が良いし、OGのAさんが、院長先生のお話をもっと早く聞いていれば、JGの自由について私の中で明確になっていたのに、でも今わかりましたよと合いの手を入れるあたりは、30年以上離れているOGと在校生の間に、時の壁を感じさせない。JG生たちの阿吽の呼吸。
★これは友人関係の作り方が伝統的に独特だからだそうだ。これはパネラー、司会者全員が異口同音。ほどよい距離間が居心地良いし、だからこそ互いの個性を尊重し合えるのだと、それがJGの得難い友人関係なのだと。これは自由について考えるJGの特徴の表れだろう。
★田中院長は、あれをしてはいけないこれをしていけないという制約から自由になるのではなく、何をすべきか何をしていくのか何を考えていくのか、そういう創っていく物に対し自由であるというのがJGの自由ですと。OGの方々も、お金より価値あるものの大切さを身につけてしまいましたが、それも自由だからこそだと同じことを語っていた。他人の目を気にしたり、ブランドを気にしているようでは、こだわる自分から解放されていないですからねということのようだ。
★自分の中にある違和感と正直につきあって、その解決のために考え続ける自由。当たり前のようだが難しい。高2の司会者が「難しい話ですね」とボケてみせたのは、本当は田中院長の話の内容なのではない。JGの永遠の課題である自由と生きることが難しい、でもそれが大事なんですよねという意味が含まれていたのだ。[本間 勇人 Gate of Honma Note ]