2008年5月28日 (水)

上智大で6月1日「東京エリア/カトリック学校フェア2008」開催

6月1日(日)には、東京・四谷の上智大学で「東京エリア/カトリック学校フェア2008」が開催されます。
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参加校は、浦和明の星女子、カリタス女子、暁星、光塩女子学院、晃華学園、サレジオ学院、白百合学園、聖心女子学院、聖ドミニコ学園、星美学園、聖ヨゼフ学園、東京純心女子、東星学園、目黒星美学園、横浜雙葉の15校。

東京と隣接エリアのカトリック校のほとんどが一堂に集う、こうした集まりは、めったにない貴重な機会。カトリック校の教育に関心のある方は、ぜひご参加いただければと思います。当日のプログラムは下記のとおりです。


■□■□■「東京エリア/カトリック学校フェア2008」■□■□■

●日時 6月1日(日) 9:30~15:00〈予定〉

●会場 上智大学四谷キャンパス 12号館〈四ツ谷駅側の北門を入ってすぐ右手の新しい建物。ただし大学の休日の安全管理規定により当日のご入場は正門からのみとなります〉

●プログラム
1.9:40~14:45 参加校・学校別ミニ説明〈5階502教室・1階102教室〉
各校15分程度の説明を、午前・午後に各1回予定しています。
  
2.9:30~15:00 個別相談会〈2階201教室・202教室〉
会場に1フロア、個別相談会場を設けています。資料のみお持ち帰りいただくことも可能です。

3.11:20~12:00 上智大学による教育講演
上智大学には、カトリック系中高との連携の試みのひとつとして、今回のフェア会場をご提供いただきました。上智大学がカトリック学校向けに行っているAO入試などについてもお話いただきます。

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私学の中高一貫教育に関心を持つ方であれば、どなたでも参加できます。低学年のお子さまをお持ちの皆さまも、ぜひご参加ください。

参加の事前お申し込みは不要です。直接会場にお越しください。詳しいご案内は、同フェアのWebサイトでご紹介しています。
(NTS教育研究所/北 一成)

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2007年12月 5日 (水)

なぜ「スーパー併願校」という表現を使ったの?

03  明後日の12月6日(木)に麹町学園女子中学校で開催する「女子スーパー併願校~いま、選ばれる私学~」という合同講演会について、朝日新聞の記者の方から電話で質問を受けました。「なぜ、スーパー併願校という言い方をしたのですか?」というご質問でした。聞けばその記者の方も、ご自身で中学受験を体験し、いまも私立中高一貫校や中学入試の状況に関心を持ってくださっている様子でした。

実はこの講演会は、今年度の5月から「クリエイティブ・スクールを探せ!」というタイトルで実施してきた講演会シリーズの第6弾(今年度の最終回)で、そのシリーズのサブタイトルは「より良い中学受験のために~偏差値にとらわれない学校選択~」と謳ってきました。

まず「偏差値にとらわれない学校選択」とは、中学受験に関わってきた私たちが常に強調し続けてきたことです。しかし、その一方で私たちが、受験生がそれぞれの志望校への合格の可能性を探るために、偏差値という「合格のための目安」を積極的に利用することをお勧めしてきたことも事実です。

一見、矛盾するようなことを訴え続けてきたわけですが、それを「両立させることは可能」だと私たちは信じています。つまり「偏差値を利用はしても、偏差値にとらわれないこと」が大事だということです。「たかが偏差値、されど偏差値」といった表現で、その意味を保護者にお伝えしたこともあります。

次に「スーパー併願校」という表現を使ったことの意味は、いくつかありますが、第一には、私たちのような進学塾関係者は、「併願(=いつくかの学校を併せて出願・受験すること)」という言葉や、「併願校(他の学校と併せて出願・受験する学校)」という言葉を、実はネガティブな意味で使っているわけではありません。

中学入試には、全体に「併願受験がしやすい」状況が生まれたことによって、全体が活性化し、同時に受験生には受験~合格のチャンスが数多く与えられ、それによって個々の学校も意欲的で優秀な受験生を多く集めることで、レベルアップを実現してきたという側面があるからです。

しかし、いくら「併願受験が当たり前になった」とはいえ、受けられればどこの学校でもよい、というわけではありません。受ける以上は、受験生と保護者にとって「価値ある」受験校でなければ、わざわざ選ぶ意味がありません。それゆえ、多くの進学塾のスタッフや私たちは、第1志望校だけでなはく、「併願校選び」の大切さを強調するわけです。

20071201web受験生と保護者にとって価値ある併願校とはどんなものか? それを熟考して、受験生のご家庭でもひとつのヒントとして参考にしていただくために、私たちは今回、あえて「スーパー併願校」という表現を、この講演会のテーマに掲げました。

そして、①受験生にとって「受けやすい」入試を用意し、②それとともに「望まれる教育展開」を工夫し、③その両面によって期待や注目(=人気)を集め、④結果的に入試レベルをアップさせ、世間の評価も高めていく。
こういう成長のサイクルを実現している私学を、私たちは「スーパー併願校」とここでは定義しました。

今回、ご参加いただく5校は、会場校の麹町学園女子中をはじめ、十文字中東京女子学園中中村中八雲学園中の5校。

いずれもこうした条件を満たし、実際に多くの人気と注目を集めている女子進学校です。もっとも、これらの学校以外にも、同じような要素を持つ私学はいくつもあると思います。しかし今回は、この女子校5校の特色や取り組みを知っていただくことで、他の私学を理解するための参考にもしていただけることと思います。

いまこそ「スーパー併願校」に注目してほしい時期。「なに、それ?」と疑問に思った方には、ぜひ講演会場に足を運んでいただきたいと思います。

【関連記事】12月6日、大人気の女子校5校が一堂に集う合同講演会が開催!

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2007年11月16日 (金)

まだ間に合う! 11月17日(土)開催、「新しい学びに取り組む女子校」合同講演会

私学を知るサイト「Netty Land」が企画・開催する、『クルエイティブ・スクールを探せ!』シリーズ講演会の第5弾は、明日11月17日(土)に実践女子学園で行われる、首都圏の中学入試でも人気の高い女子進学校5校による「新しい学びに取り組む女子校」合同講演会です。

20071110web 私立女子校のなかでも、女子生徒の可能性を引き出し、大きく伸ばしてくれるような「新しい学び」のスタイルを導入している学校が参加してくれます。

この「新しい学びに取り組む女子校」合同講演会は、11月17日(土)、10:00から開催。会場の実践女子学園中学校は渋谷駅から徒歩10分です。
当日のプログラム概要と参加校は以下のとおりです。

●テーマ/「新しい学びに取り組む女子校」合同講演会
    ~女子の可能性を広げるプログラムとは?~

●日時/11月17日(土)、10:00~12:00
●会場/実践女子学園中学校
●参加校/共立女子、実践女子学園、品川女子学院、白梅学園清修、洗足学園

21世紀は、女性のさらなる活躍が期待される時代。
そうした次代を担う女子の可能性を大きく伸ばすために、既存の枠組みを乗り越え、女子のための「新しい学び」に取り組んでいる私立女子校の教育展開が、いま注目を集めています。そうした女子校の教育に関心のあるご家庭にとって、絶好の機会です。
私学の中高一貫教育に関心を持つ方であれば、どなたでも参加できます。低学年のお子さまをお持ちの皆さまも、ぜひご参加ください。

●プログラム
1.時代を先取りする私立中高の女子教育
~女子の可能性を大きく広げる新たな教育展開~
10:00~10:15(15分)
NTS教育研究所上席研究員/北 一成

2.ご参加校/学校別ミニ説明
「女子が高い目標を持って伸びていくためには?」
~わが校の教育のあり方と女子の活躍のエピソード~
10:15~11:30(75分)
・共立女子の紹介
・実践女子学園の紹介
・品川女子学院の紹介
・白梅学園清修の紹介
・洗足学園の紹介

3.教えてください! 女子進学校の学校生活
~学習面、学校生活、親の関わり方など、何でも聞いてみよう~
11:30~12:00(30分)
ご参加5校の先生方への壇上Q&Aトーク
ナビゲータ……NTS教育研究所

―――――――― < 講演会終了 > ――――――――

4.参加校の先生方に相談してみよう ~個別相談会〈希望者のみ〉~
12:10~13:00(約50分間)
※ご希望の人数と、先生方のご都合によっては、時間内に相談できない場合もありますので、その点はご了承ください。

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2007年10月 2日 (火)

クリエイティブ・スクールを探せ~春日部共栄

★「かわら版1月号2007年」に、春日部共栄から次のようなメッセージが寄せられている。

「シラバスに沿った先取り学習(授業)」と「第2カリキュラム(総合学習)」を融合させたダイナミックな学びと体験を実践。月1回研究者による講演会も開催しています。

★この短いフレーズに、春日部共栄がクリエイティブ・スクールである理由がつまっている。大学進学実績を出すエンジンである「先取り学習」、これは才能教育でいえば、促進教育を意味する。「第2カリキュラム」や「講演会」は、リベラルアーツやエンリッチメント教育と呼ばれている。

★スピードとクオリティの両方のベクトルが作る教育がクリエイティブ・スクール。この構想が明確に意識されて設計されている。もちろん実績は十分にでている。強くて優しい人材がたくさん輩出されることを期待する。[本間 勇人 Gate of Honma Note

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2007年5月20日 (日)

6月2日に中村で「国際化教育」講演会を実施

去る5月12日(土)には、聖学院で「Netty Land」主催の、『クリエイティブ・スクールを探せ~私学独自の環境が生む「教育の質」とは?~』というテーマの保護者対象講演会が行われた。

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特別ゲストにヴォーリズ建築事務所から会長の片桐郁夫氏、ゲスト校として市川から副校長の及川秀二先生、立教女学院から教頭の山岸悦子先生をお招きした今回の講演会。参加者は決して多くはなかったが、わが子が6年間を過ごす「教育環境」を考えるうえで、貴重な示唆を与えてくれた各氏のお話に、参加された保護者の皆さんからは概ね好評をいただくことができた。
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わが子にとって最良の「学校選び」のためには、いろいろな角度から私学を見る“視点”を保護者が持つことが必要。「クリエイティブ・スクールを探せ」シリーズの講演会やイベントでは、今後もそうした切り口で、学校情報や入試情報を発信していくことを目標としている。その点を理解いただけた保護者からは、この講演会の意義も認めてもらえたということだろう。
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ただし、こうした情報は、志望する中学の「合格に直結する情報」ではないために、すぐには多くの保護者の関心と結びつかない面もあるようだ。忙しい保護者からすると、それも当然かもしれない。そのあたりのことも考慮し、こうした講演会の意義をどう工夫してうまくお伝えしていくかが、「Netty Land」講演会の課題でもあるだろう。
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しかし、これまでにも再三いわれてきたことだが、各私学の教育理念や方針、大切にしてきたことを理解したうえで受験に挑むことは、志望校合格のためにも重要なこと。受験生(わが子)の学力特性と、志望校の入試問題との“相性”が、合格のために重要なファクターであるのと同様に、志望校の教育理念や指導方針に対する、保護者の“理解と賛同”が重要であることはいうまでもない。

私立中高一貫校への入学者は誰もが、各校の過去から未来へと続く良き伝統を、「ともに守り育てていく」存在であり、それをさらに「進化・発展させていく」担い手となる。その連続性や、そのうえで時々に生まれる変化が、各私学の「文化資本(ハビトゥス)」や「文化遺伝子(ミーム)」と呼ばれるものを形成し、それが各私学の校風やカラーをつくり育てていく。

そう考えると、受験生と保護者が、それぞれの志望校の教育理念や指導方針への理解を深め、それに賛同する姿勢を持つことが、その志望校への合格にもつながる、ある種の“適性”を育てることでもあると理解してよいはずだ。

次回、6月2日(土)に中村中学校で行われる「クリエイティブ・スクールを探せ!」シリーズの第2回講演会のテーマは「世界水準の教育が求めるものと、私学の国際化教育」。参加校は、会場校である中村(女子校)をはじめ、聖学院(男子校)世田谷学園(男子校)かえつ有明(共学校)頌栄女子学院(女子校)の5校である。各校それぞれに取り組んでいる「国際化教育」についてお話していただき、さらに参加校の先生方のクロストークによって、私学の国際化教育の取り組みについて理解を深めていただくことが狙いである。

「国際化教育」は、いま学校教育の課題として、私立だけではなく公立学校でも重視していること。各校の取り組みは多岐にわたる。今回の講演会に参加いただく5校の取り組みもそれぞれに違ったものである。そうした取り組みのバリエーションや違いを知ったうえで、各校が共通して求める「国際化教育の本質」を感じ取っていただくことが、この講演会の目的といってもいいだろう。

「国際化」といっても、単に海外研修や交換留学といった、形のうえでわかりやすいプログラムを実施するだけではない。私学の国際化教育には、6年間を通して体験するさまざまな取り組みを通して、民族性や文化的背景の違いを知ったうえで相互の理解を深め、立場や意見の違いを前提に協調や協同の糸口を探り、これからの社会をより良いものにして平和な世界を築いていくことを考えられるような、大きな理想がそこにはある。もちろん他者への思いやりや奉仕の精神を育てることも目的のひとつだろう。

そうした私学教育に共通する本質の部分を感じ取っていただけたなら、あとは保護者ご自身の視点で、関心のある私学の「国際化教育」について、それぞれに調べていっていただくと、各校の独自性や大切にするものが浮き彫りになってくるはずだ。

土曜日である6月2日の9時から11時まで行われる、この「私学の国際化教育」をテーマにした講演会の後には、会場校の中村中学校の説明会と体験授業も用意されている。参加無料で、中高一貫校と中学受験に関心のある方ならどなたでもご参加いただけるこのイベントに、ぜひ多くの方に足を運んでいただければ嬉しいところだ。

お子さんが午前中にお通いの塾でテストを受けているならば、午前中は保護者の方だけでご参加いただけるとよいだろう。また、お子さんのテストが午前中に終わるならば、午後からご一緒に中村中学校の体験授業と説明会にもご参加いただけると、私学の教育について実感し、理解を深めていただける良い機会になると思う。 (北 一成)

【関連記事】5月12日~市川、聖学院、立教女学院の教育環境と文化を探る機会~

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2007年5月 1日 (火)

4月アクセスランキング

★4月のアクセスランキングを発表。学校関連の記事に限定し、50位まで掲載。今月は晃華学園と白梅学園清修の複数の記事にアクセスが集まった。4月のHot Newsのアクセス数は19,394人。80%は新しい訪問者で、20%はリピーターなので、多くても受験生の保護者の30%弱(全員6年生として)しか訪れていない。あくまで参考まで。

1 晃華学園の教育力
2 晃華学園の教育力の証明
3 伸びる聖セシリアの進学実績
4 白梅学園清修のサポーティブ・バンド(3)
5 白梅学園清修のサポーティブ・バンド
6 白梅学園清修のサポーティブ・バンド(2)
7 千代田女学園の改革
8 聖園女学院の教育の考え方
9 読売ウイークリー「浅野」に注目!
10 海城の将来構想の考え方(1)
11 三輪田学園の新たな不易流行
12 かえつ有明の新しい実践着々と
13 東京女子学園の進化=深化=真価
14 八雲学園の教育の質、飛躍!
15 麹町学園女子2007年入試の飛躍
16 海城の将来構想の考え方(2)
17 かえつ有明は生徒が増えても1人ひとりに目配り
18 千葉高校併設型中高一貫教育校開設準備本格化
19 かえつ有明の文化再生産システム着々
20 共立女子のおもしろい≪私学の系譜≫
21 自己の閉塞状況を破れる自由の森
22 穎明館のハビトゥス
23 海城の将来構想の考え方(3)
24 星城中学校にますます期待
25 新潮流を生み出す日本音楽高等学校
26 東京女子学院の教育の手ごたえ
27 東京文化中のドラゴンクエスト
28 東京女子学院の教育の成果
29 私立学校が継承するもの~麻布の氷上校長語る
30 横浜女学院の優しい眼差し
31 小野学園戦略着々遂行
32 久しぶりに中村中の調べを聞いた
33 湘南白百合のオープンスクールは在校生が活躍!
34 世田谷学園「最高の授業」で紹介される
35 5月12日~市川、聖学院、立教女学院の教育環境と文化を探る機会~
36 かえつ有明の教育空間(1)
37 光塩女子学院の学年共同担任制
38 立教女学院という環境で育つ感性
39 女子美大付属と国立音大附属
40 麹町学園女子の人気
41 宝仙理数インターの本気の教育~戦略と情熱と
42 次に注目される小野学園女子の教育
43 聖ヨゼフ学園のもう1つの教育
44 女子学院の教育力(2)
45 晃華学園の科学の芽
46 星城中学校~私立中高一貫校の星
47 光塩女子学院の学年共同担任制(2)
48 白梅学園清修の見えないカリキュラム
49 サレジオ学院の魅力
50 聖園女学院の美術

(本間 勇人)

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2007年4月28日 (土)

宝仙理数インターの活発な教育活動

宝仙理数インター新中1の教育活動も、一ヶ月が過ぎた。果たしてどのような学園生活を送っているのだろうかと思っていたところ、学年通信“Future”の一部を送って頂いた。

★まだ一ヶ月だというのに、8号まで発刊されている。一週間に2号ずつ編集されているということになる。白梅学園清修のブログ“Topics”といい、宝仙理数インターの学年通信“Future”といい、更新の高さが、新設校の勢いにつながっていることは確実だ。

★さて、“Future第1号”の巻頭言をご紹介しよう。

さぁ、今1ページ目が開かれました。最初のページを書くのは今日、2007年4月5日。最後のページを書くのは2013年3月3日。まだページは真っ白です。ストーリーは誰も知りません。物語を作っていくのは、君たち一人一人です。さあ、どんな物語にしますか。素敵な物語になりそうな予感がします。

★「物語を作っていくのは、君たち一人一人です。」という響きが心を揺さぶる。学校の伝統を新たに作っていくのは、先生方と56人の生徒たち。一回生の成長物語がそのまま理数インターの伝統になるのである。

★27日から28日は、富士山麓で宿泊研修「ウェルカムキャンプ」が実施されたようだ。仲間作りと自分作りの研修だろう。一回生の71分の1の成長物語がすでに書き込まれたのである。

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小野学園女子の新戦略

Ono小野学園女子の小さな、それでいて本質的かつ効果的戦略が展開されている。写真は同学園サイトからのものであるが、放課後の盛況ぶりの様子らしい。

★職員室の隣に生徒のためのQARoom(質問室)を開設したということだ。生徒が質問に来たら、いつでも答えられる非常に便利な場所で、質問する習慣をつけるために設置したという。

★なんだどこの学校でもあるじゃないか?と訝しげに思う方もいるかもしれない。しかし、「わからない問題について先生に教えてもらう空間」という表現あるいは意識を持つのと、「質問する習慣がつく空間」という表現あるいは意識は、似て非なるもの。

★前者は生徒はどこまでいっても課題は与えられる。後者はいずれ生徒が独自の視点で疑問を持ち始める。自分で課題を見つけ、疑問を抱くというのは、自分の中に新たな視点が生まれること。基準あるいはものさしと言い換えても良い。

★どんなにトレーニングを積んでも伸びない生徒がいる。それは与えられた課題をひたすら真面目に解いているだけだからである。独自の視点を持った生徒は、急激に伸びるのである。能の奥義ではないが、学びの道は「序破急」。急にべき数的飛躍をするのは、新たな視点がスコンと身体に入ったとき。腑に落ちたとき。この新たな視点がさらに新たな視点を生みつづけ、視点の構造が内在化すれば、かなり学力は伸びる。

★小野学園女子は、偏差値を超える環境設定戦略を着々と進めているのである。[本間 勇人 Gate of Honma Note

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ヴォーリズ建築が私学にくれたもの

前日のブログで、5月12日(土)に聖学院(東京都北区)で行われる「Netty Land講演会」のことに触れたところ、今回その講演会にゲストとしてお招きしているヴォーリズ建築事務所のことで、早速いくつか質問や意見をいただいた。

多かったのは、「横浜英和もヴォーリズ建築だったよね」とか「横須賀学院の中学校舎もそのはずだよ」とか「玉川聖学院が抜けているのでは?」といった、ヴォーリズ建築事務所の設計による私学についての意見や情報だった。

ご指摘のとおり、前日の文章で紹介したヴォーリズ建築による私学の校舎・施設は、ほんの一部でしかない。これをヴォーリズ本人が来日し、その後、明治40年代(1909年~)から今日まで同建築事務所が関わってきた私学建築を紹介しようとすると、膨大なスペース(文字量)が必要になる。

ウィリアム・メレル・ヴォーリズが他界した後にも、その建築思想を受け継いだ一粒社ヴォーリズ建築事務所の手によって設計・建築されてきた建物は、やはり、創立期の建築物の面影(趣き?)や薫りを残している。ヴォーリズ来日から数えると、やがて100年がたとうとしているが、決して色あせることのない理念が、今も受け継がれていのだろう。

