2007年2月12日 (月)

礼拝はプロテスタント校の原点

毎朝プロテスタント校では、礼拝がある。礼拝の建築空間、パイプオルガン、賛美歌、聖書朗読、説教、祈りは精神と知の学びの拠点である。

99年の秋、8時15分、パイプオルガンの調べと共に斎藤正彦院長(当時)が講壇に現れ礼拝が始まった。
「『見よ、その日が来ればと主なる神は言われる。わたしは大地に飢えを送る。それはパンに飢えることでもなく、水に渇くことでもなく、主の言葉を聞くことのできぬ飢えと渇きだ。』……身体の健康は食べ物で何とかなるが、心の健康は何によって満たされるのか。
今の日本社会は、飽食の時代を迎えている。しかし心は飢え渇いているのではないだろうか。最近の多くの惨めな事件はこの飢えと渇きを癒したいという欲望が原因だが、物質的な欲望はそれを癒しはしない。心は言葉によって満たされる……。」

プロテスタント校の礼拝は、女子学院と基本要素は同じである。

女子聖学院の校長小倉義明先生も「チャペルという建築構造、音楽というハーモーニーの構造、聖書というロゴスの構造と魂、説教やメッセージという言葉の構造などあらゆる知性を通してグローバルベーシスを身につける学びの拠点。それが礼拝です。」と語る。

諸般の事情から閉鎖を余儀なくされた青山学院横須賀分校の後を継いで、1950年横須賀学院が創立。太平洋戦争直後、平和はキリスト教主義の民主主義に基づく教育からという考えによって建てられた。

その精神は今も横須賀学院の礼拝に継承されており、生徒にも礼拝でメッセージを語る機会がある。生徒たちの話は毎年「生徒礼拝お話し集」という冊子にまとめられている。

ある中3生は「……私は中学に入学してから今まで数多くの悩みを抱えてきました。……そんな時、支えになってくれたのは友だちや先生、そして家族でした。……みなさんも多くの悩みを抱えていると思います。独りで悩むのではなく、友達や先生、家族に相談してみてはどうですか。……『共に生きる』という言葉をかみしめ……。」というメッセージを発表している。

この言葉に触れて、斎藤院長が話してくれた言葉を再び思い出した。

「目に見えない大切な価値やそういう精神性をないがしろにする権力に対し、言葉によって心を空虚にされない自由を保てる自立した人間に育って欲しい。知識偏重の合理主義や教育を世渡りの手段とみなす功利主義を見破れるような力を養って欲しい。しかし、思い通りになるわけではない。だから、このような教育理念について学院中で討議して、礼拝により継承し、各教科の教師が、教科を超えた知恵を生徒たちと分かち合うのだ。」

六年間毎朝、このような機会に参加するということは、共感性、深い知性、リーダーシップなどを学ぶということを意味するのである。

Chapelnai 女子聖学院のチャペルは、日本の建築界を代表する一人木村俊彦氏(2006年日本建築学会大賞受賞)の設計。独立前は丹下健三氏も育った前川建築設計事務所で活躍。前川國男はル・コルビジェやフランク・ロイド・ライトの流儀から独自の流儀を開発。日本建築の祖とも言える。(写真は女子聖学院のホームページから)

[初出:NettyLandかわら版12月号]
(本間 勇人)

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2007年1月28日 (日)

女子カトリック学校の原点

女子カトリック学校に訪れるとルルドの聖母マリアに出会うが、そのルルドの泉に女子カトリック学校の原点がある。

湘南白百合東京純心の正門を通って、受付まで歩いていくとその途中でルルドの聖母マリアに出会う。函嶺白百合の場合は校舎の中心にルルドの聖母マリアとベルナデッタが現れる。

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1858年2月、村の14歳の少女ベルナデッタ・スビルーが郊外のマッサビエルの洞窟のそばで薪拾いをしていると、聖母マリアが現れ、ご自分を「無原罪の御宿り」であると名乗ったという。そして、洞窟から湧き出るルルドの泉は様々な病気を治すなどの奇跡を起こしたといわれている。以後この話がヨーロッパ中に広がり巡礼の場所となった。

この奇跡の出来事を記憶するためにルルドの聖母マリアが、各学校で設置されているのだろうか。もちろん、それもあるだろうが、他に最も大事なことがある。東京純心の高橋正先生によると、

「聖書の中で、聖母マリアは前面に現れてはきません。しかし、世の人々が困っているときや悩んでいるとき、目立たないところで、大きな支えとなっていたはずです。
キリストが人類の救いのために十字架にかけられたときも、その悲しみは誰よりも深かったと思いますが、その分イエスの苦しみを一心に受け入れたでしょう。
ですから、生徒たちが苦しいことに直面したり世界の痛みを感じたとき、聖母マリアだったら、どのように思い感じ受け入れたであろうかを考えるしるしとしてルルドの聖母マリアはあるのではないでしょうか。」