いま手元には、この講演会のゲストにお招きしている片桐氏から資料でいただいた、株式会社一粒社ヴォーリズ建築事務所の「会社経歴書」がある。このなかには、ヴォーリズが手掛けてきた、教育(教育・学校寄宿舎)、宗教(教会・宗教団体・記念その他)、経済(商業経済・生産工業)、厚生(医療・福祉・レジャー)、住宅(個人住宅・集合住宅・寮)のなかで、いわゆる「教育」のジャンルに属する建物が年代順に列記されているのだが、それだけでも、1909(明治42)年から2005(平成17年)にかけて、何と21ページにわたって、800件近い数の建築物が記録されている。

おそらく、中学受験に関心を持つ方が学校名を知っているプロテスタント系の私学であれば、何らかの形でヴォーリズ建築事務所が関わっていることのない学校を探すほうが難しいとさえ思えてくる。

中学受験に関わる仕事を始めた22年前、そういうミッション系私学の校内に入って感じたのは、「ここはふつうの学校(筆者にとっては公立学校)とは違うな?」ということだった記憶がある。さらに、先の記録のヴォーリズ建築の校舎のなかから、これまでに訪ねたことがある私学の校舎を思い起こしてみると、そこには何かしら共通の匂いや趣き、あたたかさを感じる。

女子学院、フェリス女学院、東洋英和女学院などが、校舎を現在のものに建て替えたとき、その外観は前校舎とほとんど変わらないデザインとなった背景には、多くの卒業生の希望があったという。やはり当初の設計が、時代を経ても愛され続けるものだったからだろう。

そんなあたたかな校舎・施設のなかで、生徒(子ども)のために行われる教育が、心の通ったものになるのは、ヴォーリズが与えてくれた環境のなせるわざでもあるように思う。

片桐氏は、ヴォーリズ建築事務所の設計による校舎が完成すると、しばらくしてから、その校舎で過ごしている生徒(子ども)たちの表情を見に行くという。生徒が生き生きと、居心地良く過ごせているかどうかを確かめて、はじめてヴォーリズ建築事務所の仕事は完遂するということだ。

そんなところにも、ヴォーリズの建築に受け継がれてきた“魂”を筆者は感じる。ただ実際のところは、そうした理屈など抜きにして、そこで日々過ごす在校生こそが、そのあたたかさを「肌で感じて」いるに違いない。

ヴォーリズ建築による聖学院だけではない。今回の講演会のゲスト校である市川(千葉県市川市)でも、立教女学院(東京都杉並区)でも、在校生はみな、そういうあたたかさを感じていることと思う。(北 一成)

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2007年4月24日 (火)

東京女子学院の教育の手ごたえ

★本ブログの「東京女子学院(TJG)の教育の成果」を読んで配慮してくれたのだと思うが、NTS教育研究所の上席研究員藤崎正彦氏(NTS教育研究所上席研究員)が、TJGの鈴木先生宛ての訪問感想コメントメールをCCで送ってくれた。TJGの教育活動の手ごたえとその割にPRが少なすぎるという臨場感ある内容なので、もっとTJGの教育の中身を知ってもらうためにも、ここに一部公開させてもらう許可をもらった。

鈴木先生

本日はありがとうございました。

4時間以上もの長きにわたって、授業見学、校内見学のみならず、酒井校長先生とのお話しの機会をいただき、ありがとうございました。

最初に見せていただいた吉田教頭先生の授業の丁寧さには驚きました。これなら落ちこぼれたりする生徒はいないだろうな、という印象です。また、高2の女子ばかり、しかも7名という少人数であるにもかかわらず、吉田先生の投げかけに生徒が大なり小なり反応を返していたのにも感動しました。些細なことかもしれませんが、普段から生徒との関係を作れているのだろうなと推測されます。

中1の生徒たちは元気で楽しそうなのが何よりです。余計なお世話かもしれませんが、現状の学力レベルはそう高くないでしょうから、整数に限定して正負の概念を徹底させた方が良いと思います。計算で苦労させてしまうと、計算ミスなのか、概念上のミスなのかがつかめなくなってしまうのではないでしょうか。まだスタートしたばかりだからこそ基礎固めに徹底するのが得策かと思います。

ひとつ気になったことは、教室に貼ってあった自己紹介ですが、「自分のいいところ」の欄に「ない」と書いてある生徒があったことです。実は教室で面接練習をしている際にも「あなたのいいところは?」「あなたの長所は?」と聞くと、やはり「ありません」という子が多々います。自分自身の内面に目を向け、たとえほかの人と違っていても良いところは良いと認められるように支援してあげてください。

英語の授業も嫌でも英語で受け答えする状況に置かれているので、自然と力はつくのでしょうね。とても魅力的だと思います。保護者にも実際に授業を見てもらう機会を増やしたら良いと思います。子どもの教育に関心のある親の興味を惹くだけの魅力はあると思います。校長先生のお考えや実際にやられていることもまた、充分に保護者の興味を惹くものだと思います。大学合格実績もあわせて、どんどん外部に情報を発信していきさえすれば、来年度50人は夢ではないと思いました。現状では外部に対する情報発信が少なすぎます。昨日HPも見ましたが、ありきたりの情報のみで、保護者に訴えるものではありませんでした。

本日、鈴木先生や校長先生にお聞かせいただいたお話しや実際に取り組んでいることや、生徒の様子、授業のこと等をどんどん発信しましょうと、校長先生にもお話しさせていただきました。一応、こちらからの情報提供として、「Honda発見・体験プログラム」、「親業、教師学」、「Nettyかわら版」の資料をお渡しし、簡単にご案内させていただきました。・・・・・・最後になりますが、入試問題のご送付ありがとうございました。まだ目を通していませんので何とも申し上げられませんが、(「かわら版」の私の担当ページの)記事を作る方向で検討いたします。 ・・・

★藤崎氏の学校や人間関係を判断する視点・切り口は、アドラーの思想。フロイトやユング、ロジャーズほど有名ではないが、彼らとは対極の非権力的対人関係を形成するという点で、知る人ぞ知る偉大な心理学者でありカウンセラーであり、思想家。ITあるいはインターネット社会では欠かせない、フラットな心性と知性。おそらくポストモダニズム思想家のベースの1人と数えてよいのではないだろうか。

★おもしろいのは、吉田教頭先生の授業スタイルというか授業の中のコミュニケーションに藤崎氏が興味を持った点。似た匂いを感じたのだろうか。吉田教頭は元駒東の教頭であると同時に教育カウンセリング界の重鎮。もしかしたら詳しく素性をTJGの先生方には明かしていないかもしれない。しかし、見る人が見ればわかるのである。

★吉田先生のカウンセリング手法は、フロイトやユングのようにモダニズムよりでも、アドラーのようにポストモダニズムよりでもない。中道である。駒東の文化そのもの。

★しかし、その一方でTJGの中にいる生徒への目配り・気配りをしないモダニズム的教師の存在も喝破している。今の受験生の親の世代は1965年前後生まれが多いだろう。まだまだモダニズム文化に浸っている世代だが、あと5年もすればポストモダニズム世代。学校の見方に大きな変化が現れる。2010年には、それがはっきり現れてくるだろう。藤崎氏の感想には、そういう変化の兆しが埋め込まれている。(本間 勇人)

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白梅学園清修のサポーティブ・バンド(3)

白梅学園清修のサポーティブ・バンド(2)で、白梅学園清修の「先生方の願いと思いと行いは、熱く厳しく柔らかい」と書いていたところ、時同じくして、柴田教頭はTOPICSで、こう書かれていた。

「学校側に理解がないとか、生徒(選手)の能力が低いとか、交通の便が悪いとか、保護者がうるさいとか、伝統がないとか、巷には負の要素を嘆く声が蔓延している。しかし、そんなものは関係ない。信念、情熱、愛情、そして執念、逆境を乗り越える力は誰しもが持っているものの中にあるはずである。無いものを嘆くよりも、あるものを大切にすれば活路は開ける。スーパーバイザーの川頭氏や若いLAの皆さん、そして下村先生の姿を見ていて、そんなことを改めて思った。日本は広い、その気になれば師匠はどこにでもいる。」

★この思いそして熱が白梅学園清修の生徒の心をゆさぶる。保護者をゆさぶる。同僚をゆさぶる。そして私の心も。柴田教頭は別のTOPICSで「生徒観なくして、シラバスも指導案も書くことはできません。」と語っている。この「生徒観なくして」というのがまた情熱だ。しかし、柴田先生がなぜ白梅学園清修に。それは生徒を見守る穏やかで熱のある眼差しの視野にはいったから。その眼差しこそ秋田校長。

★清修「発見・体験学習」で、秋田校長は先生方とずっと生徒の話をされている。1人ひとりの顔と名前は、はやくも一致している。教師と生徒の基本は互いに名前で呼び合える信頼関係。プログラムが終わって生徒が部屋で就寝。それから夜遅くまで、振り返りをするのが学校の先生の熱。最後まで若い先生方のミーティングに秋田校長はいっしょにいる。生徒も若い教師にも寄り添う情熱。柴田教頭と情熱の波動が協奏するわけである。(本間 勇人)

Photo_53 ●里山に登りながら、先生方と生徒について語り合う秋田校長。

Photo_54 ●右の壁のスクリーンの生徒のデータを分析しながら、Honda「発見・体験学習」のスタッフと協働して振り返り。

Photo_55 ●生徒が寝静まり(実際は興奮していたようだ)、協働の振り返りが終わってから、再び振り返る白梅学園清修の先生方。

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2007年4月23日 (月)

白梅学園清修のサポーティブ・バンド(2)

★前回、「白梅学園清修のサポーティブ・バンド」で、「白梅学園清修は教師と生徒、生徒と生徒、教師と保護者、保護者と保護者、保護者と生徒という親密体制を、リアルにバーチャルに構築している。そしてこの親密なリレーションシップに、エリアコラボレーションやHonda「発見・体験学習」など外部の学習サポーターを取り込んでいく。」と紹介したが、今Honda「発見・体験学習」のスタッフと新中1のためのオリエンテーションである<清修「発見・体験学習」プログラム>のコラボレーションが実施されている。

★校長秋田先生、教頭柴田先生をはじめとする担任の先生方と74名との新中1の学校作りの2泊3日の宿泊研修である。まだ5分の1しかプログラムは進んでいないが、はやくも秋田校長、柴田教頭、担任の先生方は、1回生とこの目の前の2回生と、みんなでそれぞれ自分を、友人を発見していく開かれた精神と新しいことと新しくならなくて良いものを見つけられる知性を形作るベースを創るのはいかにして可能なのか、見守りながらその眼差しの奥で思い巡らしている。

★ルールを決めて、カリキュラムの構造を決定して進むのは簡単である。生徒1人ひとりが自分の視点や他者の視点を振り返ることができ、見つけることができるならば、その目配りこそルールになる。この気づきができるルールとカリキュラムの構造を作るのが伝統作りだと、秋田校長先生は語る。

★ルールのルール、カリキュラムのカリキュラムを作らなければ、いったん組立てられた対処療法的で場当たり的なルールや組織はすぐに硬直化し、不易流行は難しいと柴田教頭。

★今年の新中1は、安心の意味を問えば、「もし危険なことが起これば守ってくれ、ふだんは安心して楽しむことができるということ」とうまくまとめてくる。秋田校長は微笑みながら見守っているが、その眼光の奥では、「それはそれで問題なんですよ。解答をまとめる力は、受験を通して身についていますけど、学びはテストではないから、そう簡単に結論はでない。どこまでも探究・発見のプロセスは続きます。その体験こそ大事。それを身体で感じて欲しい」と。

★そんな折、生徒たちにHondaの社会活動推進室の小林俊哉さんが、「会社も源流回帰・源流強化なんですよ。変わるものと変わらないものがあるんですね」とメッセージを投げかけた。白梅学園清修の新中1生は、これから自分の人生を常に舵取りする選択基準と乗り越える技術と協力し合える愛のベースを、学園の伝統と結びつけていく。変わらないものと変わるもの。世間は変わるものに動揺しつづけるが、その流れに流されない、もしかしたら変えることができる逸材が、白梅学園清修から輩出されるかもしれない。

★先生方の願いと思いと行いは、熱く厳しく柔らかい。(本間 勇人)

Photo_47 ●まずは体験。

Photo_52 ●わいがや議論は大事。

Photo_50

●ミニプレゼン。インプット→プロセス→アウトプットは白梅学園清修の授業の基本サイクル。

Photo_51

●里山散策。日本の回遊式庭園のプロットタイプが里山。里山は自然と精神と社会と宇宙が結びついている。すべてがサイクルの中で回帰する永遠の命の生成系・・・。

【関連Hot News】白梅学園清修のサポーティブ・バンド(3)

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晃華学園の教育力の証明

★以前書いた晃華学園の教育力の今年の成果が出た。同学園サイトから推計すると、国公立私立合わせて医学部は30名合格している。卒業生が139人だから、21.6%が医学部にということだ。15.0%(04年)→14.5%(05年)→20.0%(06年)→21.6%(07年)という推移になるから、成果は順調に伸びているといえるのではないだろうか。

★昨年の実績から推し量ると、医学部の卒業生数に占める割合は、首都圏では、桜蔭、開成、白百合、駒東、麻布の次に位置するのではないだろうか。恐るべし晃華学園である。

★その後に続くのが、東邦大東邦、桐朋、暁星、栄光、豊島岡、女子学院、湘南白百合、横浜雙葉、江戸取、渋谷幕張・・・となるだろう。もちろん今年はこのチャートは変わるだろうが、東大・早慶上智・MARCHのメジャーだけでみていると、見落とす情報がいっぱいあるということだろう。帰国生募集の情報などもまたおもしろい結果になる。これについてはいずれまた考えてみたい。(本間 勇人)

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2007年4月20日 (金)

白梅学園清修のサポーティブ・バンド

★4月はそれぞれの学校でユニークな教育活動が実施されている。新入生を迎えるにあたり、先輩が後輩のめんどうをみながら、それぞれの学校が独自に創ってきた文化を伝える活動である。

★先輩が後輩に伝えていくコミュニケーションをカトリック系の学校の場合「エンジェル」体制と呼んでるようだ。香蘭ではそのような先輩を“BIG SISTER”と呼んでいるらしい。昭和女子大学附属昭和の『朋友班活動』も生徒たちの“たてわりのコミュニケーションの場”として有名だということだ。

白梅学園清修もおもしろい体制を組立てている。今年二期生を迎えたばかりなので、その体制の仕掛けが良く見える。これが中高一貫生全員がそろって動き出すと、複雑で目に見えない部分がたくさんできるのだろう。そしてそれが文化資本の再生産の構造(ハビトゥス)となる。要するに伝統とかアイデンティティが確立する。

★組織の草創期は、フレキシブルかつ情熱的。構造というガッチリしたものはまだ創らない。そのため白梅学園清修も現状では校則とかを創っていない。イギリス的な慣習法というかコモンセンスを優先して動いている。これが中高一貫生が全員そろうと、その段階で、はじめてルールが成文化されるのだろう。しかし、今はまだまだルール・オブ・ローというコモンセンスをベースにやっている。外から見ているとハラハラすることもたくさんある。しかしやはり欧米のパブリック・スクールやプレップスクールの旧き良き伝統を国を超えて継承する名門校白梅学園としては、ルールが顕在化したときに魂が空洞化することを避けるために、さきに形ではなく質を育成する「がまんの時期」が必要だというわけだろう。

★しかしこの「がまん」体制。すさまじいエネルギーを必要とする。だから柔軟かつ情熱が必要だというわけだ。柔軟と情熱は、人と人の絆がなければ生まれない。型だけで済めば、合理的で効率がよい。しかしそこでは絆を大事にする心が育たない。まずは絆。one for all, all for oneという質料を創出すること、そのあとに形相はできあがる。現状はまだ可能態だが、質料と形相が結びつくといよいよ白梅学園清修は現実態となる。

★なんて欧米的な発想の学校なのだろう。もちろんそれでいて日本文化も大事にしている。「梅」の香の一瞬に美を見いだす文化はジャポノロジーそのものではないか。

★少し横道にそれた。本題に戻ろう。この可能態を現実態にする、つまり質料と形相をつなぐのはいったい何かということがポイント。白梅学園清修はそれを教師と生徒、生徒と生徒、教師と保護者、保護者と保護者、保護者と生徒という親密体制を、リアルにバーチャルに構築している。そしてこの親密なリレーションシップに、エリアコラボレーションやHonda「発見・体験学習」など外部の学習サポーターを取り込んでいく。

★これは複雑なジョハリの窓の4次元的な関係態。まだ構造としては安定していないから、変幻自在に関係は組み変わるが、それだけに全体を包み込む絆の価値を絶えず生み出さねばならない。先生方の温かい心と情熱とクールな知性のトータルな力がポイント。

★二期生は、非常にオープンで、活発。しかし秋田校長や柴田教頭の優しく見守っている眼差しは、今を喜んでいるだけではない。厳しさを乗り越える楽しさを抱えられる本物のオープンな精神を育てることはいかにして可能なのか、一人ひとりを見守りながら、心の中で考え巡らしていることだろう。毎日柴田教頭が更新している白梅学園清修のサイトからそれが伝わってくる。(本間 勇人)

【関連Hot News】白梅学園清修のサポーティブ・バンド(2)

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2007年4月19日 (木)

新潮流を生み出す日本音楽高等学校

★このところ時代はクリエイティブ・クラスという21世紀の新潮流の跡を追っているが、この流れが芸術をハビトゥス(文化資本の再生産の構造)として持っている学校から生まれていることに気づいた。昨年「のだめカンタービレ」が大トレンドになり、モーツァルト生誕250年でクラッシック音楽は大いに盛り上がった。

★洗足学園は、大学進学実績、独自の海外留学研修プログラムで一流の私立中高一貫校とイメージされがちだが、ドラマ版「のだめ」のロケに使われたために、音楽という芸術のミーム(文化遺伝子)も持っていることが再評価され、リベラルアーツの洗足学園という認識が生まれつつある。

★そのような流れもあって、芸術というか美学をベースにするリベラルアーツを可能にする学校を他にも探し、女子美大付属と国立音大附属という記事を本ブログで紹介した。

★美学をベースにするリベラルアーツをハビトゥスとして内包している学校。そういう観点を持ったということは、どういうことだろう。自分の中で生まれたという自分の見識だろうか。そうではない。時代の潮流がそういう本当の意味で成熟した教育を欲しているのだと思う。

★というのも、2005年に浦和実業の中学開設時の校長小山久夫先生が、今年4月日本音楽高等学校の校長に就任されたからだ。実業も音楽も、20世紀を牽引してきたモダニズム産業構造の日本社会にあっては、技術としての側面しか捉えられないできた。ところがやっと教育にもポストモダニズムの流れが入ってきて、横断的な発想がOECD/PISAの開発・調査によって、ますます総合的な教育力=新教養が求められるようになった。哲学ベースのリベラルアーツのハビトゥスを有している麻布学園も、この新教養講座構築に本格的に取り組んでいるぐらいだ。

★たしかアリストテレスは、思想なき技術は愚かだし、技術なき思想は空虚だと語ったとか・・・。ヨーロッパのリベラルアーツの基本的な発想であるが、20世紀産業は、思想なき技術だったし、技術なき思想だったのだろう。それゆえ、戦争回避も環境破壊回避もできなかった。

★21世紀は、この大問題を解決するために、思想と技術を横断的に結合しなければと歴史が時代が叫んでいる。小山校長は、浦和実業でその糸口を作ったのである。中学という3年間を高校に結びつけることで、教養教育を中2から高1にかけての思春期に接合できる。教養とはあらゆる矛盾を身を持って超えようとする知性である。身体と精神のダイナミズムということ。

★この基盤を浦和実業の中高一貫校体制によって創ったのが、小山校長先生。その灯火が浦和実業で継続しているかどうかは、まだわからないが、ともあれ、そういう小山校長の魂が、日本音楽高等学校と共振することになったのである。同校は、音楽コース以外に普通コースがある。音楽専門学校ではなく、音楽という芸術を通して、身体と精神のダイナミズムという「教養=愛と和と誠実」を伝えるリベラルアーツを再構築する可能性がでてきたのである。

★小山校長はクリエイティブ・クラスという新教養人クラスの要請に応える教育の伝道者になっている。先生自身が意図されているかどうかわからない。むしろ時代の水脈である通奏低音と共振しているのだろう。日本音楽高等学校もまたクリエイティブ・クラスを生み出す拠点の1つになって欲しい。中学からはいれないのが心残りではあるが・・・。(本間 勇人)

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2007年4月18日 (水)

星城中学校にますます期待

★以前「星城中学校~私立中高一貫校の星」という記事で、星城中学校を紹介した。

内観法、スポーツ、芸術、国際教育(中国とオーストラリア)、学力というあらゆる教育環境をバランスよく整えているのである。入学してくる生徒は知性と感性において偏差値50以上(模擬試験の偏差値とは若干違いがある。もちろん学力的には偏差値50以上)の生徒ばかり。

★この直感は、やはり正しかった。サンデー毎日(2007年4月29日)によると、東大1名、早稲田8名、慶應1名となっている。私の仲間が学校の先生から聞いたところによると、名古屋大学3名、上智1名、青山4名、立命館8名、医・歯・薬・獣医系に50名合格しているということだった。

★大学の合格実績が必ずしも教育の質と相関があるとは限らないが、生徒たちと直に触れ、理事長あるいは校長、広報関係の先生のお話をお聞きしたときに、言語の豊かさと視点のおもしろさを感じるときがあるが、そういう先生方や生徒たちが集まっている学校は、やはり大学合格実績も伸びている。星城中学校はまさにそういう学校だった。

★だから、先生方が紋切り型の古びた教育用語を使い、生徒たちも表向きはニコニコしているが、校門を一歩出ると表情が硬く、ともすると学校に対する不平不満を語り合いながら歩いている学校から大学合格実績が出ているのを見ると、アレっということになる。

★教育の質なき、つまり教養なき実績もあるのだ。学校選びは、自分の子どもの青春という未来の種を形成する土壌を探すこと。たしかに荒地からたくましく成長する植物も存在するが、自分の子だけが成長すればよいのではない。地域・国・社会の土壌が豊かになるには、まず学校の土壌が豊かでなければなるまい。そのためには、星城中学校のような学校をもっともっと発掘する柔らかい選択のものの見方が大事になる。(本間 勇人)

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穎明館のハビトゥス

★全私学新聞(4月13日号)論壇で、穎明館中学校・高等学校校長久保田宏明先生が「学校評価は誰のためのものか」について語られていた。興味深かったのは、2つ。

★まず1つは、学校評価について語る前に、教育の権利論と事実論を確認されていた点。37年前に出版された「これからの教育」という本から次のような箇所を引用されていた。

「学校というものは全ての子どもたに教育の機会を与える。しかし、それは同時に子どもたちの自由な日々の大半を狭い囲いの中に閉じこめる。能率的に子どもたちの知力を強化するが、同時に定められたカリキュラムや学習指導要領の枠の中に一方的に押しこめる。一方で子どもたちの社会性を促進するが、同時にかれらを国の思いどおりに仕立てていく。社会が完全な理想社会であれば、それもよかろう。しかし、現実はそうでない。だから特に義務教育というものはよほど慎重を期すべき両刃の剣と言わねばならない。」

★権利論的には義務教育のやろうとしていることはよくわかるが、慎重を期さねば事実は決してバラ色ではない。理想社会が出来上がっているのではないから、常に矛盾を孕むのが教育現場。そのことは37年前も今も変わっていない。教育再生会議で、教育改革論議を交わしているようだが、この大前提が抜け落ちているのでは。どうも「国の思いどおりに仕立てていく」傾向が強いのではと久保田校長は言いたいのではないだろうか。

★久保田校長は、明星学園の12回生で、早稲田に学び、教育行政で活躍した後、駒東の校長に就任、その後現在に到っている。教育行政という矛盾そのものの中で舵を切り、その事実論を権利論で昇華する私学という教育現場で理想に向かうという両方の経験をされている。

★だから「学校評価」についても、PDCAなどというサイクルなどは、当たり前でやっていない学校もないし、やらない人材も本来はいない。大事なのはそのサイクルをやるかやらないかの議論ではなく、子どもたちの状況に応じて独自のビジョンを立ててやれるかである。しかし今の議論は「評価結果をまとめ、文書を作成する自体が目的化する『評価のための評価』」になってはいないだろうか。この論点がもう1つの興味深いポイント。

★これは公立学校だけではなく、私立学校にも警鐘を鳴らしている。子どもたちの教育充実のためのビジョンなきPDCAサイクルなど役に立たない。学校経営論の側面だけで進んでは困るよと語っているのではないか。

★今年の穎明館の大学合格実績は、いつものように良い結果を出している。東大・早慶上智は卒業生比50.3%、東大・早慶上智・MARCHとなると131.9%(サンデー毎日2007年4月29日号判明分)。この実績は、子どもたちのための教育の論理と経営の倫理という権利論と事実論の螺旋運動という穎明館の歴史性が土台になっているということだろう。この螺旋運動が明確に認識されているのが、穎明館のハビトゥス=目に見えないカリキュラムだし、その歴史性が穎明館の文化再生産の軌跡と未来への道のり。(本間 勇人)

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2007年4月16日 (月)

海城の将来構想の考え方(3)

海城の将来構想の考え方(2)のつづき。海城の将来構想検討委員会は、「新たなビジョン・具体的な教育プログラム 両者をどうつなぐか?」、この根本問題を解決するために、その端緒を「期待・満足度アンケート調査」に見いだしている。

★受験成績に対する期待・満足度はかなり高いが、校風・教育方針への期待・満足度が思いのほか低いという結果に、前者にたいしては、高2以降の受験教育の充実とその徹底、本格的なキャリア教育・進路指導の実施によって、生徒たちのニーズにより応えていくことを、さらりと提案している。満足をしているから、何もやらなくてよいという提案はさすがにできなかったのかもしれない。

★後者に関しては、テクニカル論とファンダメンタル論の両側面からかなり詳細に議論・検討した痕跡がある。もっとも答申は簡潔にまとまっているのだが、そのまとまりでは収まりきれない思想と経済、倫理の見識が溢れかえっている。

★しかし、最も重要な点は、テクニカル論とファンダメンタル論を結びつけているのは、ロゴス論であるというコトだ。教育理念や教育方針は、一般にはどうしてもスローガンになり、平板な響きとしてしか伝わってこない。海城に限らず、多くの学校で生徒たちが関心を抱いていないのはそういうことだろう。したがって、将来構想検討委員会は、言葉をロゴスとして、他者の心を動かすようなプログラムに変容させるために、テクニカル論とファンダメンタル論とロゴス論の三位一体戦略を使ったのではないか。

★この戦略について詳細に語るコトは私の力では無理なので、いずれ委員長の中田先生に聞いてみる必要があると思っている。

★とにかく感じることは、この戦略によって、海城の教育理念は、文言を換えることなく、概念を新たに創り出し、新しい自由と正義論を構築するチャンレンジをし、新しい言語構造を導入し、官僚的近代主義でも、ポストモダニズムでもない、新しい近代の人材の育成、社会観、世界観の輪郭を明確に捉えているというコトである。もしかしたら、海軍予備校として出発した海城の理念は、もともとそうだったのかもしれない。しかし、歴史的事実がそれを見えなくしてしまったのか・・・。

★不易流行という言葉で語ってしまえば、それまでであるが、時代の要請にしたがって、建学当時とはやはり違う価値観、概念、考え方、方法論を脱構築したのではないか。その脱構築の戦略は、ジョン・ロールズの「正義論」に求めることによって、ヨーロッパ中世の世界観にまでさかのぼりつつ、21世紀を見通していることになり、海城の教育理念を明治以降のものとする歴史事実から解放する革命的知識人の方法論をとっているところが実に興味深い。(本間 勇人)

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2007年4月15日 (日)

共立女子のおもしろい≪私学の系譜≫

★2006年に共立女子学園は創立百二十周年を迎えた。それを機に、完全中高一貫校体制にしたし、新校舎も建設した。当然のことであるが、新しいシラバスも創った。

★この共立女子の改革に、学校選択者は敏感に反応し、今春の生徒募集はますます増え、入学生も360名を超えた。私立女子中高一貫校の中で最大規模の学校である。

★この規模で、学校を運営し、なおかつ伝統を持続し、一定水準の教育の実行と人材輩出が保証されているのは、ポストモダニズムの今の時代にあっては実は奇跡的な偉業である。

★というのも、89年のベルリンの壁崩壊に象徴されるように、それ以降の日本いや世界は、政治的イデオロギーは消滅し、生産優位経済社会から消費優先経済社会にシフトし、国家観や大きな思想、大きなストーリー、大きな政府は消失し、モダニズム資本主義は終わったとされているからである。

★確かに、大きな価値観に支えられて生きるという力は失われたという価値相対的な消費経済あるいは金融経済優先社会にあって、1学年360人規模で、1つの教育理念に基づいて1つの文化資本を再生産し続けることがいかにして可能なのだろうか。

★実はこれは共立女子のみならず、私学全体が「ゆるやかな理念共同体」として大きな物語を持続可能にしているある文化的な資本の再生産の特異点として同じ奇跡的な構造を有している。もちろん、個々の学校を見ていくと、ポストモダニズムの影響を受け、理念共同体を持ちつづけるのが危うくなっている学校もある。そして、そういう学校には生徒が集まっていない。

★このエニグマ的な構造を明らかにすることは、日本社会の教育の負の迷走を救うヒントになるかもしれないと、最近≪私学の系譜≫あるいはハビトゥスという言説を使って探ってはいる。しかし、これがそう簡単ではない。

★とにかく共立女子は最大規模の女子校であるので、その解明によって多くの教育のヒントを発見することができるはずである。そこで、いかに≪私学の系譜≫を形成してきたのか渡辺教頭先生にたずねてみた。

★「本間さんが≪私学の系譜≫という場合、当然ですが私立学校の系譜ではないですよね。もし私立学校の系譜という前提で話さなければならないとすると、共立女子の創立の時点では、<共立>の名の通り、いろいろな人材が共同して創ったので、うまくいかないんですね。不確定性原理なんですよ。とことんつめていくと、私学だか公立だかわからなくなる・・・。要するに120年も前に創立したということは、官学も私学も似て非なる夢を持っていたわけだから、創設時は混沌としていたと思います。当時の文部官僚経験者もかかわっていたし、私立公立問わず多くの学校を創設してきた人材もかかわっていたようです。」

★共立というのはイギリスの名門パブリックスクールの翻訳名だと思っていたが、そうではなかったのである。もちろん掛け言葉風にそれも意識していたのだろうが。今では鳩山春子が創設したようなイメージではあるが、実は多くの才人がかかわっていたということである。それこそ共立女子の≪私学の系譜≫たる根拠ではないだろうか。

★当時学校経営をして儲けようなどという建学者はそういなかっただろう。むしろ官学を創ってみたものの、自分たちの理想に合わないから、理想の学校を創りたいと思い、官僚出身者も福澤諭吉のような在野の私学人も共同するということなどは、自然の成り行きだったのではないだろうか。

★鳩山春子自身、官学にはどこか居心地が悪く、新しい学校を創ったと言われている。それにしても協力した人材の中には、岩倉具視視察団に参加してアメリカの教育を受けてきた人材が加わっていたということは、共立女子の建学時の大志がどれほどのものなのかわくわくするほど想像が逞しくなる。

★結局は留学は中止になって大いに失望した春子であったが、いずれにしても共立女子の出発は、当初からグローバルだったということだろう。この寛容な精神と才能と言語イノベーションが、世界標準の女子教育という大きな理念に結びついて共立女子の文化再生産が持続可能になっているのである。

★そしてこの再生産のシステムは、読む行為、書く行為、表現する行為のシステムである。今日それはシラバスとなって設計図が描かれ、それに基づいて教育活動が行われ、その結実が論文集や芸術作品集である。このような作品集は山ほどあるが、麻布の「論集」のように一冊にまとまっていないために、全貌を目にすることは難しい。おそらく完全中高一貫校体制になったので、一冊にまとめる作業がいずれ行われるだろう。

★この一冊には中学1年から高校3年までの作品が掲載されるので、新しい体制のハビトゥスを伝統化する影響力あるメディアになるだろう。

★ところで、共立女子の≪私学の系譜≫の形成の仕方でもう1つおもしろいコトがある。2007年3月25日、欧州連合(EU)は、その設立条約として知られるローマ条約の調印50周年を迎えた。このEUと共立女子は歴史性という点で共有するコトがあるのだ。1999年マルック・スィニソー駐日エストニア共和国特命全権大使は、EUの一員となりたいという論考を書いているが、その中にこういう一節がある。

戦前、我が家の本棚にあった1冊の本のことを今でも思い出します。それは、東京で日本人の母親とオーストリア人の父親との間に生まれた欧州統合思想の父、クーデンホーフ・カレルギー伯爵の「全体主義国家対人間(編集部仮訳。原文では”Totalitarian State Against Man”)」のエストニア語版でした。彼の汎欧州思想と反全体主義の考え方は、エストニアの政治家に、また私自身にも大きな影響を与えました。伯爵の著書の出版にかかわった人々の大いなる希望が実現され、エストニアが1日も早くEUの一員となることを願っています。

★この”Totalitarian State Against Man”というクーデンホーフ・カレルギー伯爵の本は、実は「自由と人生」という題で、鳩山一郎が訳している。鳩山一郎はこの書を訳し、その「友愛革命」の意志を日本につないだ改革者型リーダーだった。もちろん春子の長男で、春子の精神を継承した薫は、一郎の妻である。

★鳩山一郎は1953年には、「友愛青年同志会」を結成し、初代会長に就任している。この同士会は、文部科学省の所管で、財団法人「日本友愛青年協会」として今も存在しているが、とにかく鳩山家はクーデンホーフ・カレルギーと親交を持った。伯爵は、一郎他界後も共立女子で講演をしているぐらいである。

★渡辺教頭先生は、もしかしたら共立女子の校訓の1つ「友愛」は、クーデンホーフ・カレルギーの「友愛革命」の精神と関係があるかもしれないと語られる。しかし、そのような事実があるかどうかはあまり問題ではなく、欧州共同体の夢を抱いた精神性を受け入れる土壌が共立女子にあったコトが1つのハビトゥスであり、それが大きな精神・物語を持続可能にする≪私学の系譜≫の形成の質料なのではないだろうか。

★≪私学の系譜≫を考えることは、受験業界の便宜的な御三家とか新御三家のような大学進学実績に寄り添ったポジショニングを変更することになるかもしれない。(本間 勇人)

※クーデンホーフ・カレルギーと共立女子の関係については→

私学のリーダー・イメージ(10) 驚くべき歴史性【1】

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2007年4月14日 (土)

東京女子学園の進化=深化=真価

★今年の東京女子学園の新中1入学者は140名を超えた。教育のクオリティを高める努力が、学園の進化の促進に結びつき、さらに教育の質を深化させることになった。いよいよ東京女子学園の真価が発揮されるときがやってきた。

★私が書き込んだブログを少しさかのぼってみると、そのプロセスの一端がわかる。たとえば、昨年10月の<2007年学校選択動向〔3〕~10月8日センター模試の結果から>では、センター模試の志望校登録者数が前年対比で上回っている理由として、「女子聖学院、八雲学園、横浜女学院、品川女子学院、聖園女学院、神奈川学園、江戸川女子、恵泉、東京女子学園は、言うまでもなく、教育の質のすばらしさに尽きる。」と書き込んでいる。

★昨年11月の<東京女子学園のキャリア・デザイン>では、「すでにある『もの』としての職業ではなく、世界の人々をどのような資質を生かしてつないでいくのか、『関係』づくりができるのか。そこに東京女子学園のライフ・プランニング・プログラムは焦点をあてているのである。」と進路指導の深化の局面に遭遇している。

★今年の1月入試直前の最終的な動向分析<2007年首都圏私立中高一貫校入試動向(10) >では、「東京女子学園も健闘している。英語のワールドスタディーは、本になるほど教育界で注目されている。美術ではコンセプトを大事にしている。抽象思考と豊かな表現の結合が東京女子学園の美術。あらゆる教科が思考と想像力を養う基礎基本で結びついている。」と、OECD/PISA的な発想のあることを発見している。

★さらに今年の中学受験真っ只中という時に<受験の最中に併願校を東京女子学園に変更>という記事を書いたが、そこでは「英語教育や生徒1人ひとりの成長に合わせた進路指導の充実などが、応募者数増の大きな理由であろうが、先生方の気配りが、受験生や保護者に温かさと安心感を与えるというのが大きいのではないだろうか。」とマクロとミクロを結びつける先生方のコミュニケーション力を見出している。

★こうして振り返ると、やはり今年の結果に到るプロセスというのがきんと組立てられていたのがわかる。あらゆる面で、東京女子学園の先生方はがんばっているのである。

★そして新しい生徒たちを迎えるにあたり、再び新たな新中1用のプログラムを開発(もちろん他学年も軌道修正しつつ進むのは当然)しつつある。新中1の担任・副担任の先生方が額を集め、ひざを交えて議論し、入学する前から生徒1人ひとりの学力や成長段階を分析。どのような成長サポートをしていくのか、東京女子学園が積み上げてきた教育システムにさらに新たな発想を結びつける準備をされた。こうしてまた東京女子学園の進化=深化が促進し、真価が磨かれていく。(本間 勇人)

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2007年4月13日 (金)

海城の将来構想の考え方(2)

海城の将来構想の考え方(1)のつづき。「将来構想検討委員会 答申」の最初のページを開くと、いきなり「新たなビジョン・具体的な教育プログラム 両者をどうつなぐか?」というフレーズが目に飛び込んでくる。

★さりげないが、このフレーズは深い。麻布の氷上校長は、今年の「論集」の巻頭言をこう締めくくる。「わが国における陽明学展開の物語は、近代社会に生きるものの最大のテーマ、ニヒリズム(三島の場合、能動的ニヒリズム)の克服をもって真の最終章をむかえる、と私は思う。わが学園の教育がめざす『新しい教養』の課題もここにある」と。

★この氷上校長の大局観は、海城の将来構想の大局観に一致するのである。しかし、氷上校長の言うように、≪私学の系譜≫であれ≪官学・靖国の系譜≫であれ、「同じ心性を持つことの不幸」が近代教育以降の流れなのである。内村鑑三もキリスト教に出会う前は陽明学に慣れ親しんでいたというし、江原素六も儒教とキリスト教の両方を生徒に講義していたという・・・。

★麻布はこの不幸を創立者江原素六自らの克服によって、正統≪私学の系譜≫に与することができた。駒東は戦後の日比谷的名門校ハビトゥスによってその不幸を背負うのを免れた。桐朋も戦後の教育基本法の立役者務台理作によって正統≪私学の系譜≫に与することができた。慶應はもともと≪私学の系譜≫の原点。武蔵も戦後創設によってその難を逃れることができた。早稲田は微妙だし、その戦略は調べる必要があるが、慶應とセットのイメージで逃れていると思う。

★しかし、海城は自ら近代の不幸を背負ったまま、どこで決別するのか、戦後もひきずったに違いない。そういう意味では、最も≪私学の系譜≫のハビトゥス生成のモデルとして注目に値する学校なのである。

★このような複雑な歴史的背景の視点で眺望すると、「新たなビジョン・具体的な教育プログラム 両者をどうつなぐか?」というさりげないフレーズの奥行きが急に広がってくるのである。(本間 勇人)

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2007年4月12日 (木)

海城の将来構想の考え方(1)

★2001年つまり21世紀にはいるや海城学園は創立110周年を迎えている。19世紀末という今日の先進国が近代の夢、理想に向かって、同時に矛盾をはらみながら邁進した時代に海軍予備校として出発している。

★明治近代国家の夢の実現のために、海城もまた「国家・社会に有為な人材を育成する」という建学の精神のもと設立されたのであろう。

★今日の海城は、多くの卒業生が東大、早慶上智などいわゆるスーパー難関大学や海外の大学に進学している。今年も東京エリアの私立男子校では、開成、麻布に次ぐ東大合格者数を出している。にもかかわらず、世間は、この麻布と海城の間に、武蔵(最近は危ういが)、駒東、慶應普通部、桐朋、早稲田などの男子校を挿入し、必ずしも正当な評価を与えていない。

★ここには重大な問題が横たわっているかもしれない。従来、世間の私立中高一貫校の選択基準は、結局は偏差値や大学進学実績だと言われてきて、最近では、やっと教育の質・クオリティを選択指標として考慮しようという動きが大きくなってきているが、まだまだ大学進学実績はインパクトのある指標だ。世間はわかりやすい指標を求めるものだから当然と言いたいところだが、そのわかりやすい指標が目の前にあるにもかかわらず、海城が高い評価(十分に評価はされているのだが、もっと評価されてよいはずという意味)を受けていないのはなぜなのだろう。

★今回、海城の将来構想検討委員会委員長中田大成先生から、答申を拝見させていただいて、この世間の評価と実際の海城の質の高い教育力とのGAPを埋め、さらに評価を高める将来構想ビジョンと戦略があるのに気づいた。独断と偏見ではあるが、しばらく思いをめぐらしてみたい。(本間 勇人)

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2007年4月11日 (水)

4ヶ月間の記事のアクセス数ランキング

★2007年1月1日~4月10日までの、各記事の集計ができた。本ブログの記事は192本ある。そのうちアクセス数ランキング50番まで(学校以外の記事は除いた)を紹介したい。記事のアップの日がそれぞれ違うので、このランキングは人気を意味するものではないが、学校選択者の志向性の一部を推察するヒントになるはずである。アクセス数は特に表示しないが、1位の「伸びる聖セシリアの進学実績」は、4ヶ月間で2,347人、2位の「聖園学園の教育の考え方」が706人だったので、ダントツのアクセス数という結果となった。(本間 勇人)

1 伸びる聖セシリアの進学実績
2 聖園女学院の教育の考え方
3 白梅学園清修の見えないカリキュラム
4 三輪田学園の新たな不易流行
5 世田谷学園「最高の授業」で紹介される
6 白梅学園清修の最終学校説明会
7 かえつ有明は生徒が増えても1人ひとりに目配り
8 麹町学園女子2007年入試の飛躍
9 白梅学園清修の人気の秘密
10 横浜女学院の優しい眼差し
11 麹町学園女子の人気
12 聖園女学院の勢い
13 晃華学園の教育力
14 かえつ有明の新しい実践着々と
15 読売ウイークリー「浅野」に注目!
16 自己の閉塞状況を破れる自由の森
17 藤嶺学園藤沢中学受験生集まる
18 聖園女学院の美術
19 淑徳巣鴨が伸びているわけ
20 宝仙学園理数インターの人気
21 八雲学園は量も質も
22 入試問題に見る聖徳学園の教育の質
23 聖ヨゼフ学園のもう1つの教育
24 女子学院の教育力
25 中村中の最終学校説明会
26 受験の最中に併願校を東京女子学園に変更
27 玉川聖学院の教師の質
28 宝仙理数インターの本気の教育~戦略と情熱と
29 戸板中学の魅力
30 中村中は応募者が増える学校の1つの型
31 かえつ有明の教育空間(1)
32 女子学院の教育力(2)
33 女子聖学院の行事の創造性
34 光塩女子学院の学年共同担任制
35 晃華学園の科学の芽
36 函嶺白百合受験チャンス
37 八雲学園の教育の質、飛躍!
38 星城中学校~私立中高一貫校の星
39 次に注目される小野学園女子の教育
40 南山男子部の教育
41 知られざる東京女子学院の教育
42 湘南白百合のオープンスクールは在校生が活躍!
43 女子聖学院の質のさらなる向上
44 サレジオ学院の魅力
45 私立学校が継承するもの~麻布の氷上校長語る
46 白梅学園清修の人気の秘密(2)
47 明治学院の魅力
48 脳科学が自由学園の新しさを見いだす
49 かえつ有明の教育空間(了)
50 麻布の国際交流の広がり

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2007年4月10日 (火)

久しぶりに中村中の調べを聞いた

中村中といえば、生徒募集が激増したとか、大学進学実績が急増したとか、広報の大胆かつ細心の注意を払った戦略だとか、教育の質のプロセスがそのような成果をもたらしているとわかりつつも、どこか経営の論理に関してばかり記述していた最近の自分にどこか負い目を感じていた。

★しかしNTS教育研究所のフェロースタッフ麻生偉宏さんのエッセイ「『みやこどり』にみる中村学園」を読んで、久しぶりに中村中の調べを思い出した。フルートやサックスのあの風を芸術に変換する響きを。風と響きこそフェニックス中村の原点。これぞ≪私学の系譜≫の1つの流れ・・・。

★麻生さんの最終パラグラフを紹介しよう。

「自分の可能性に、耳を澄まそう」。ふと、説明会ポスターに記された言葉を思い出した。常に耳を澄ませながら、様々な情報を発信している中村学園。みやこどりの飛び交う隅田川のほとりからは、様々な音色が聞こえてくる。その多彩な音色は、これからも聴くものの耳を楽しませてくれるのだろう。

(本間 勇人)

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Netty Land★HotNews本間の立場?