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女子カトリック学校では、目には見えない聖母マリアの働きかけを考え思い、他者のために仕える自分のクオリティを豊かにしていく人間教育を実践している。その原点が、ルルドの聖母マリア像なのである。

[初出:NettyLandかわら版11月号]
(本間 勇人)

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2006年12月 4日 (月)

私学の教育理念の意義

私学は「ゆるやかな理念共同体」である。独自の建学の精神に基づいて動いているが、国の教育や行政が偏った1つの方向に進まないようにチェックできるリーダーの輩出という点で連帯している。

高橋是清といえば、歴史的偉大な人物。内閣総理大臣に就任したり、蔵相、日銀総裁の重責を果たしたりし、1927年の金融恐慌の沈静化も果たした人物として政財界では超有名。

ただし1878年、創立者佐野鼎の意志を継いで開成の初代校長に就任していたことは意外にも一般には知られていない。高橋是清は校則第一条に今の開成にも継承されている目的を明快に定めた。

第1条
本校ハ専ラ他日東京大学予備門ニ入ラント欲スル者ノ為メニ必用ナル学科ヲ教授スル所トス

翌年79年、予備門合格者は112名(定員466)。時に高橋是清は26歳であったが、当時は東京大学予備門に進学することは、日本という国の形をつくるリーダーになるということであ高橋是り、社会に貢献することを意味した。この理念は高橋是清の生きざまそのものだったのではないだろうか。インフレ抑制政策によって国民の生活を守ろうと軍事予算縮小案を提出したとき、二・二六事件で殺害された。

私立と官立を往復して仕事を遂行した高橋是清にとって、明治国家づくりとその国民の社会生活を守ることが重大な使命だったのだろう。もし国家のための官僚と国民のための官僚と二通りあるとするならば、今も開成の理念の伝統は後者である。

今では開成という私立学校は、このような理念を身に染み渡らせた人材を3万人以上輩出している。私学全体で考えればすでに1000万人は輩出されているのではないだろうか。独自の理念を有した私学1校1校のサイズはそれ程大きくはないが、自主独立と社会への貢献という私学の共通理念は着実に社会の基盤となっている。

自分の拠り所を明確に描けないまま社会で壁にぶつかっている青少年が増えているといわれて久しい。その一方で、自分の拠り所を学校の理念に支えられながら発見して、社会に貢献していく人材が私学から輩出されているのも事実だ。

このような人材の「ゆるやかな理念共同体」の広がりが少子高齢化の日本社会で、結果的に加速する。私学の教育理念の広がりは、豊かな社会の再生の鍵になるかもしれない。

【開成卒業生一斑】(昭和2年ごろまで)尾崎行雄(政治家)、長岡半太郎(物理学者)、穂積八束(法学者)、黒田清隆(画家)、松方幸次郎(松方コレクション)、秋山真之(日本海海戦参謀)、正岡子規(俳人)、南方熊楠(民俗学)、島崎藤村(作家)、柳田国男(民俗学)、斎藤茂吉(歌人)、浅野総一郎(浅野セメント社長)、末弘厳太郎(法学)、戸坂潤(哲学)、町村金五(政治家)、田中美知太郎(哲学)、和達清夫(物理学)、橋本龍伍(政治家)。

【参考文献】 開成小誌(昭和63年学校法人開成学園発行)

[初出:NettyLandかわら版10月号]
(本間勇人)

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2006年10月17日 (火)

東京純心の平和教育

◆財団法人「ヒロシマ・ピース・センター」(鶴衛理事長)は12日、平和に貢献した個人や団体を表彰する第18回「谷本清平和賞」を、学校法人広島女学院に贈ると発表した(毎日新聞- 10月13日14時0分更新)。

◆ 原爆が投下された時、爆心地から約1.2キロにあったため、校舎は全壊し、生徒たち計約350人が犠牲になったという。この被爆体験を伝えるための同学院の平和教育活動が、同じように平和活動に一生を捧げた谷本清牧師の意志を継承する今回の平和賞につながった。

◆被爆体験という十字架を背負いながら、決して死滅することなく、むしろ物質文明の矛盾とどのように対峙して生きていくか、生徒たちとともに歩くキリスト教の学校は、同学院以外にもある。それは長崎純心。そしてその平和教育の灯火は、東京純心にも受け継がれている。

◆東京純心の創設者シスター江角ヤスは、長崎に原爆が投下された時、長崎純心にいた。目の前で生徒と教職員214名が殉職。シスター江角ヤスは奇跡的に生存。しかし、ここからシスターは想像を絶する苦悶を内面に抱えることになる。

◆一度は教職を辞めようと思ったときもあったようだが、祈りと愛の意味を継承する平和教育活動の意志を貫いた。この意志は谷本清牧師と同じものだと思う。そしてこれが教育理念でもある。私立学校の教育理念は、教育行政の理念とは、その重さがあまりにも違うのである。

※関連記事→「広島女学院、谷本清平和賞受賞」(本間 勇人)

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