★最近、おもしろい角度から学校選択の時代だと実感するときがある。というのは、私の書き込んでいる本ブログやその他のサイトについて、多様な批判をいただくようになったからである。多くの批判はそれだけ、拙文であるにもかかわらず、読んで頂いているということだし、学校選択への意識の高まりの現象でもあると了解している。

★ある保護者とある私学の先生からいただいた批判の中には、こういうのがある。「本間さんの書いているのは、学校のポジティブな側面しか書いていなくて、表面的なのではないでしょうか?」というもの。

★逆に、他の先生は、「さりげなく逆説的な表現をしているときがありますよね。もっとはっきり言ったらどうですか?」とアドバイス(非難?)を頂くときもある。「幻惑的表現で煙に巻くよね。わけのわからないことを言っているときが多いよね!」と言われるときも多い・・・。

★鋭い指摘をする先生もいらっしゃる。「4月2日の日経新聞のコラム“春秋”にこんなのがあったんだけれど、知っている?最後のパラグラフにはこうあるんだよ。『“上司こそ部下へのホウレンソウを積極的に行い、範を示すべき”と指摘するのは人材育成コンサルタントの細川馨氏だ。部下から相談されたら“えんかい(援助と解説)”で応えたい。“せつめいかい(説教、命令、介入)”を受けた部下は二度と相談に来ないそうだ。どうかご注意を。』とね。本間さんのクリエイティブ・スクールの12の指標によれば、“えんかい”ができる学校長や教師がいない学校には二度と生徒は来ないという警鐘を鳴らしているんだよね。創造的コミュニケーションができない教師というのは、いつも“せつめいかい”をやっているということでしょう。学校選択者にはそれを見抜きなさいと啓蒙してもいるわけだよなあ。」

★私が主宰しているNTS教育研究所やアドバイスしているHonda「発見・体験学習」プログラムの運営を支援してくれている麻布卒業生を中心とする私立中高一貫校卒業生は、自分たちの学校の表も裏も知り尽くしながら、母校の学校全体の文化を語ろうとする視点を持っていて、いつも私学論に花が咲く。自分の学校の≪私学の系譜≫におけるポジショニングを証明するのに懸命になる。同窓生の力を感じる瞬間だ。

★ドキッとしたのは、ある女子校の在校生からのメール。「行間に一杯真実があるのが、わかります。直接書いていないけれども、読む人が読んだら了解できます。たしかにそこをクリアすれば、私たちの学校はもっとよくなると思います。でもそれは私たちがやることですよね。ありがとうございました。」と。母校の精神を守る気概に感銘したが、先生方がそれに日頃気づきているかどうかはまた別である。

★また保護者からの次のようなメッセージも多くなってきた。「桜蔭と雙葉と女子学院の違いを教えてください」「共立女子と大妻の違いが知りたい」「鎌倉学園と逗子開成の違いがわかりました」「いくつかの私学については言及していないのはなぜですか」「聖光と栄光に関しての評価が違うのではないですか」「鴎友学園女子や洗足学園を持ち上げすぎではないですか」「渋谷幕張と昭和秀英の違いは?」「麻布や開成の教育理念とその現実化ばかりではなく、駒場東邦についても考察して欲しい」「城北はエクセレントスクールですかエリートスクールですか」「白梅学園清修、宝仙理数インター、かえつ有明という新しい学校の情報に偏って発信していませんか」・・・。

★日々、いろいろな方とお会いし、ある意味「≪私学の系譜≫としての私学論」の周りをぐるぐる回っているのである。私はジャーナリストではないので、ネガティブな要素をスキャンダルとして扱うことに興味はない。かといって学者ではないので、社会学的な手法で、学校論を語ることもまずないだろう。さらに宗教家でもないので、聖なる学校論を語ることもできない。

★私は一市民である。単なる私としての市民ではなく、公をできる限り受け入れる寛容さを持ちたいと願っている市民である。世の中の清濁を知りつつ、それを1人で飲み込むほど力がないので、いろいろなフィールドや世代の人と対話をしながら、幸せな青春時代を送ることができる、そしてそれが未来の生きる糧になる居場所でもある学校の構造(あるいはシステム)とはいかなるものか探しているだけである。

★しかしながらあらゆる構造やシステムに完璧なものはない。だから振り返りやフィードバックというメタ装置をどのように埋め込んでいるのかが肝要なのだ。いかなる負の部分があるかを暴露するところに主眼はない。もちろんそれが刑法や憲法に抵触するような場合は別であるが、そうではない範囲の場合は、そのことを了解していても、表現はしない。そうではなく、そのような事態が発生しないような内的配慮装置、発生したときの対応マニュアルがどうなっているのかを探究している。

★「いじめ」「不登校」「問題行動」などは集団や組織の中では往々にして意図せずして起こる。意図して起こるような学校は、そもそも論外。そうではなく、意図せずして起こる可能性に目配りをしている学校、発生してしまったときにオープンに対応できる学校とは、いかなるシステムを有しているのか。それはコミュニケーションのシステムということと等価なのである。

★しかし、コミュニケーションをシステムや構造と理解するのではなく、心と心の結ぶつきという通り一遍の道徳表現で、システムの理解を覆い隠す抑圧機構が、学校選択者側にもある。心理学の時代だからここはなおさらなのかもしれない。心理学も、抜け出せない限界があることに気づいたほうがよいなあと感じるときがある。自分が置かれている組織やシステムを変更することはできない。それは変えることのできない自然災害と同じようなものなのだととらえる傾向があるのではないかと思う。今、ここで自分がどう変わるかが目的になる場合があるのだ。

★個人が変化すればシステムも変化するし、システムが変化すれば個人も変化する。その変化の中で普遍的なものに常に目配りできるコミュニケーション・システムを構築している学校はどこか。そしてそれはいかにして可能になっているのか。

★ここら辺は海城の中田先生やその友人である作家鈴木隆祐さんが、ハビトゥス論として展開している部分と重なるのではないかと思ってもいる。ただ、ハビトゥスを文化資本という物象化したものとして捉えると、システムとしての関係性の全貌を逆に見えなくする怖れがあるので、私としては別の角度から捉えたいとは思っている。

★これは“ヒドゥンカリキュラム”という捉え方についても言える。物象化して捉えるとそれはネガティブな側面でのみ“ヒドゥンカリキュラム”を了解することになる。この言説を関係性の側面から見ると、そこには善悪ではなく構造が見えてくる。これについては白梅学園清修の教頭柴田先生が保護者とのやり取りの中で明らかにしている。保護者から“ヒドゥンカリキュラム”という言葉を使うと、白梅学園清修の良さが逆に見えなくなるのではないかという指摘を受け、それに対し柴田教頭が価値を表現するより白梅学園清修のコミュニケーションシステムが教師に身体化している教育システムを了解する言説として使っていることをブログの中で解説していた。まさに“せつめいかい”ではなく“えんかい”が成立している。

★“ヒドゥンカリキュラム”の別称“見えないカリキュラム”については、駒場東邦の教頭佐藤先生も、使い方に注意を促している。日々の(あらゆる教科の)授業の中での教師と生徒の対話と小論文とそれに対するメッセージのやり取りこそが、つまり駒東流儀のコミュニケーション・システムこそが“見えないカリキュラム”なのだが、この言葉が前面に出ることで、逆にそこにマスクがかかり見えなくなるその意識の惰性を作り出す危うさに目配りして静かなる闘いに挑んでいるのだろう。佐藤教頭の思想には折口信夫から欧米の思想の全背景があって、そこからこのような思想的眼差しが放たれている。このような目配りが、佐藤教頭以外にも存在しているわけだが、それがいかにして生まれたのかという構造こそ駒東のハビトゥスなのではないかと思う。ここらへんは、佐藤教頭の思想背景と現代思想の全領域をカバーしている中田先生や鈴木さんがどう考えるかまた聞いてみたいものである。(本間 勇人)

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かえつ有明の文化再生産システム着々

★今年の春のかえつ有明の結果R4は昨年に比べ、相当上がった。

①進学指導のプログラムの充実とその計算可能性

②学習フォローのための「支援センター開設」への期待可能性

③「サイエンス」といういわばリベラルアーツプログラムの未来への希望の予見可能性

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★こういうモダニズム的教育プログラムと有明というポスト・モダニズム的エリアという不思議な統一感が、若い世代の保護者の心をつかんだのだと思う。それにしてもかえつ有明の入試は難しくなった。実際、難進コースだけではなく、総進コースも含めて全体で30%は、すでに東大、早慶上智レベルの学校にチャレンジ可能な生徒が入学している。しかも6年間あれば、まだまだ伸びる生徒が続いているという。

★問題は、この充実した状況がマニフェスト通り、持続可能なのかということだ。つまり文化再生システム作りあるいは組織作りができているかということだ。この点の検証を学校当局は説明していく責任は確かにあるかもしれない。もう生徒は集まるから大丈夫だというわけにはいかないだろう。この油断があっという間に独善的でクローズな状況をつくるからだ。組織の成長と衰退の歴史は常にそうなのだ。

★とにかく、良いことをしているのだから生徒は集まるはずという教師が現れ始めたら危険信号である。そうならないようにするのは、学校経営者のクリエイティブな集団をマネジメントする腕の見せどころ。果たしてそれはどうだろうか。

★今のところは大丈夫だ。外から見ているだけだが、組織やスタッフィングの変化が見られる。かえつ有明立ち上げ当初、広報活動で尽力した先生方は、ハイコンセプトでハイタッチなキャラクターであった。アメリカ型の優秀な人材。まず初めに生徒が集まるには、マニフェストと知性だけではダメ。共感力の強い情熱的な教師の言葉が最適。

★しかし、いったん生徒が集まると、広報活動はシンプルな戦略に変わる。理性的な部分で十分。ハートの部分は実際に授業をオープンにすればよいからだ。知と情熱の両方が溢れていて、真剣に純粋に、そして何より楽しんで考え感じている生徒の姿を見れば、良質な教育力は論より証拠ということになる。かえつ有明の人材配置は、そのように刻々変化している。

★またかえつ有明の伝統的なリベラルアーツ的存在である「総合学習」は、「サイエンス」という形で伝統を継承し、有明エリアのリソースと結びついて、不易流行の象徴となっている。この「サイエンス」は、生徒側からすれば思考と表現で、互いの考えを知り、知の広がりを再生産するシンプルなプログラムだが、その仕掛けは、マルチ・ループになっていてたいへん複雑だ。この複雑な仕掛け作りのノウハウを教員どうしどのように共有していくのかそれが当面の課題だろう。

★そして「サイエンス」の位置付けを明確にリベラルアーツの基礎とするならば、知の広がりだけではなく、かえつ有明のアイデンティティの基礎作りにも一役買うことになるはず。担当の先生方には、明確にこの気概があるが、学校全体としてどこまで浸透しているかは、もう少し様子を見ようというところか。

★いずれにしても一期生、あるいは二期生から東大合格者は、少なくとも2人から5人はでる教育環境である。実際に合格実績が出てからでなければわからないということはない。1人ひとりの合格確率において100%なんていうことはあり得ないが、集団に対してはだいたい何人ぐらいは合格するだろうという計算は成り立つのである。受験勉強は合理的なもの以外にない。それゆえ教育は受験だけではないのである。生徒という人間は決して合理的ではないからである。受験勉強は問題解決できる範囲であるが、人間は永遠の課題を持ちつづける存在。リベラルアーツが必要な理由はそこにある。

★かえつ有明の文化再生システムは着々と進んでいると私は思うが、学校選択者の皆様はどう判断するだろうか。一度考えを聞いてみたい気もする。今度の保護者会などで投げかけてみようか。

(本間 勇人)

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2007年4月 8日 (日)

入学式そしてもう1つの始まり

★二子玉川のエリアに瀬田の丘がある。歴代の大物政治家や有名タレントの居住地でもある。そしてそこにはフランシスコ会の修道院=瀬田教会がひっそりとある。田園調布教会の分修道院なのかどうか分からないが、教会としては分教会らしい。フランシスコ会の神学生やシスターの方々の拠点であることは間違いない。

★4月7日の夜、厳かに聖土曜日のミサは始まった。聖木曜日、聖金曜日、そして聖土曜日と夜のミサは続いたのだが、一体これは何を意味するのか。多くの日本人はこのミサの意味はわからないかもしれない。キリストが人類のために自らの命を犠牲にし、3日目に永遠の命を得るという復活祭のミサを意味する。

★それが私立中高一貫校の情報を発信する本ブログとどう関係するのか?と言われるかもしれないが、実に重要なことなのだ。首都圏の私立中高一貫校の20%弱はキリスト教のミッションスクールなのである。キリスト教のミッションスクールは、この復活祭の日にすべて祈り、つながるのである。もちろん全世界のミッションスクールが、世界中の教会と信徒とともにつながるのである。

★そんなことがと思うかもしれないが、聖土曜日は特に徹夜祭になっているところもあるぐらい。不思議だろうが、メディテーションと祈りは、日本にいると小さな絆だが、世界の21億人の信徒が1つになる瞬間なのである。もっとも地球は回っているから、その瞬間は持続してしまうのであるが。

★ところが、この復活祭は、クリスマスとは違い、意外と知られていない。復活祭は基本的に春分の日の後の最初の満月の次の日曜日に祝われるため、年によって日付が変わるた。卒業式、入学式、あるいは4月の末近辺など毎年変わる。そのため、信徒以外の人には、結果的にいつの間にか水面下で行われてしまっている祝祭なのである。

★しかしながら、今年は大変な歴史的意味のある日であった。というのも東方教会の復活祭の日と重なったからだ。両方とも4月8日。ユリウス暦とグレゴリウス暦のどちらを使っているかで計算にズレがでるのであるが、とにかく今年は一致したのである。なおかつ、仏陀の誕生した日も4月8日。

首都圏のキリスト教系と仏教系のミッションスクールは合わせると30%弱を占めている。4月8日は入学式を行う学校も多かったと思う。そしてキリスト教系の私学は復活祭、仏教系の私学は花祭り・・・。統一地方選。

★瀬田教会の話に戻ろう。聖土曜日、真っ暗な教会にキリストの光が信徒の手のローソクに順番に燈されていく。すると教会内がやっと少し明るくなり、周りの様子がわかる。そのとき、フランシスコ会のシスター以外にも、ドミニコ会のメール(シスターのこと)の方々が集結していた。聖ドミニコ学園は岡本の丘にそびえている女子校だが、瀬田の丘の隣接地で近いので、メールの方々は歩いて祈りに訪れていた。聖ドミニコと聖フランシスコは13世紀に、それぞれ修道院を創設した聖人で、親友である。その後の修道会どうしの歴史は必ずしも順風満帆ではなかったようだが、もちろん今はキリスト教共同体として、互いに協力し合っている。

★メールは何を祈っていたのだろうか。片方では人類の平和を、もう一方では目の前の新入生や在校生、そしてその家族の平和を、しかし何よりもフィリピンやアフリカの貧困の人類の仲間達のことをだろうか。スペイン管区の聖ドミニコ修道会が経営する学校に「愛光」がある。同じように空間を超えて、神父らは祈っている。この修道会の神父で東大で教鞭をとっている教授もいる。ふだんは見えない聖ドミニコ修道会のつながりが黙想と祈りの中に見える瞬間。それぞれの私学が持っているバックボーン。それは、実は日々の学園生活の中で生徒たちに保護者の方々に影響を与えている。めったに気づくことはないが・・・。(本間 勇人)

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2007年3月31日 (土)

小野学園戦略着々遂行

小野学園女子は、教育環境の変化―学習観の変化、女子教育の重要性の浸透、私立学校の注目、学校選択指標の注目、教師観の変化、グローバリゼーションの影響、大学全入時代の影響、新しい理数教育など―に、対応できる学習環境を戦略的に整えている。

★そしてその戦略の遂行を教師1人ひとりが実行している。たとえば、「偏差値が20以上、上がる生徒が多いのはなぜか?」と学校全体で問い返し、強みと弱みを明らかにし、強みをもっと生かし、弱みを強みに転化するプランを実行している。外部環境の変化というマクロ的な視点と内部環境の活性化という木目細かい視点の両方を満たしていく小野学園は必ず注目される存在になるだろう。

★さて、このような戦略的な動きが、学内でよい雰囲気で生まれると、まだ始まったばかりなのに、良い兆候がいろいろなところで現れる。卒業生の大学合格者数もその1つ。国公立大学、早慶上智、東京理科大、GMARCHの数は、昨年は4人だったのが、今春(3月5日現在)は、8人と倍になっている。(本間 勇人)

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2007年3月30日 (金)

八雲学園の教育の質、飛躍!

★今春、八雲学園を卒業した生徒の大学合格実績(2007年3月22日現在)を拝見したが、また飛躍。今年の中学入学者もまた増えたということだし、卒業生の実績も好調。八雲学園の教育の質はますます磨きがかかる。

★国公立、早慶上智、MARCH、東京理科大、学習院の合格者数を昨年と比較してみよう。( )内は昨年の実績数。

国公立→3(3)

早稲田→7(2)

慶應→2(0)

上智→3(0)

明治→4(5)

青山→7(9)

立教→7(3)

中央→5(4)

法政→4(11)

東京理科大→2(2)

学習院→2(1)

★上記のような大学の実績は、その結果の動向がわかりやすいから、挙げてみたが、八雲学園の進路指導では、理数系、医歯薬看護系の分野も着々と強化されている。センター試験のリスニングなどでは満点もたくさんでるという。同学園の強い英語教育をテコに、センター入試を高得点で突破すれば、さらに進路は多様に広がっていくと戦略を練っているようだ。八雲学園の教育の質の競争にかける覚悟は並大抵のものではない。(本間 勇人)

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2007年3月28日 (水)

読売ウイークリー「浅野」に注目!

★「読売ウイークリー4月8日号」では、東大・京大など主要国立大の前・後期入試の結果について特集記事が載せられていたが、その中で「東大、東工大合格激増…『大躍進』浅野の秘密 」がひときわ目立っていた。

★その秘密として、中3からの受験体制、高校の綿密な進路指導が挙げられていたが、編集者自身、それは前からあったのだから、今回の東大42人合格に直接結びつくものは他にあるだろうという観点がおもしろかった。

★昨年、同誌の編集者は、鈴木隆祐さん(ベストセラー「名門高校人脈」光文社文庫の作者)の企画「名門校の秘密を教室に探る」を採用し、「最高の授業」を35回にわたって連載した。鈴木さんは14回目に取材をした浅野の「最高の授業」を紹介していた。

★その流れもあって、今回の「『大躍進』浅野の秘密」は浅野の授業の質に到達したようだ。しかし、鈴木さんの「名門高校人脈」の文脈でいけば、その授業の質は、浅野総一郎―安田善次郎の国家の経済を丸ごと創り出した荒唐無稽、豪胆、こだわり、気概が再生産されるハビトゥスの顕在ということになるのではあるまいか。(本間 勇人)

※関連記事→東大合格者発表の季節

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2007年3月22日 (木)

横須賀学院の改革着々進む

横須賀学院は、キリスト教主義という伝統の追究に関しても、学習プログラムの組み立てに関しても、新しい考え方を取り入れ、実践している。

★それは原点に回帰することによって、再び青山学院をはじめとする、キリスト教学校の日本におけるミッションを確認し、その大きなスケールで学習プログラムを脱構築しようとしていることを指す。

★キリスト教学校は、明治維新と戦後の2つの時期に、日本をグローバルスタンダードに導く教育において、自らを犠牲にしてまでも尽力し貢献した。今、キリスト教学校は、3つ目の転換期を迎えた日本を3たび導く使命を継承している。

★1期めは、欧米の技術。2期めは、欧米の技術と日本の創造力。3期めは、世界に通じる技術と才能と寛容。日本の人材教育は、まだまだ世界のための人材育成という成熟期を迎えていない。ともすると「お国のため」が優先されてしまう。

★横須賀学院は、そういう意味で貴重な学びの拠点だし、≪私学の系譜≫の保守本流。実際、一貫コース 第二の改革では、次のように書かれている。

「横須賀学院が新たな教育内容として創設する『プロジェクト』の時間は教科学習に対する興味を高めるための学習です。基本的に主要5教科で、中一~高一を対象に実施します。この時期は勉強を楽しい、面白い、役に立つと感じてもらうことに主眼を置きます。『プロジェクト』の時間は、次のような要素を持たせて設計されます。

●発表や体験学習など、講義形式以外の授業形態。
●楽しく学習することに配慮を払う。
●社会とつながりのある、意味のある役に立つことを学ぶ。
(プロジェクトの定義 抜粋)

このプロジェクトの時間の一部を青山学院大学相模原キャンパスとの連携で行なうことを計画しています。」

★というように、教科学習をさらに豊かにするための学習プログラムが組み立てられ、横須賀学院創立の契機であった青山学院大学との連携プランが進められている。

★このようなプランが進行するには、すでに学内でいろいろな準備が始められているはずである。その1つの証明が3月20日現在での今春の大学合格実績。

★国立大学は2006年7名→2007年17名という飛躍。早稲田7→9、上智2→3、明治 8→11、青山11→19、中央 4→12、法政 9→29、立教 7→7、東京理科7→7。大飛躍であるということがご了解いただけるであろう。しかも、この実績は現役生のものであるから、その評価は高い。

★横須賀学院にとって、大学合格実績は、目標ではないが、改革という大きな目標の成果を表現する1つの指標である。(本間 勇人)

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2007年3月20日 (火)

聖徳学園の教育の証明

★武蔵野市には吉祥女子藤村女子聖徳学園成蹊という私立中高一貫校がある。いずれもユニークな教育を形作っているが、最先端の脳科学の学習理論を駆使し、1400年前の聖徳太子の十七条の憲法の精神に通じる武士道という日本文化をベースに、多様なグローバル・プログラムを実施しているのは聖徳学園。

※参照①→学校探し(65)~「聖徳学園論」を探究しよう
※参照②→学校探求【14】~聖徳学園は道の民主主義教育の成果を上げている

★今年の中学入試において多くの生徒が応募し、大学合格実績においても十分な実績を出している。聖徳学園の教育が、学校選択者から評価され、卒業生たちは、その評価を証明する実績を出しているということだろう。

★3月17日現在の今年の大学実績は、たとえば、東大1名、早稲田15名、慶應3名、上智7名、明治12名、青山7名、立教4名、中央10名、法政11名、東京理科大13名、学習院3名で、これらの大学だけで卒業生数の65.6%を占めている。今年80周年を迎える聖徳学園の新たな戦略が着々と進行しているのだ。今年もオープン・スクール、オープン・レッスンがあると思う。≪聖徳学園体験≫をしてみてはいかがだろうか。(本間 勇人)

※参照③→入試問題に見る聖徳学園の教育の質

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2007年3月18日 (日)

女子学院の教育力(2)

★前回の女子学院の教育力のつづき。女子学院(以降JG)のサイトに掲載されているJGニュースには興味深い記事がたくさん載っているが、「パイプオルガン発表会」のニュースには驚愕。

★2月16日(金)の昼休みにパイプオルガン演習(自由選択科目)を受講している高2の生徒2人によるパイプオルガン発表会が行われたという。そして2人による感想を読むことができる。ぜひご覧頂きたい。

★Aさんは「講堂のパイプオルガンに一度は触っておこうとこの授業を選択したのが一年前。今まで楽器を習ってきてはいても音楽的知識の乏しい私には、楽譜の解説書も半ば暗号文でした。ただその中に時に自分にも分かる表現を見つけて、それをどうオルガンで表現しようかと・・・」と述べている。

★パイプオルガンの存在とその開放がJGの教育力の高さを物語っている。まずパイプオルガンというあのモーツァルトも楽器の王様だと感嘆した楽器があるということがすごい。桜蔭でも公立中高一貫校でもパイプオルガンはないだろう。

★またキリスト教主義の学校はパイプオルガンを設置していたとしても、生徒に開放していないところも多いはず。生徒に演奏のチャンスを作るというのがJGの教育力の奥行きの深さなのである。だから生徒が自主的に「講堂のパイプオルガンに一度は触っておこうと」いう意志を持つのである。

★そのうえで、「音楽的知識の乏しい私には、楽譜の解説書も半ば暗号文でした。ただその中に時に自分にも分かる表現を見つけて・・・」という探究が始まるが、「暗号文」というレトリックで、探究の深遠さが伝わってくるし、探究の構えが想像できる。そしてそれはパイプオルガンの演奏の探究であると同時に、自分探しにもつながっている。ここは、JGの教育の根源。

★Bさんは「・・・オルガンを弾いていると、オルガン的発想のようなものを得る事が出来て、視野が広がった気がします」と述べているが、「オルガン的発想」というのは何だろう。Bさんは確かに何かを発見し、視野を広げたのだ。自分の殻を「オルガン的発想」で破ったのである。このシーンはヘルマン・ヘッセの「デミアン」に登場するものに通じる何かだ。アプラクサスの卵の殻を破る着想に。第一次世界大戦の予感と近代社会の矛盾とその中で自分を探す物語・・・。

★自由の真理を追究するJGのリベラルアーツは本物だ。これに対し日本の旧制高校の教養主義は、日本の国家を支える学問の準備である。リベラルアーツとはまた違う味がある。桜蔭は、リベラルアーツを有しているのかどうか、もし有しているとしたらそれはJGと同じようなリベラルアーツなのか、それとも教養主義なのか、それを明確に説明する責任はある。

★それをうちは特別なことは何もしていませんというようなトーンで栄誉ある孤高を守っているような態度をとるようなことがあれば問題である。子どもたちを東大にいれるとかいれないとか、医学部に進めるとか進めないとかという前に、世界的見地に立った教育のフレームワークなのか、日本国家的見地に立った教育のフレームワークなのかはっきりさせなければ、学校選択者は進路を決める時に、最終的決断ができないからだ。

★科学的中立主義や客観主義は、結局世界の普遍的価値に興味がないということといっしょなのだ。私立学校の教育はそこをはっきりさせねばならないはずだ。忍びよる右傾化に対する危機意識があるかないか。世界の子ども達の貧困を問題として捉えることができるかどうかは、その意識の高さにかかっている。

★自分の子どもだけは何とかしたいという学校選択者は危機意識の低い科学的中立主義の学校を選ぶだろう。しかし、それは世界の子ども達を救えない。そしてその負のツケが巡ってくるのは、孫の世代。≪私学の系譜≫の保守本流は、そこまでのビジョンを考える。桜蔭が≪私学の系譜≫の保守本流かそうでないかは、今のところ私には判断がつかないが、私学的経営をしているが、≪官学の系譜≫の中に入る学校もある。そこは見極めたい。

★東大は東大だから≪官学の系譜≫だと言っているつもりはない。戦前の東大は≪官学の系譜≫を作ってきたが、戦後すぐに南原繁が東大総長に就任したときは、≪私学の系譜≫に路線を変えているはずだ。もちろん今そうであるかどうかは議論もあるだろうが・・・。国立大学の独法化以降、もっと明確に≪私学の系譜≫であることが表現されるとよいのだが、なかなか難しいところか。

★しかし、それが明らかになれば桜蔭が自ら存在証明をしなくても≪私学の系譜≫の保守本流であるかどうかということもまた推測がつくのだが。JGと桜蔭。御三家であるかどうかより、日本の教育の原点を見極める重要な教育場である。(本間 勇人)

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2007年3月17日 (土)

女子学院の教育力

女子学院(以降JG)のサイトJGニュースが掲載されているが、ここの記事を読むとJGの教育力の高さや深さがわかる。

★たとえば、「高3の生徒による礼拝」というニュース。卒業を目前にした高校3年生が、1月17日から31日まで9回にわたり、中・高の礼拝で話をする。その内容は、中・高6年間の中で、礼拝や授業、生徒会活動やクラブ活動を通して感じた様々な思い。1人の生徒の話の内容が紹介されているので、ぜひご覧頂きたい。JGの生徒がいかにして多角的知性を育成するのかそのシステムがわかる。

★そのシステムとは、「書く行為の多様なチャンス」である。「講演会等の行事の度に感想文を書くことになったり、理科系の授業でさえ実験の度に真っ白な紙を手渡されたりで、それを文字で埋めるのに私は、毎回四苦八苦していました。しかし、私が最も苦手としていたのは国語の自由作文と礼拝ノートでした。」とある。

★様々な次元の「書く行為のチャンス」でJGの教育は編まれているようだ。そして最も高次の「書く行為のチャンス」は礼拝ノート。しかも書く行為は、プレゼンテーションにもシフトする。つまり、礼拝ノートは、最終的には「クラスの皆の前でそれをよまなくてはならない」それは「自分の感じた事を素直に書き表すのは私にとってとても勇気の要る作業でした」と言わしめるほど、言葉と思考の総合的な学び行為なのである。

★それにしても、高3の生徒の文章を読んでいくと、これは桜蔭にはまったくない書く行為のチャンスであることに気づく。高3の生徒はイエス・キリストの復活の聖書解釈に挑んでいる。解釈というと日本の文化ではあまり良いイメージがないが、ヘルメノイティークという真理を探る議論なのだ。しかもその真理たるや、簡単に近づけない。日本の文化では独断と偏見と憶見で終わってしまうが、聖書解釈は、その罠に陥らないように、どこまでも検証と議論と思索を続けていく、ネバーエンディングストーリー。

★科学的思考やクリティカル・シンキングというのが普遍的思考であり、グローバル・ベーシスであるのは、この欧米の聖書解釈の行為が前提にある。ノーベル物理学賞を受賞した江崎玲於奈さん自身、中学時代同志社で学びそれを感じたと言っているぐらいだ。

★これは桜蔭では体験できない教育である。もちろん桜蔭の生徒がキリスト教信者である場合、それは可能だが、学校としてそのような教育はしないというのは確認するまでもないだろう。

★ともあれ、この高3の生徒の文章を読むと、リアルとバーチャルの視点、信用するという言語行為の多義性が聖書解釈から生まれてくる過程がわかる。この文化的背景がなければ、残念ながら現代思想はわかりえない。というのもハイデッガーにしてもフロイトにしてもデリダにしても、ある意味聖書解釈との相克であり、脱構築なのだが、再び聖書解釈に立ち戻っているという循環からの飽くなき思考挑戦だからだ。

★現代思想の戦略が、JGの生徒ばかりではなく、麻布生の強靭な思考力にも通じる理由が、改めてわかったような気がする。開成でもこの強い思考力を育成することが可能なのは、創設者や初代校長高橋是清が欧米のキリスト教的精神を受容していたからである。実際、開成には、今でもこの精神を再構築しようという先生や自ら聖書解釈に挑んでいる先生が存在する。

★JGもまた≪私学の系譜≫の保守本流ということか。(本間 勇人)

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2007年3月 9日 (金)

宝仙理数インターの本気の教育~戦略と情熱と

★2007年3月9日、宝仙理数インターは、教育関係者対象に、今春の入試報告会を開催した。理数インターの成功した戦略とデータ、そして徹底した学習者中心の教育への情熱を、ある意味プレスリリースしたような会見だった。3大模試関係者や3つの教育研究所からも参加していた。

★本格的な戦略プレゼンテーションは、今までの学校の説明会の手法とはだいぶ違っていた。学会の発表のようにも思えた。いずれにしても、リベラルアーツの実施、数理データの活用、グローバルスタンダードな教育というマニフェスト通りの教育のデモンストレーションでもあったわけだ。

★マーケティングの手法の公開は、そこまで公開してよいのかというぐらい痛快。これなら成功するなと実感。しかしそこで終わらない。課題を明確にして、それをクリアするために2008年入試に向けてどうするのか解決策を今から考案している。

★その課題の1つに、地元中野区と都心からの生徒を獲得することはできたが、三鷹から八王子にかけての中央線沿線エリアの生徒に来てもらえなかった。この地域からの評価を高めるために何をしていくのかが課題だと明確に認識されていた。

★つまり、早稲田実業との違い・質の高さを明確にしていくということだろう。すでに渋谷教育幕張や桜蔭、成蹊、渋谷教育渋谷などに合格した生徒が宝仙理数インターを最終的に選択するというケースも生まれた。

★98年、99年に、首都圏の中学受験生の受験率が減ったときがある。にもかかわらず生徒の人気を勝ち得た八雲学園は、多くの私学からその成功の調査、研究の対象になった。今度は宝仙理数インターが調査されることになると思う。自校の成功が私学という「ゆるやかな理念共同体」の役にも立つのである。

★それにしても、宝仙の学園革命の初期の構想を、2005年9月に聞いた時点では、まだコンセプトの話だったが、そのコンセプトが具体的に展開してきた過程をずっと拝見させていただいた。成功のプロセスとは何か、私自身たいへん勉強になった。情熱と見識と才能と愛情と、そして何といってもチームワーク。

★そうそう、忘れてはならない最大のポイントは「速度」という時空意識である。どうやら、成功している学校の先生方の姿勢は前のめりに加速するというのが法則のようである。(本間 勇人)

※関連情報→コンセプトへの共鳴 ~宝仙学園理数インター~

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2007年3月 7日 (水)

入試問題に見る聖徳学園の教育の質

「聖徳学園中」の入試問題を拝見した。そして驚愕。同学園の脳科学ベースの教育の質がそのまま反映していたからである。知識と発想の結びつきを考え、その相乗効果によって、生徒1人ひとりの創造的才能引き出し、武士道の精神を養うのが同学園の教育の特徴でありその質は高い。

★武士道の精神の入り口が、国語の入試問題にあった。たとえば「『大人の腕の見せどころなのだ』とあるが、筆者の考える『大人の腕の見せどころ』とは具体的にはどうすることですか。30字以上40字以内で説明しなさい」(1回目入試)という問いかけ。若者に、社会や他者を受け入れる優しさに気づいてもらうという寛容性を考える問題だと思うが、この精神こそ武士道そのもの。「あなたは太郎のようにだれかのために何かをしたことがありますか。何をどんなふうにしたか、自分の体験を50字以内で答えなさい」(2回目入試)という問いかけも同様である。

★また、「(コトワザを学びとっていくというのは)『おとなになる準備』とは具体的にどのようなことを指していますか。50字~80字程度で説明しなさい」という問いかけもある。この問題は、コトワザのもつ意味の二重性や両義性という子どもから大人に成長するものの見方の広がりや、認知構造の発達を考える問題だろう。精神の成長は武士道の深いテーマであり、認知構造は前頭葉の活性化のテーマである。実際にこの二重性の構造については、文章以外に図式化されたものも掲載されている。言葉と図の往復運動は、脳科学の言語脳と想像脳の話につながるのだろう。

★算数は、徹底して幾何の問題を出題している。論理展開から直観認識に飛躍できる可能性をここで問うている。聖徳学園の教育空間は、日本庭園から鏡の空間へシフトしていく。またギルフォードモデル(脳科学)をベースにした特別教室もある。回遊と見立てが、日本庭園にはある。見立てはまさにコトワザの論理で、メタファーいう知につながる。回遊はまさに時間と空間の変容。算数で回転体や点の移動の問題が出題されているが、ベースは螺旋のイメージ力。鏡はフラクタルである。自己の無限の不易流行のイメージ。これは数論のテーマでもある。そして特別教室は、そのイメージを論理化したり物質化したり、抽象と具体の相互操作の学びが行われるのだろう。

★社会もおもしろい。歴史のパラダイムの転換の熟知は、ベクトルの変容や遠近法的スペクタルで整理しておく必要がある。イメージと論理、そして生活に対する意識が交差する。戦後の冷戦構造・世界の権力構造について説明する問題を6年生に問いかけるのはまさに創造的才能教育の見識である。

★理科はダイナミック。もし地球の自転が逆になったら、5つの出来事はそれぞれどのように変わるかという問いかけ(2回目入試)。その出来事の中の1つにはこういうのがある。「日本で、風呂おけの栓をぬいて、水を流したときに、生じる水流のうずが時計回り、反時計回りのいずれになると考えられますか」というのがある。 (参照→ミクロとマクロの両方をイメージさせる聖徳学園の理科)

★風呂おけの出来事が、地球規模の話にぶっ飛ぶこの想像力はダイナミック。ミクロとマクロをつなぐのは結局は想像力と論理力だというのが了解できる問題。こういう発想は創造的才能教育がベースにないと出てこないだろう。

★聖徳学園は世界の各国と交流する機会が多い。学園から世界を見、世界から学園を見る。学園の教育について、先生方は試行錯誤で、まだまだ模索していますと言うが、その試行錯誤という仮説を常に検証していく科学的見識と実行力こそ、聖徳学園の教育のクオリティの高さを示唆しているのではないだろうか(本間 勇人)。

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2007年3月 4日 (日)

慶応義塾の社中一致ビジョン(4)

前回のつづき。安西祐一郎塾長は、福澤諭吉に帰り、「未来への先導者」として慶應義塾が色々な分野でどう進んでいるのかを、年頭の挨拶で語った。スポーツの分野でもこう語った。

★「スポーツにおいても、体育関係では、端艇部、庭球部、競走部、器械体操部ほか諸々の部が、たいへんに活躍をしている。慶応義塾のスポーツは、今年は小泉信三先生が亡くなられて41年目になるわけでありますけれども、『練習ハ不可能ヲ可能ニス』といわれた精神をもって、体育会を始めとするスポーツ関係の塾生諸君が、たいへんに活躍をしてくれているというふうに思います。」

★スポーツもまた、ルーツにかかわる。慶応義塾大学のラグビー部は、日本ラグビーのルーツ校であり、日吉のグランドはラグビー発祥の地である。ルーツに帰ることは、小泉信三に帰ることであり、小泉信三に帰ることは福澤諭吉に帰ることである。(本間 勇人)

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2007年2月23日 (金)

聖ヨゼフ学園のもう1つの教育

★2007年2月20日、「聖ヨゼフ学園中学高等学校」の校長小原忠郎先生の学園葬ミサ・告別式が行われた。学園の勝野講堂がミサの場所となったが、神奈川県の私立中高一貫校の校長先生方、聖ヨゼフ学園の教職員、保護者、在校生、卒業生などでホールはあふれた。

★故アシジのフランシスコ小原忠郎校長先生のために、みな祈りに集まったのである。またミサを司る神父は7人ほど祭壇にいたが、中心は学校法人アトンメント会(聖ヨゼフ学園の母体)の理事長平松達美先生。ほかに栄光学園の校長先生も。カトリック学校の理事長・校長は聖職者の場合が多いのであろう。

★聖歌と聖書の朗読と交互に進行する通常のミサの中に、故人をしのぶ共同祈願や卒業生や教職員代表のお別れのあいさつなどが織り込まれていた。また献花の際には、小原校長先生が特に好きだった「アヴェ・ベルム・コルプス」(モーツァルト)が、学園の中高のグリークラブと弦楽部により合唱・演奏された。

★卒業生代表の言葉の中に、突然小原先生の死が訪れ、何がなんだかわからなかったし、もうお会いできないかと思うとたいへん悲しい。しかし、先生の死は神の計画であり、この計画によって永遠の命を得たのだから、それを私たちは受け入れなければならないというのがあった。

★「神の計画」「永遠の命」を受け入れるということは、通常の教育では難しい。カトリック学校の教育の深さと広がりは、こういうことなのかとなんとなくではあるが、わかったような気がする。

★小原校長先生のご冥福を心から祈りつつも、永遠の命を得た先生の心と思いが聖ヨゼフ学園の生徒たちの行いの中に生き続けると確信を抱くこととなった瞬間であった。(本間 勇人)

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2007年2月19日 (月)

慶応義塾の社中一致ビジョン(3)

★(基礎)研究においても多様な活動をしている。

(1)医学部、理工学部、湘南藤沢キャンパスなどの学内の共同プロジェクトを立て、トップクラスのプロジェクトが動いている。

(2)湘南藤沢ではイノベーションビレッジが開業。

(3)山形県の鶴岡の先端生命科学研究所は第2期6年目に入る。

(4)歴史的価値のある文書をデジタル化するHUMIプロジェクトも創立10年を迎えている。

★一見、実業と離れた開発研究のようだが、これはあらゆる局面でイノベーションのトリガーになるプロジェクトである。企業だと生産性向上にすぐに貢献できるものしか開発費をかけられないが、大学と企業がコラボレーションすることによって、長いスパーンで開発できる。そのイノベーションの創発において「未来への先導者」になろうという野心が、ここにはある。まさに諭吉WAYだ。(本間 勇人)

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2007年2月18日 (日)

慶応義塾の社中一致ビジョン(2)

★安西祐一郎塾長は、「慶應義塾の現状と課題」について、各学部、大学院研究科、研究所、研究センター、一貫教育校の努力を具体的に挙げていく。まずは、学内の成果を並べてみよう。

(1)文学研究科・図書館情報学の博士課程において、昼夜開講が始まった。

(2)経済学部では、英語で授業をするプログラム=プロフェッショナル・キャリア・プログラムが始まっている。政策・メディア研究科の修士課程でも、英語による国際コースの授業が始まっている。

(3)2006年は健康マネジメント研究科の博士課程が4月に開設され、2007年からは商学研究科の会計職と研究職のコースも開始される。

(4)文学研究科の修士課程には、国文学専攻に日本語教育学の課程が置かれる。

(5)法学部、法務研究科を中心として法曹を養成しているが、新司法試験で成果をあげた。商学部を中心とする公認会計試験は32年にわたってトップを続けている。

★たしかに各フィールドでアグレッシブな動きを示している。「未来への先導者」として時間と空間を超えて、リーダーシップを発揮しようという大志が明確に実行されてはいる。しかもどんどん実学に突き進んでいるような気がする。これもまた福澤諭吉の精神の継承か。(本間 勇人)

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慶応義塾の社中一致ビジョン(1)

★来年、慶応義塾は開塾以来、150年が経つ。現在創立150年記念事業が推進中で、そのビジョンワードは「未来への先導」である。年頭の挨拶で、安西祐一郎塾長が語ったことを少し見ていこう(「三田評論」2007年2月号に所収)。慶應普通部慶應中等部慶應湘南藤沢は、それぞれ独立自尊の精神を持っていたとしても、慶応義塾の社中一致ビジョンの方向性に包摂されるのは避けられないからだ。

★安西塾長は、慶応義塾を取り巻く現在の国内情勢について、開塾当時の福澤諭吉が直面した混乱、矛盾の時期と相通じるものがあるという認識に立っている。教育基本法の改正で、私立学校の項目が明記されて、私学振興が国家法でうたわれながら、一方で私学の補助金が前年対比で1%削減されるという矛盾した事態を指して、私学にとってたいへん大きな転換の年だと語っている。

★そういう転換時期だからこそ「未来への先導者」として慶応義塾は進まねばならないと。ここには福澤諭吉が「官学の近代の系譜」に対し「私学の近代の系譜」の立場を対峙させた精神を継承しようという覚悟がうかがわれる。

★国際社会においては、ダボス会議(世界経済フォーラム)に集まる世界の主要大学のメンバーとして、国際貢献に関する議論や対話を大学の学長が影響を与える時代がやってきたという認識に立っている。これもまた政財界人主導の国際貢献作りではなく、福澤諭吉の在野がリーダーシップを発揮していくという精神の継承でもある。

★国内外での慶応義塾の「未来への先導者」としてのミッションを高らかに謳ったわけであるが、これは何も慶応義塾に限ったわけではない。こういう高い精神性と使命感を多くの私立学校が持っていることは、当ブログでも述べてきた。このような私学人の思いが、今年の私立中学受験生の急増に影響したのではないか。もちろん深層の部分でだろうが。(本間 勇人)

※私学人の使命感については、以下を参照。

私立学校が継承するもの~麻布の氷上校長語る

聖学院グループの矜持

<回答>中学受験ってどうなの!?(2)

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2007年2月17日 (土)

聖学院グループの矜持

★オール聖学院の先生方は、1つの特徴的な雰囲気を持っている。それは高い矜持の雰囲気である。孤高とはこのことではないかと思う。厳しいプロテスタント的な雰囲気なのだろう。時代の低き流れには、絶対に与しない覚悟でみなぎっている。

★それゆえ教育基本法改正には、2003年に聖学院大学が、2005年に女子聖学院が、2006年に男子の聖学院が、次々と100周年を迎える節目で、異論を唱えてきた。

★しかしながら、この異論を唱える姿は、聖学院の初代校長で、オール聖学院の創設に尽力をつくした若き石川角次郎の構えそのものであったのである。

★石川角次郎は東京の私立共立学校(現在の開成学園で、当時の校長高橋是清に英語を学んでいる)で学び、卒業17歳で東京帝国大学予備門に入学した。当時の東京帝国大学の総理は、加藤弘之であった。加藤弘之はダーヴィニズムの立場から「優勝劣敗」を唱え、富国強兵の正当化理論の基礎をつくり、キリスト教を攻撃した。石川角次郎は、「加藤弘之博士に与う」「愛国者キリスト」と題して、講演において加藤弘之と真っ向から対立したという。

★このときからすでに「官立学校の系譜」と「私立学校の系譜」が緊張感を生んでいた。石川角次郎は、新渡戸稲造の5歳年下、内村鑑三の6歳年下である。つまり同時代人なのであり、高橋是清にも学んでおり、まさに「私学の系譜」を生み出した私学人。

★オール聖学院の矜持の精神と身構えは、この石川角次郎の構えと「私学の系譜」の流れに位置しているのである。

★内村鑑三の弟子南原繁の孫である麻布学園の校長氷上先生の姿も共通の雰囲気があるが、まさに「私学の系譜」の流れという意味で同じなのだ。それは鴎友学園女子の清水校長先生にもあてはまる。東京女子学園の理事長・校長實吉先生(麻布学園出身)も同様である。

★江原素六、福沢諭吉、新島襄、渋沢栄一、少し遅れて生まれてきた高橋是清は「私学の系譜」第一世代。内村鑑三、新渡戸稲造、石川角次郎は、「私学の系譜」第二世代。そして南原繁、矢内原忠雄、河井道、務台理作らは「私学の系譜」第三世代。

★この第三世代が、戦後の教育基本法の法創造に直接間接かかわった。だから今回の教育基本法改正は重要な問題を孕んでいたのである。「勝組負組」「二極化」という加藤弘之の「優勝劣敗」伝説の復活、つまり「官立学校の系譜」の復活を意味する。

★筑波大附属中学出身の星新一はこよなく新渡戸稲造を愛し、かつて「官立学校の系譜」を批判したし、現在では東京大学のポストモダンな文学思想家小森陽一さんなどが、「教育基本法改正」が戦争の道を開く、次は憲法九条の改悪につながると強烈に警鐘を鳴らしている。

★それに比べると、「私学の系譜」第四世代側は、あくまで対話路線と教育の実践という静かな情熱としてのプロテストではあるが、やはり内なる闘争をしかけている。それが「私学の系譜」を保守する私学人の矜持であり、オール聖学院の先生方の構えにも通じる精神である。

★そしてこの「私学の系譜」こそ、欧米の私立学校の精神につながる。聖学院の理事長大木先生及び女子聖学院の小倉校長先生によると、代表的には、この精神は、リヒャルト・クーデンホーフ・カレルギーにつながるという(「キリスト教と諸学」Vol.21,2005 聖学院大学)。

★リヒャルト・クーデンホーフ・カレルギーとはEUの父と呼ばれている。氏の母は日本人ミツコである。氏の父ハインリッヒ・クーデンホーフ・カレルギーは井上円了と夜を徹して議論を楽しんだし、リヒャルト自身、鳩山一郎(母春子は共立女子大の創設者、妻薫も共立女子学園の理事長に就いていた)と親交を深めた。両者の目的は「友愛革命」である。この「友愛」は、共立女子中高の校訓の1つでもある。

★日本において「私学の系譜」のサイズはスモールであるが、世界においてはコスモポリタン的なグローバリゼーションの流れに位置しており、その根は遠くギリシアやローマに伸びている。ソクラテスやセネカの雰囲気とその違いは、おもしろいぐらい私立学校の雰囲気を多様に息づかせる両極である。おっと、ここまでは飛びすぎてしまった。これについては、ミシェル・フーコの晩年の研究「自己のテクノロジー」の探究が鍵だが、浅学の私にはここから先は無理である。「私学の系譜」はやはり私学人が自ら探究する以外にない。オール聖学院の矜持に期待したい。(本間 勇人)

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2007年2月16日 (金)

評価される東京文化中の教育力(3)

「東京文化中」について、調べれば調べるほど、新渡戸稲造の精神が染み渡っていることがわかる。各教科の授業も実に創造的な雰囲気に包まれている。どの教科も必ずリサーチ&プレゼンテーションの思考回路をベースにしている。R&P based Learningとでも仮に呼ぼうか、とにかくこの回路こそ学者であり雄弁な国際人であった新渡戸稲造の探究姿勢そのものである。

★数学などでは、オープンエンドレポートという、正解が1つではない、あるいはいろいろな道筋で正解にたどりつく、オープンエンドなクエスチョンについてR&P based Learningを実施している。このような問いかけは、新渡戸稲造を尊敬していたあの大発明家エジソンの奨学生を選抜する試験問題に通じるし、ビルゲイツの発想にも通じる。

★国際教育とは、英語教育や異文化交流だけではない。太平洋の架け橋にならんとした新渡戸稲造は、雄弁だった。外国語も英語だけではなくドイツ語や他の言語も自在に使えたが、それよりもユーモアがあったと言われている。ユーモアはオープンエンドなクエスチョンそのものである。

★自分を閉じ込めていた偏見や先入観という殻を破壊する笑いは、瞬間的にイマジネーションを生み出す。「東京タワーを金閣寺のように金箔で包み込んでいったら、どれくらいの量の金箔が必要なのか、そしてそのコストはどのくらいかかるのだろうか」などというオープンエンドの問いかけは、ワクワクする。生徒たちは、何をどうやって調べ、仮説を立てていくのだろう。そしてそれぞれの発表は、興味深いが同時に微笑みが広がるものになるのではないだろうか。豊かな発想は、機知に富んでいるものだからだ。(本間 勇人)

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2007年2月15日 (木)

白梅学園清修の見えないカリキュラム

「白梅学園清修」の今年の入学予定者は昨年よりも増え、1クラス増設する見込み。応募者の倍率増については、すでに当ブログ「白梅学園清修の人気の秘密」で述べたが、中学開設2年目にして、応募者増が入学者増に結びついたのには、改めて驚愕。

◆ところで、そこでもう1つ、こんなことを書いた。生徒は生徒手帳にその日のプランや振り返りを書き込み、さらに生徒1人ひとりに対し担任の先生が、毎日メッセージを書いている。この教師力こそ白梅学園清修の目に見えないカリキュラムであると。

◆また、「白梅学園清修の生徒手帳は、六穴手帳。カバーは生徒1人ひとりの好みで、個性を表現」とも書いた。そのときはそれ以上気づかなかったが、NTS教育研究所の所員がこの部分を読んで、写真を送ってくれた。

Photo_22 Photo_23

◆ほんとに生徒の皆さんは、1人ひとり多様な選択判断をしているのだと、これまた改めて驚いた。1人ひとり違う表現、それでいて同じ教育理念の生徒手帳なのである。

◆みんな違って、みんなの思いは1つという白梅学園清修の教育の構築手法はどこから来るのだろうか。いずれにしてもこれもまた見えないカリキュラムの1つである。(本間 勇人)

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2007年2月13日 (火)

評価される東京文化中の教育力(2)

「東京文化中」の学園生活の中で、新渡戸稲造の精神が心の教育という時間以外でも浸透しているシーンがある。それは「沈黙」という時間。授業が始まるときなど、何かを始める前に、1分間ほど「沈黙」するという。

★心は落ちつくし、クラスやメンバーの心を1つにすることができる。新渡戸稲造が国際連盟で議長をしたとき、異なる価値観・考え方・文化を背景に持った各国の代表者たちの気持ちを1つにするための新渡戸流の手法だったようだ。

★たしかにそうなのだろうが、実は新渡戸流儀はクエーカー教流儀なのである。「沈黙」とはクエーカー教の礼拝の1つの形である。「内なる光」を輝かす時空なのである。東京文化中の生徒は、この「内なる光」を内面に燈す創造的瞬間を学園生活でその都度体験しているのである。

★クエーカー教徒にとって、「沈黙」は、他者の声、自然の音、世界の叫び声、神の声に静かに耳を傾ける最強の信仰の構えのはずである。このシンプルで大きな受容力がなければ世界で通用するリーダーシップを発揮できない。世界の架け橋になるには、Talent、Technology、Toleranceという3Tが必要なのである。(本間 勇人)

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評価される東京文化中の教育力(1)

★今年の「東京文化中」の中学入学予定者は、昨年の1.5倍で、ここ数年、徐々に評価されて芽吹いてきたのが、今年ようやく花開いたという感じではないだろうか。いずれにしても同校の世界標準の知と高い倫理が受け入れられる時代がやってきたのである。すでに5回の入試は終わり、残されたチャンスは2月15日の二次試験だが、現状で中学1年生は2クラスでスタートできそうだということである。

★東京文化中の教育方針や教育内容については、同校のホームページが充実しているので、ぜひご覧頂きたい。新渡戸稲造の世界標準の精神を日々振り返りながら、基礎学力と多角的なものの見方や世界の痛みに共感できる情操を授業と多様な行事を通して、生徒たちが体得しているのがよくわかるだろう。

★新渡戸稲造が初代校長でありながら、東京文化中はプロテスタントであるクエーカーを基礎とするミッションスクールではない。新渡戸稲造が設立にかかわったほとんどの私立中高一貫校は、普連土、恵泉のようにミッションスクールであるのに・・・。

★クエーカー教徒である新渡戸稲造の精神を、キリスト教を介さず、どのように教育のクオリティとして持続可能にしていくのかと思っていたが、麻布学園がミッションスクールでなくても、キリスト教信者だった創立者江原素六の精神に学び続けることができるのと同質の教育活動が行われていた。

★心の教育の時間で、新渡戸稲造の考え方を学ぶのもその1つだ。武士道や農業本論に貫徹している国際舞台で活躍するリーダーシップと精神と社会と自然の3領域を貫徹する生態系に基づく平和な国際世界作りの精神を学んでいるのである。

★1900年、新渡戸稲造は「武士道」を書いたが、この書は国際的なベストセラー。後にかの大発明家エジソンも座右の銘にしたほど。1900年といえば、パリ万国博覧会があり、そこで新渡戸稲造は審査員も務めていたようだが、ウイーンでは、あのグスタフ・クリムトが初代会長だったウィーン分離派が第6回分離派展を開催していた。展示された作品はなんと日本を中心とする東洋の古美術。

★19世紀末から第二次世界大戦が始まるまで、日本の文化は新渡戸稲造とともに世界に大きな影響を与えていたのである。1920年、新渡戸は国際連盟事務次長に就任。「武士道」は世界の平和のためのグローバルスタンダードだったのではないだろうか。太平洋、いや世界の架け橋だったはずだ。それを日本は第二次世界大戦で外した。

★9.11以降、世界の平和は再び暗雲立ち込めている。それがゆえに、新渡戸稲造の精神や知恵は、100年経って再び評価されている。そのことの重要性に気づいている高感度な感受性を持った受験生や保護者が東京文化中にたくさん集まってきているのである。日本の、そしてまた世界の知性が東京文化中から生まれることが期待されているのだろう。(本間 勇人)

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武相学園と武相荘

★ここのところ日本のダンディズムの象徴、カントリージェントルマンの典型として白州次郎さんがテレビや書籍で取り上げられている。軽井沢で、本屋に行けば、軽井沢関係者のコーナーに白州次郎さんや白州正子さん関係の書籍が積んである。文化人だから当然だろうぐらいにしか思っていなかったが、そういえば、白州次郎と言えば、GHQと対等に渡り合い、戦後日本の再生に尽力した紳士であった。

★GHQの憲法草案を翻訳したメンバーの1人でもあり、憲法第九条を、押し付けられようが押し付けられまいが、いいものはいいと言った真の護憲派でもある。考えてみれば、今話題になるには、そういう大きな理由があったのだ。また妻であり作家である白州正子さんの日本の文化に対する目線も重要だ。人に忘れられたような寺社や街道を、丁寧に表現し続けたからだ。

★あるテレビ番組を2つ見かけて(どちらも通して見たわけではないので、どこの番組だったかも記憶にない)、町田市鶴川にある白州邸の名称が「武相荘」であるということに今更ながら気がついた。「武相荘のサイト」にはこうある。

★「1942(昭和17)年 次郎40歳/正子32歳 : 10月、日本の敗戦と食糧危機を見越して東京郊外鶴川村(現、東京都町田市能ケ谷町1284)に、茅葺きの農家を購入。武蔵と相模の国境いに位置することから、無愛想をもじって『武相荘』と名づける」と。

★エッ!驚いた。フリー百科事典Wikipediaによると、「1942年(昭和17年)、考古学者で歴史家でもあった石野瑛が、青少年教育の重要性を感じ、港北区篠原町富士塚に旧制武相中学校創立。その後、生徒と共に原野であった松風台(現・武相台)を開拓し移転。当時この場所は見晴らしが良く、旧国名の武蔵国と相模国が一望できたことからその頭文字を一字ずつ取って校名にした」とあるからだ。

★創立者石野瑛先生が考古学者で歴史家であったのであれば、白州次郎さんか正子さんのどちらかとは知り合いだったかもしれない。互いの地理的条件について話し合ったかもしれない。それは全くの憶測にすぎないが、居場所に対する思いや視点が白州次郎さんと石野瑛先生とは同じだったということであろう。

★石野瑛先生も白州夫妻も日本の文化を深く理解していたことも共通している。武相学園は男子校である。両者に関係があろうがなかろうが、今後は白州次郎さんのダンディズムと武相学園がどうしても重なってしまう。(本間 勇人)

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2007年2月 3日 (土)

《よい学習環境》を創る学校で子どもは成長する

大学実績が伸びている学校は必ずしも《よい学習環境》を整えてはいない。
しかし、《よい学習環境》を創ることは大学進学実績を伸ばす十分条件である。

「教育改革の町」愛知県犬山市の成果が公表された。教育委員会と東京大学基礎学力研究開発センターの協力のもとで改革の評価について研究され、岩波ブックレット№685で発表。

教育改革は概ね成功で、特に生徒たちによる「学び合い」の授業の開発が高く評価され、「教師同僚性」の組織活性化に期待がかけられている。この2点は意外にも学校教育において斬新だという。20世紀末からインターネットの普及が加速し、組織も縦構造からフラット構造社会へシフト。しかし、学校教育においてはこれからだということか。

授業の中で教師が一方向的に教え込むだけではなくそこに生徒同士による話し合いを入れたり、教師同士の協力関係を密にしたりということは、実は先進諸国でも「学級雰囲気」を良くすることで、成熟した教育を意味する。

このような成熟した質の高い教育を標榜し実践している私立中高一貫校の一つに聖セシリアがある。修道会を持たないカトリック学校がゆえに、歴史的にピラミッド組織というよりも柔軟な協働的組織になっている。教師も生徒も保護者も、互いにオープンな関係を作り上げ、同じ高さの目線でコミュニケーションできる環境を創るプログラムを作り上げている。

「オリエンテーション合宿」「フレッシュマンセミナー」「サマーセミナー」「キャリアガイダンス」などがそれだ。夢や希望を育てることや女性と仕事、タフな精神を持つこと、自己とは何か、善く生きるとは何かなどについて話し合い、自分で考えを深めていくプログラムである。

そして、このコミュニケーションの環境を教科学習で「言語教育」に高めていくという重層構造になっている。

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このような《よい学習環境》を学校全体で一丸となって創っていける学校だからこそ、大学進学実績も毎年目覚ましい成果をあげている。

愛の心豊かに、社会において共に生きる精神が育つ《よい学習環境》を六年間一貫教育の中で内在化させることこそ、子どもたちにとって生きる支えになるのである。

Hot0612_11_2 聖セシリアのルルドの聖母マリアは隣接している小学部の正門にある。中高生にとってはふだんその存在に気づかない。小学生にとっても、通学時は生徒たちの背後に隠れるためにわからない。しかし、下校時聖母マリアの存在に気づく。聖母の目線はいつも聖セシリアの子供たちを見守る位置にあるのだ。他のカトリック学校とは違って、あっここで見守っていてくださっているということに気づく空間を創っているのも聖セシリアのプログラムデザイン力の特徴。

[初出:NettyLandかわら版12月号]
(本間 勇人)

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2007年2月 1日 (木)

横浜女学院の優しい眼差し

◆今年も横浜女学院を受験する生徒がたくさんいる。「横浜女学院」の魅力は「優しい風が吹く学校です」という在校生の言葉に表れている。

◆そして、「深川和正先生追悼文集」を拝読して、そのことを改めて思い知った。深川校長先生は、昨年10月31日、突然60歳の生涯を閉じられた。私はかつて、横浜女学院のおもてなしを「世界の果てから久しぶりに帰ってきた自分の息子を出迎えるかのようなおもてなし」と表現したが、このように迎えてくださった先生こそ、深川校長先生だった。

◆初めて学校に伺ったときのことである。正門でずっと待っていてくださり、迎え入れてくださったのだ。そして語り合いながら、学校を案内してくださった。休み時間には、在校生と擦れ違ったのだが、そのときの瞬間の心の通い合いに、なんともいえぬ心地良さを感じたことを覚えている。

◆まさに「優しい風が吹」いていたのだ。生徒たちが書いた追悼文にも、優しい風が吹いている。「深川校長先生は、いつも階段などですれ違う時、笑顔で『こんにちは』と声をかけてくださいました」「優しい笑顔で見守ってくださり、ありがとうございました」「私達の教室の前をお通りになるたびに、明るい声であいさつしてくださったことがとても印象に残っていて、また嬉しかったです」「一番印象が強いのは、八学会です。私たちと一緒に、ついてきてくださったことを、はっきりと覚えています」「深川校長先生は心から私達生徒を大切に思う方でした。中3でニュージーランドへ行った時、生徒が心配で日本から先に出発して下さっていた事を覚えています」「優しく元気な先生は天国でも愛され続けられていることと思います」「突然の訃報に驚きました。私は前日に擦れ違い笑顔で挨拶をして下さっていたからです」・・・。

◆「追悼文集」を読みながら、生きるとは人々の心の中で優しい風となることなのかもしれないと感じた。突然天に召された深川校長先生は、身を持って、生徒たちに永遠の瞬間を体験させた。これは巧んでできるものではない。深川校長先生の優しい眼差しは、いつまでも横浜女学院を見守っていることだろう。(本間 勇人)

優しさの風薫る横浜女学院中学校(1)

優しさの風薫る横浜女学院中学校(2)

優しさの風薫る横浜女学院中学校(3)

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2007年1月30日 (火)

白梅学園清修の人気の秘密(2)

前回は、白梅学園清修の生徒手帳が生徒と教師のファシリテーションのメディアになっていることを話したが、今度は木目細かいコーチングのケース。

★スピーチコンテストを実施するための事前準備の木目の細やかさに驚く。まずスピーチとは何か、文章の論理とは何かを講義。

★そして、生徒たちは、自分で決めたテーマで書いた文章を教師に提出。教師は論理展開や説得性について指摘。4回以上のやりとりになるという。ここでは英語科の教師だけではなく、国語科の教師も協力する。

★やっと日本語の文章ができたところで、翻訳の作業。ここで再び壁。英語力の問題というより、日本語では論理的だと思っていても、英語に転換するとき、まだまだ思考があいまいであることに気づく。1つひとつの主張を明快にしていく作業を教師と生徒で七転八起。

★さて、こうしてできあがった英文。ここまでで十分木目細かいが、目標はスピーチコンテスト。発音の練習をしなければならない。ここがまた凄まじい。生徒の英文は、言うまでもなく、1人ひとり違う。

★ネイティブスピーカーのシャーリー先生は、そんなことには構わず、1人ひとりの英文の模範スピーチをパソコンに録音。そしてメールで各家庭に配信する。白梅学園清修のサイトを見ればわかるように、ネット上に保護者連絡システムを構築しているから、かくのように速やかにできる。

★生徒1人ひとりの多様性に本当にコーチング手法で対応している夢のようなケースではあるまいか。私が聞きだすまで、先生方は、このような教育活動は当然だと思っていたようだ。私がどうして驚愕しているか、ピンときていないようだった。人気の秘密はこの広報として巧まぬ教育への情熱が伝わっているということなのだろう。

(本間 勇人)

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白梅学園清修の人気の秘密

Photo_20 ◆今年の白梅学園清修の応募者数は、全体で昨年比123.4%(今年総数253人、昨年205人:2007年1月29日現在) 。英語の独自のカリキュラム、エリアコラボレーションのように他校とは全く違う部活に替わる活動の新開発、イギリスの研修旅行・・・。数々のユニークで魅力的でダイナミックなプログラムの開発が学校選択者に評価されているのだろう。

◆単純にそう思っていたが、それだけではなかったのである。白梅学園清修の生徒手帳は、六穴手帳。カバーは生徒1人ひとりの好みで、個性を表現できるが、中身の一部を拝見すると、なんと放課後から帰宅後のスケジュールを記載するページがあるではないか。

◆生徒たちは、毎日気づいたことを書いている。家庭学習、家の手伝いをどれくらいしたのか、就寝時間はいつなのか、他に何をしたのか、その時間はどれくらいなのか、振り返るシンプルなボックスまである。この手帳の中身の発想はスタンフォード大学の手帳だと柴田教頭先生。

◆なるほどと思いながら、生徒の使っている手帳を拝見していると、毎日生徒以外の文字が書き込んである。これは何かと尋ねると、担任の先生が毎日メッセージを書いているというではないか。

◆これこそ見えないカリキュラム。こういう努力が白梅学園清修の新しい歴史を形成しているのである。(本間 勇人)

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2007年1月28日 (日)

「ダーウィンの悪夢」を乗り超える横須賀学院

「ダーウィンの悪夢」というドキュメンタリー映画が話題になっている。日本のレストランで名前が明示されていない白身の魚を食すことも多いだろうが、たいていはアフリカ・ビクトリア湖で大量に繁殖しているナイルパーチというスズキの仲間の魚らしい。2メートルにも成長するという。

◆ビクトリア湖はもともと「ダーウィンの箱庭」と呼ばれていたが、食用のためにナイルパーチが放流されてからというものすっかり生態系が変わってしまったという。どこかブラックバスに似ているが、ことは自然の生態系破壊だけではなかった。ビクトリア湖周辺の貧困問題やエイズ、ドラッグ問題など社会や精神の生態系まで破壊してしまったという重大な問題が発生している。

◆このことについて、横須賀学院秋元先生は、日本の食に世界の貧困問題を見抜く学習プログラムを創っているそうである。詳しくは朝日新聞(2006年12月29日)やこのことについて触れている「人間学を学ぶブログ~こころは超臨界」「ほぼ日刊イトイ新聞」を参照していただきたい。

◆もともと明治以降の日本の近代化路線は、官僚型近代化路線ともう1つの私学の理念型近代化路線があるというコンセプトをベースにしていたところ、最近麻布学園の氷上校長先生の江原素六に学ぶ話を聞いて、さらに確信を抱いていただけに、「ダーウィンの悪夢」に代表される官僚型近代化の系譜に対峙する横須賀学院というプロテスタント校の教育活動に代表される私学の理念型近代化の系譜という考え方がぴたりと当てはまってしまったのである。

◆横須賀学院は、もともと青山学院の分校の跡地に、キリスト教主義の精神をこの地から忘却させてはならないという意志のもと創立された。それは青山学院の精神という以上に「官僚型近代化=富国強兵の系譜」に対峙する(あるいは乗り超える)「理念型近代化=私学の系譜」を横須賀の地に継承しようということだったのではないだろうか。

※参考→横須賀学院の挑戦について

◆「富国強兵の系譜」は、東大初総理加藤弘之のダーヴィニズムを基礎とする「優勝劣敗」につながる。その時代、福沢諭吉、新島襄、江原素六、高橋是清、新渡戸稲造、内村鑑三は、私学の精神を創造した。多くの私立学校が今もこの系譜に続いている。

◆自分の子供たちの未来が平和で明るく自由な雰囲気の社会に開かれていることを祈らない親がいるだろうか。私立学校の入試が始まっている今、改めて子供たちの心と身体と知の豊かさを保守する環境を選択することの重要性を感じないではいられない。(本間 勇人)

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2007年1月27日 (土)

私立学校が継承するもの~麻布の氷上校長語る

◆1月20日(土)、早稲田地区のとある会館で、セミナーがあった。麻布学園の校長氷上信廣先生が、「江原素六に学ぶ~教育が直面している問題に向き合って~」というテーマで講演された。

◆教育基本法改正がもたらす教育問題の拡大への懸念と私学の建学者江原素六の精神を継承することがこの改正の負の部分を阻止することにつながるという信念と壮大な歴史的スペクタルを一時間半語られた。

◆講演の全貌はまた別の機会にまとめてみたいが、大事なことは、戦後の教育基本法は、私学の知恵を結集して作られたという事実である。そして、ここでいう私学の知恵とは第一世代の知恵のことであり、戦後の教育基本法は、その知恵を継承する第三世代に受け継がれたと氷上先生は仮説を立てている。

◆第一世代とは、福沢諭吉、江原素六、新島襄である。そのあとやや遅れて高橋是清が誕生し、彼らの精神を継承する第二世代として、内村鑑三、新渡戸稲造、石川角次郎が続く。そしてさらにそれらを継承するのが田中耕太郎、天野天佑、河井道、務台理作、矢内原忠雄、南原繁・・・などである。第三世代こそ直接間接、戦後の教育基本法を作った先達である。

◆ところがこの教育基本法が改正となった。これは実に危ういというのである。氷上先生によると、この改正の動きは、今始まったわけではなく、教育基本法が施行されるや、すぐに改正の動きが始まりずっと続いていたのである。

◆要するに、私学の知恵の継承と並行して、対峙側の知恵も継承されていたのである。では、対峙側の第一世代は誰なのか。それは加藤弘之である。東大初代総理に就任し、ダーヴィニズムを思想的背景とし、「優勝劣敗」なるキーワードで、富国強兵の理論を構築した。これによって、キリスト教学校や私学は相当国家から圧力をかけられることになる。

◆加藤弘之は福沢諭吉よりも1歳若く、福沢が没した後15年生きている。官学と私学の知恵のぶつかり合いは、江戸幕府から明治維新に大転換する時期に既に生まれていたのである。

◆この時に生まれた私学側の知恵を、南原繁(南原先生自身内村鑑三の弟子。丸山真男は南原繁の弟子。)の孫である氷上校長先生は、第5世代として継承されているのである。そしてそれを麻布の生徒たちはまた継承していく。その継承する方法が、麻布のカリキュラムである。これはいずれまた。(本間 勇人)

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2007年1月24日 (水)

女子聖学院の行事の創造性

★今年の「女子聖学院」の中学入試の出願状況は好調。生徒募集が上手くいく理由は、大学進学実績という結果の向上とか、生徒の成長を促す自己実現プログラムの充実とか、学校説明会での表現力が豊かであるとか、論文指導が徹底されているとか多くのポイントがある。

★しかしながら、それらを企画・運営しているのは、結局のところ教師である。したがって、いかに教師陣が創造的な力とその実現力を有しているか、またそのためにコラボレーションできるかが要である。

★その点女子聖学院は、創造的なコミュニケーション能力を有している教師の層が厚く、そのチームワークの質は高い。

★まず学校行事と教科学習のリンクの学習環境設計は見事である。国語と国語科鑑賞、社会と社会科見学旅行や裁判所見学、理科と理科見学旅行、英語とアメリカホームステイ、聖書と平和教育や礼拝、数学とパソコン教室や軽井沢教室など、≪体験と議論と論理と表現と振り返り≫という学びの回路が各教科の中で展開している。

★そして当然ながら各教科どうしが体験の中でそれぞれの学びの回路をリンクさせる。京都や奈良に見学旅行にでかければ、当然司馬遼太郎流儀のストーリーがリンクするし、万葉集などもリンクする。理科見学旅行では、地学、物理、生物、化学に対応する環境に出かけるが、当然そこでは地理学の素養が必要になってくるし、環境問題的視野も広がっていく。食料問題や経済問題にもつながっていく。

★これらの旅行は、日本の文化を深く知ることになり、海外研修のベースにもなる。このような教科を超えたつながりを意識してプログラムを作っている教師の営みを創造的と言わずして何と言うのだろうか。

★そして大事なことは、このように、ぶどうの樹のようにつながっているプログラムが、生徒たちの進路決定のきっかけになっているということである。教育の質とは、このような複雑なつながりを創っていく教師の質がそのまま反映している。だから受験生が集まるのではないだろうか。(本間 勇人)

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2007年1月20日 (土)

大学進学実績に結実する教育力

学校選択の指標として、大学進学実績は1つのポイントであるが、その実績の背景にある教育力も見逃すことはできない。

海城学園鷗友学園女子と言えば、優れた大学進学実績を出しているが、同時に進学指導以外にも幅広い教育実践をしていることで有名である。
授業方法は進歩的だし、教育空間も生徒たちに知的刺激を与える仕掛けがデザインされており、学内の雰囲気はクリエイティブそのもの。

このようにクリエイティブな雰囲気があるがゆえに進学実績が伸びているという私学に、八雲学園がある。
平成17年の卒業生のうち、いわゆるMARCH以上の大学に進学したのは23%。平成18年は33%。彼女たちが入学した当時のMARCH以上の実績は10%に満たなかったはず。この飛躍の背景には八雲学園の柔軟で強固な教育力がある。

法政大学キャリアデザイン学科に進学したMさんは、誰にでも笑顔で接する生徒だった。それだけに自分でも気づかないストレスを感じていたはずだが、チューター方式のおかげで、先生と常に対話する機会があった。
そしてクラブや行事などを通して、Mさんは多くの友人にサポートされた。そのおかげで、高校3年間ずっと総務委員(いわゆる学級委員)を務められ、文化祭本部委員長もやりとげることができたという。

横山先生は「八雲学園では、リーダーシップを発揮する機会はすべての生徒に開かれており、友人から支えられるリーダーが育ちます」と語る。八雲学園では自分勝手でいてはまずリーダーにはなれない。周りから受け入れられる人格でなければならないという。
Mさんは高2の時に「決勝を目の前にしておしるこの甘さの中に溶けこむ緊張」と詠んだ。6年間リーダーを果たしてきたMさんにとって、開放感と緊張感のモード切り替えは重要だった。高3の文化祭まで青春を謳歌し、その後進学準備に集中して見事合格。

慶応大学法学部に進学したTさんは、物静かな性格だが、茶道部の部長役を果たし、今では師範になっているほど道を極めている。
高3時の読書感想文の中で、泉鏡花の「異界」の世界が、不可知のものを排除してきた合理的近代人にある充実した感覚をもたらすということに気づいていたほど。この道という心的構えによって受験準備は支えられたとTさん自身自覚している。

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動と静のダイナミズムを生み出す八雲学園の教育力。大学進学実績が伸びるのもうなずける。

[初出:NettyLandかわら版11月号]
(本間勇人)

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2007年1月19日 (金)

聖園女学院の美術

★2007年1月16日(火)~21日(日)の期間、藤沢市民ギャラリー(藤沢駅北口 ルミネプラザ6F)で、「第20回藤沢市高等学校美術展」が開催されている。14校のうち私立中高一貫校は3校で、その中に聖園女学院が入っている。

聖園女学院の美術のシラバスは、よく練られていて、ある意味ハーバード大学のハワード・ガードナー教授のMultiple Intelligences(MI)理論を包含している。美術を通して、様々な知性や感性を育むことができる。

★様々な知性の中に世界の関係の中に自らを投じる自己を感じるものの見方が入っているが、まさに自己を多重のレイアーの中で見つける自己を見いだす感性を養うのが聖園女学院の美術ではないだろうか。

★その成果がこの美術展で展示されている。通り一遍に解釈された世界を自ら切り取る反解釈の写真の感性はおもしろい。パブリックアートの計画案という空間デザインは、かなりショッキングな世界の向こうからやってくるメッセージを捉えている作品が並んでいた。繊細だが大胆なものも。パッケージを自ら創り、それを自らプロデュースするポスターを作るという自己を自己がアウトプットする自己形成を美術の中で実践している。

★日本絵画の模写もすごい。今では日本絵画の手法は日常的ではないはず。だから模写を描く過程は試行錯誤の連続だったはずだ。東山魁夷の「ニュールンベルグの窓」は二重に難しい。日本画だが洋画でもあるその風景。しかも透明の窓ガラスを描くのはなんて難しいのだろう。網膜に映ったものをただ写すだけなのだが、それが難しい。「映す」から「写す」への変換の手作業と色の創出。想像しただけで気が遠くなる。

★その気が遠くなる作業に没頭している自己を再び思い出しながら自らの作品にコメントを添える自分はいったいいかなる存在なのだろう。作品はシンプルだがそこに至るまでの過程で無限の自己が出現している。それを1つひとつ確認する作業こそ聖園女学院の美術の深さだな。そんなことを思いながら作品を鑑賞していた。(本間 勇人)

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2007年1月18日 (木)

慶應中等部の教育空間の意味

★学校選択において教育空間の意味については、まだまだ十分に認知されていない。新校舎はきれいだから、最初は目をひくが、そのうち学校の魅力を表現しなくなるぐらいに考えられているのではないだろうか。

★ところが、教育空間は、建学の精神が浸透するように巧まれているし、生徒の身体に影響するのは言うまでもなく、精神にも影響するように設計されているものだ。そして見逃してはならないのは、社会性や学びの姿勢にも大いに影響する。

★残念ながらその点に関して、きちんと認識され、それが表現されているという情報編集が、学校側からもほとんどなされていない。

★さすがに駒場東邦や開成、晃華学園にはそういう意識をはっきりお持ちになっている先生方がいる。学校選択者は必ずしもこれらの学校の説明会にいかないので、そのような視点がなかなか養われない。

★おそらく教育空間の意味について、学校説明会できちんと認識させられるのは受験生のうち10%の選択者に過ぎないだろう。

★何とかこの点に関して理解を広められるケースはないかと思いながら、「三田評論2007年1月号」を眺めていたところ、慶應中等部の大澤輝嘉先生の「慶應義塾と谷口吉郎」という論文が目に入ってきた。

★そうだ、谷口吉郎といえば、慶應幼稚舎から慶応大学まで建築設計にかかわった建築家だった。慶応大学のケースだと、私立中学の選択者ならみな興味と関心を持つだろう。

★福沢諭吉は多くの人々と対話と議論をする空間を重要だと考えていたという。その精神をイサム・ノグチと谷口吉郎が空間として再現したのが、あの「萬來舎」。そういう意味では谷口吉郎は福沢諭吉の精神をいかに空間の中に埋め込むか考えつづけていたに違いない。

★慶応大学の建築物は、萬來舎さえそうであるが、外観は何の変哲もない箱型である。しかし、それは、大澤先生によると、谷口吉郎の建築美に対するビジョンでもある。「外観などは問題外視」でよく、「内部の要求を如何に満足せしめるか、この点が即ち外観を形成する要素となって、つまり、外観は内部における要求そのままの現われに過ぎない」のだそうである。

★実用性優先というのは福沢諭吉の精神そのものではないか。このような視点で慶應中等部や慶応大学を訪れてみると、教育空間を見て、その学校のビジョンや教育の質が見えてくるかもしれない。

★ちなみに、谷口吉郎の息子はあの谷口吉生。ニューヨーク近代美術館(MoMA)の新館のデザイン、土門拳記念館、東京国立博物館法隆寺宝物館の設計は谷口吉生による。慶應の土壌が国際舞台で活躍する設計者を生んでいる。しかもその精神は福沢諭吉の背景にある日本の原風景でもある。慶應の教育空間は、歴史と伝統と精神とそして未来を伝えている。(本間 勇人)

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共立女子の帰国生入試人気上昇

「共立女子」の帰国生入試の結果がでた。今年の志願者は70名で前年対比129.6%。合格者は47名で、手続き者は42名(前年対比107.7%)。

★全員進学するかどうかはわからないが、在校生の中で10%は帰国生。来年はさらに伸びるとすると、来年か再来年かには13%を超える可能性もある。

★この13%というのは、ある集団に対し影響を与える数だと言われている。共立女子のさらなる変化が、帰国生入試の導入によってもたらされる可能性が見えてきた。

★日本文化とグローバリゼーション。もともと鹿島建設や戦後の日本の政治にも大きな影響を与えた<EUの父リヒャルト・クーディンホーフ・カレルギー>の友愛革命コンセプトを継承している共立女子ならではの動きではある。

★リヒャルト・クーデンホーフ・カレルギーの父はハインリッヒ・クーデンホーフ・カレルギーで母は日本人の光子である。日本の文化とヨーロッパの文化を絆を大事にしていた。共立女子の校訓「誠実・勤勉・友愛」にEUの根源的思想と通じる精神が込められているのかもしれない。

※参照→共立女子の歴史性     (本間 勇人)

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2007年1月14日 (日)

脳科学が自由学園の新しさを見いだす

◆1月11日、自由学園女子で興味深い講演会が催された。脳研究者の一人者である小泉英明さんによる講演であった。小泉さんはローマ法王庁科学アカデミーで講演もされているほど。

◆女子部の在校生(一部他のイベントで参加できなかった)全員と、教職員が、小泉さんの講演に耳を傾けた。テーマは「脳科学と教育」で、脳科学を通してみると、いろいろな常識が崩れていくのだが、小泉さんは自由学園が農園を教師と生徒がいっしょに育てていることや料理を自分たちで創っている教育を、脳の進化/真価にたいへん意味があることだと評価もした。

◆遺伝子や前頭前野は、外部の刺激を受けて初めて成長する。しかも働きによっては幼い頃の一定の時期=臨界期までに刺激を与えていないと、働かなくなる場合がある。豊かな実体験は重要であることを強調。たとえば、猫が臨界期を過ぎるまで、縦縞の空間だけで生活していると、横縞を認識できなくなるという話はインパクトがあった。おそらく人間もそうだろうと。もちろん実験ができないから仮説ではあるが。

◆しかし、ここで終わっては人間の脳は進化しない。外部から情報をインプットしてアウトプットするまでにアルゴリズムが働く。つまり試行錯誤で中枢神経がガチャガチャやるわけだ。その一見非合理的なプロセスとアウトプットの後のフィードバックの循環が、目に見えない兆という単位をはるかに超えたニューロンを水面下で発達させるのだと。

◆この何兆というニューロンの働きは、いわばフロイトが発見したエスとかイド。つまり意識下。実体験とアルゴリズムとフィードバックの循環からあるとき「なるほど」という発見がここから生まれる。天才のひらめきというやつ。あるいは芸術家のセンス。

◆女子部の生徒の中にはこのメカニズムに興味を持った生徒もいた。なるほど鋭い。ピカソの後期の絵は、インプットやアウトプットの段階のものではなく、おそらくアルゴリズムで一回解体されて、要素分解されているシーンなのではないかと脳科学でも注目されているという。なぜなら、モデルを知らない人が見たら、通常の人間の形には見えないが、モデルが誰か知っている人が見ると、まさにモデルそのものだと実感するからだという。

◆小泉さんはfMRIや近赤外分光トポグラフィを最初に使って脳科学の論文を発表している。OECD/PISAでも脳科学を導入しており、そのプロジェクトの中心人物は小泉さん。

◆教育の分野にこの技術と脳科学を入れることで、教育にも科学が導入できる。さてこの科学を導入したら、何が正しい教育なのか、教育の質の分析のゆくえなどに1つの解答がくだるだろう。自由学園の教育の質の良さが証明されるときでもある。自由学園の新たな教育戦略の宣言の日。それが今回の女子部挙げての講演会だったのではあるまいか。(本間 勇人)

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白梅学園清修の最終学校説明会

★1月13日、白梅学園清修の最終学校説明会が開催された。参加者は250人を超えたそうだ。昨年の倍以上の参加者数である。どうしてこんなに勢いが良いのか。

★それは各回の説明会で参加者に感動を生み出す夢を語り、それを1つひとつ実現して見せて来たところに理由があるのだと思う。

★最終学校説明会で在校生の父親が、受験生とその保護者に贈った励ましの言葉にもそれは象徴されていたのではないだろうか。聞くところによると、在校生のお父さんは昨年の入学式でも話されていて、そのときに「こんなにいろいろな体験と考える時間を用意している学校は他にない。計画が本当に実行されたなら、化けるのではないか」と喜びを表し同時にプレッシャーを学校側にきちんと表明されたという。

★その在校生のお父さんが、「夢をいっぱい計画している学校です。そして今のところ全部実行してくれています。安心して自分の娘を預けられる学校です。」というような学校の紹介をしたそうだ。これは保護者から学校に対する最高の評価に他ならない。

★そしてさらに受験生に「睡眠を十分とりましょうね。身体の健康のためということもありますが、脳の働きが低下しないようにね。」とぜひ白梅学園清修に入学してきてほしいという心に響く言葉を贈ったそうだ。そのお父さんの職業が職業だけに、会場では信頼の雰囲気もさっと広がったということである。

★涙の説明会となったのは、在校生のプレゼンテーション。在校生は入学早々、ディスカッションとプレゼンテーションの環境にあるから、原稿を用意して読み上げるということはしない。その場その場の雰囲気を察知して、語りかけていくスタイル。つまりハイタッチな感覚の在校生が多い。

★「私は何度も受験をあきらめようと思いました。迷っているときに、両親が私の目を見つめ、励ましてくれました。受験当日は父は仕事を休んで、いっしょに受験会場に来てくれたし、終わるまで待っていてくれました。受験をしてよかったと思っています。そして両親に感謝の気持ちでいっぱいです。」というようなことを受験生とその保護者に贈ったそうだ。受験生の親の心には直球だったに違いない。

★私は残念ながらこの説明会に参加していない。信頼すべき友人から興奮した電話がかかってきて、そこから知りうる範囲での情報で組み立てたにすぎない。参加していたら、もっと感動の物語を分けてもらえたかもしれないが、まだまだ受験本番とその直後の感動的な物語が待っている。楽しみである。(本間 勇人)

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2007年1月11日 (木)

淑徳巣鴨が伸びているわけ

「淑徳巣鴨中」は大学進学実績も中学応募者数も伸びている。両者の実績は今年も記録を更新すると内外から予測されている。

◆その理由は、健筆を揮う校長中川武夫先生が就任以来、明快・簡潔で感銘を与えるビジョンと戦略を発信し、それを着実に実行しているところにあるというところまでは理解していたつもりであった。その点について、かつて何回か「ホンマノノオト」でも触れてきた。

 ※参照→「ホンマノオト2003年7月18日」「ホンマノオト2005年5月25日

◆しかし、今回進路指導委員会主任の橋本恭先生のお話をお聞きする機会があり、さらになるほどと合点がいった。というのも一般に、進路指導部の先生方は、広報的な発想を持たないというか、それは広報部の仕事としてあえて抑えるかどちらかであるが、橋本先生は、進路指導の活動の一環として、教務の内容やイベントなどの特別活動、広報活動をつなげていくプロデュース型の言動をとる方だったのだ。

◆進路指導をやっていくには、各教科の内容や教え方を知らねばならないという思いから、ご自分の教えている教科以外の先生方と情報を共有していくという。

◆「スポンサー講座」「BSC(ブライト・サタデー・クラブ:OB/OGの協力を得ている)」などの外部講師や外部スタッフを巻き込む多様なプログラムの仕掛け人でもある。

◆キャリア・デザイン・教育においては、職業や仕事の情報の前に、学部・学科という大学の研究をするチャンスも組み立て、大学進学の意義とモチベーションをアップする行動家でもある。

◆そして、進路指導の充実と成果のためには、入学してくる時点の受け入れ態勢が極めて重要であるという考えも持っている。生徒はみんな好奇心を持った人間であるという信念から、起きているときも眠っているときも寸暇を惜しまず、生徒のタレントを引き出し開花する環境も緻密に組み立てている。

◆中川校長先生が明快な論を展開するアグレッシブなリーダーであると同時に健筆を揮うほどの研究者でもあることも大きな理由であるが、淑徳巣鴨の教職員と生徒が学び合う組織として成長しているというのも伸びている見えない理由であり、その背景に組織の絆を縦横無尽に結びつけるパワフルな人材がいるということもまた大事な理由だったのである。(本間 勇人)

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2007年1月 9日 (火)

星城中学校~私立中高一貫校の星

◆2年前から「センター模試」は本格的に全国で実施するようになった。関東・関西・四国・九州には日能研があるので、すでに展開していたが、名古屋は一部実施であった。

◆しかし、名古屋は埼玉と同じくらい私立中高一貫受験生がいるので、本格的に実施展開をするようになった。そのおかげで、名古屋の私立中高一貫校の先生方のお話をお聞きする機会も増えた。

◆名古屋駅から電車で20分のところに、星城中という私立学校がある。理事長の名前が石田正城だから、まさに石田学園(学校法人名古屋石田学園だから当たり前ではあるが)。同学園の創設者は、石田鏇徳(せんとく)先生。今の理事長はそのご子息で、二代目。

◆二代目というのは、創立の精神を引き継ぐのが難しいというのが世の習いだとよく言われるが、それがまったく違うのである。むしろ引き継ぎさらに発展させている。不易流行のモデル校なのであった。

◆内観法、スポーツ、芸術、国際教育(中国とオーストラリア)、学力というあらゆる教育環境をバランスよく整えているのである。入学してくる生徒は知性と感性において偏差値50以上(模擬試験の偏差値とは若干違いがある。もちろん学力的には偏差値50以上)の生徒ばかり。したがって、中学の在籍数は88名と少人数。

◆しかし、これは欧米のプレップスクールやパブリックスクールでは当たり前の数。石田理事長の見識は広くて深い。海外の教育事情も詳細に知っているし、何といっても驚いたのは、東京の私立学校について、大変詳しいのである。

◆日本女子、中村のような器楽合奏、共立女子のような美術教育、世田谷学園や藤嶺藤沢のように「道」を追究するチャンスなどが、総合的に組み立てられている。そして成功しているのである。そうそう、あのソフトボールの馬淵智子選手も石田学園出身。

◆石田理事長に成功の秘訣は何かと聞いてみた。すると「建学の精神を、教職員と生徒に浸透させる努力。それ以外にないですね。」と即答された。

◆たしかに、学校説明会は、司会からプレゼン、運営まで有志生徒22名によって行われた。先生方は必要に応じて、司会の生徒に呼ばれ、プレゼンする。先生の特徴をつかんで紹介しながらの演出には驚いた。八雲学園の生徒によるイングリッシュ・パフォーマンスもインパクトがあるが、それに匹敵する衝撃が走った。

◆生徒たちも、自分たちの学校の説明をするが、それは慶應普通部が合同説明会のときに見せた生徒の紹介に似ていた。星城中のブレイン三根先生は、オーストラリアの研修に生徒といっしょにいくというので、たいへんですねと聞くと、「いやぁ、生徒が英語ができるから、僕は付いていくだけだよ」と微笑みながら語られた。

◆ものごとを斜めに見る習性がある私でも、素直に理想郷があったと感嘆せずにはいられなかった。(本間 勇人)

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2006年12月30日 (土)

晃華学園の科学の芽

「晃華学園」の探究活動は有名である。私立学校関係者の間だけではなく、全国的に有名なのである。その理由は、13年間続いている科学同好会の研究活動によることが大きいだろう。特に「ワラジムシ」研究は、生物学的価値の高いもののようだ。

◆今年(2006年)もこの業績は、「第5回神奈川大学全国高校生理科・科学論文大賞」で優秀賞を受賞し、さらに団体奨励賞という形で称えられている。

◆また、朝日新聞社主催、関係各省・学会後援の「第4回ジャパン・サイエンス・エンジニアリング・チャレンジ~高校生"科学技術"チャレンジ(JSEC2006)」でも、晃華学園の高校1年生が「文部科学大臣賞」「YKK特別省」を受賞。そして科学同好会は「優秀指導学校部門賞」を受賞している。

◆このJSECの名誉アドバイザーは小柴昌駿さん。科学を探究する生徒たちを激励する。

「本格的な科学の研究は、何年、何十年という長い間の努力が必要です。その過程では困難なこともたくさんあります。その研究が、自分が本当にやりたいことではなかったら、途中で投げ出すことになってしまうことが多いのです。逆に自分が本当にやりたいことは、どんなに続けてもくたびれないし、困難に遭遇してもやめようとは思いません。なんとか乗り切ろうという気持ちがわいてきます。そして本当にやりたいことをやっていれば、賞は自然にもらえるようになるものです。私も最初からノーベル賞を取ろうと思っていたわけではなくて、好奇心のおもむくままにやりたいことをやってきただけなんです。・・・みなさんには、心の底から好きなこと、やりたいと思えることを、早く見つけてほしいと思います。そのためには、いろいろなことを自分で試してみる必要があります。失敗を恐れずに、いろいろなことに挑戦して、初めて自分にぴったりなものが見つかります。JSECのようなコンテストを、そのような場として利用するのもいいでしょう。みなさんのこれからの活躍を楽しみにしています。」

◆晃華学園教頭補佐畑容子先生は、こう語られる。

「地道な研究が論文として認めて頂けたことは有難いことと感謝しておりますが、プレゼンテーションを褒めて頂けたことと、生徒たち本人が『ワラジムシ』という小さな生命を通した実験であったからこそ、【命】を実感することができ、その尊厳を学ぶことができたとコメントしたことが、嬉しい限りです。」

◆そういえば、今年の世相を表す漢字は、だった。昨年は愛。当たり前のことのようだが、命の尊さを実感するには、探究の道を歩まねばならない。成熟した日本社会を作り上げるには、短絡的な思考や瞬間的な感情で行動するのではなく、自分を見つめ、じっくり取り組む人生のテーマを見つけられる人間教育が、必要なのだ。晃華学園の教育は、その1つのモデルである。

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2006年12月28日 (木)

静岡聖光学院のリベラルアーツ

「静岡聖光学院」は、神奈川県の聖光学院の姉妹校である。ここのところ、聖光学院は、進学校であると同時にクリエイティブ・スクールであるという点を強調している。実際、「聖光塾」や「選択芸術講座」の充実ぶりには目を見張る。

◆芸術とはもともと「リベラルアーツ」の訳語だとも言われている。自由に学芸に没頭し探究できる学びの環境のことを言うのであろう。クリエイティブ・スクールはリベラルアーツのプログラムを有している学校ということでもある。

◆しかしながら、聖光学院がこの点を強調し始めたのは、2001年ごろである。もちろん、もともとカトリック校はその存在自体がリベラルアーツを内包しているから、強調するまでもなかったのであろうが、土曜日などに講座としてプログラムを明確に表現し始めたのは、そのころである。

◆ところが静岡聖光学院のほうは、寮制学校ということもあり、40年程前の創立当初から、リベラルアーツプログラムをアカデミズム・プログラムとして模索していた可能性がある。「ゼミ活動」がさかんな学校であることがそのことをうかがわせる。ゼミ活動のような教育活動は一朝一夕では構築できないからである。

◆特に「自然科学発表会」は30年以上続いているようだ。2002年以降、日本では賛否両論あるが総合学習なるものが学校教育の中に導入された。体験・探究・発表ベースの学習の時間である。そもそも1989年ベルリンの壁崩壊以後、ヨーロッパ(特に北欧)を中心に、CCC(Cross Curricular Competencies)という問題解決リテラシーの開発がはじまった。その動きは2003年OECD/PISAにダイレクトに反映した。

◆クリントン政権以降、アメリカでは、プロジェクト・ベース学習と呼ばれ、導入して成功しているところも多い。要するにリベラルアーツの新しいバージョンの動きがグローバルな動きである。

◆静岡聖光学院はしかし、40年前からそのチャレンジをしていたのである。生徒1人ひとりが興味と関心をもったテーマに関して、フィールドワークをしたり、仮説的実験を組み立てて、結論を導いていく科学の研究のレポートの中から、聖光自然科学賞が選ばれる。受賞者は生徒全員に向かってプレゼンテーション。受賞者は数も多いので4日間かける一大イベントである。

◆2003年度の自然の研究では、たとえば「ミシシッピーアカミミガメの色覚」という研究成果が発表されている。4色のうち2色を組み合わせて、どの色の識別ができるか実験を重ねていく。12通りの組み合わせを根気よく調べ、最終的には色の波長との関係に絞っていく。実験でわかったこととわからなかったことの課題の整理までされている。

◆「運動と身体の不思議」というテーマは、自分の身体を使った実験である。運動と体重と体脂肪率の関係を毎日一定の時間に計測して結論を見出していく。運動すれば体重も減り、体脂肪率も減るという常識をくつがえしていくのがおもしろい。また実はなぜそうなるのか調べてもわからないことが実は多いということまで課題としてあぶりだしているのも興味深い。

◆「コンピュータによる鉄道模型の制御」は、研究している高校生にとっては、学園生活におけるライフワークのようだ。誤作動を防止するシミュレーションの考え方などは、列車の事故防止のモデル作りにもつながるのではないだろうか。おもしろい。

◆「寒さを作る」では、氷、砂糖、食塩、硝酸アンモニウム、尿素などを融解させながら、融解熱を測定し、寒さを作れるかどうか証明している。これは熱エネルギーのコントロールのアイディアにつながるのではないか。熱力学のルールが身近な現象から理解できる。

◆好奇心・開放的な精神(回答は1つではないというモチベーション)・疑問を探究する精神が、学院にあふれていることが、このようなゼミ活動からわかるのである。つまり静岡聖光学院もまたリベラルアーツをベースにしたクリエイティブ・スクールなのである。(本間 勇人)

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2006年12月18日 (月)

マスコミに評価される聖光学院の授業

◆「聖光学院」の授業が読売ウィークリー(2006年12月31日)に取り上げられた。連載教育ルポ「一貫校激戦時代 最高の授業」の最終回で。

◆記事は「名門高校人脈」の著者鈴木隆祐氏によるものである。氏は、大学進学実績や偏差値のような量という一般的な切り口とは違い、授業の質・教師の質という切り口で、私立中高一貫校の紹介をしており、その丁寧で鋭い取材は、各学校で定評がある。

◆「授業後、各教諭に話を聞いたが、そろって予定時間を超過して、熱心に授業法について語ってくれた。聖光は、このように、先進的で想像力に満ちた教諭が少なくない。『芸術講座』や『聖光塾』は、そうした教諭たちの熱意、努力の結実とも言えるだろう。」

◆クリエイティブ・スクールである聖光学院にとって面目躍如たる評価ではないだろうか。(本間 勇人)

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2006年12月17日 (日)

玉川聖学院の教師の質

◆「玉川聖学院」と言えば、中高部長水口洋先生の「総合科・人間学の実践」。このクリエイティブで世界の痛みを共有する教育実践は、あまりに有名で、多くの書籍で紹介されているし、毎年(月)のように全国各地から学校の先生方が水口先生に教えを仰ぎに訪れているほどである。

◆この間、「私学の授業の勉強会≪CAL≫」で水口先生にお会いしたとき、先生の新著書「教育を考えるあなたに(いのちのことば社2006年11月)」を頂いた。

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◆最近クリエイティブ・スクールとは何か。ベースはクリエイティブ・コミュニケーションが可能で創意工夫ができる教師の存在ではないかと多くの私学の先生方や教育関係者と話をしていたところだったので、時の重なりに驚いた。

◆水口先生のように、クリエイティブ・コミュニケーションを生徒とともに実践し、授業の創意工夫に日々努力されている教師は、なかなかいないからだ。さっそくページを開くと、第3章の「授業のいのち」にはこうある。

◆「学校生活の中で、最も長い時間が費やされているのは授業時間です。学校の担っている社会的使命で最優先されるべきものは、授業を通して知識や知恵を伝えていくことでしょう。学校では、できるだけわかりやすく、同時に学ぶ人たちが好奇心を持って授業に臨めるように、それぞれ教科を工夫しながら教えています。授業をどう創造していくかは、教師の仕事の中心的課題であり、生涯追求していくテーマでもあります。なぜなら、知識や伝える内容は時代とともに変化し拡大していきますし、伝える対象である生徒たちの状況も刻々と変わっていくからです。」

◆この200字ほどの文章に、水口先生の教師の質の高さが詰まっている。

①私学のベースを授業と認識している。

②知識を超えた普遍的な原理を見定めている。

③学習者中心主義の対話を心がけている。

④生徒のモチベーションを大事にしている。

⑤創意工夫の重要性を唱えている。

⑥時代の要請を授業の中に導入している。

⑦時代の影響を受ける生徒の発達の様子を見守っている。

◆これらのポイントがすべて入っているのである。これらのポイントを満たす教師がクリエイティブ・スクールを作るのは当然だろう。玉川聖学院の教育の質は、このような教師の質によって醸成されているのである。

◆それにしても美しい一節に感動せずにはいられない。チーム・イエス・キリストの話題であるが、もともと弟子たちは、はじめから敬愛されるべき人格の持ち主ではなかったと水口先生は書かれている。気性の激しい弟子、懐疑的な弟子、お調子者、自己顕示欲の強い弟子・・・、「およそ福音を伝達する証人としてはふさわしくない粗野な人たち」だったようだが、水口先生は続けてこう語られる。

◆「しかし、激しさが強さに、懐疑深さが思慮深さに、目立ちたがり屋が指導力に、自己顕示欲が信念を貫く力になり、それぞれの持っているその人らしさが用いられていった」と。生徒を受け入れ見守る水口先生の眼差しそのものである。(本間 勇人)

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かえつ有明の教育空間(了)

Photo_12 ◆「かえつ有明」の図書室「ドルフィン」で思索した内容は最終的にはレポートという作品空間に結実する。生徒たちの思索と想像の空間こそ、かえつ有明の最終的な教育空間なのである。

◆生徒たちの思索の空間は、それゆえ、「ドルフィン」から出でてさらに世界に船出する。生徒たちの学びPhoto_17の空間は、東京臨海副都心全体に広がるのだ。

◆11月22日に有明水再生センターでフィールドワークも行っている。そしてそれもまた各人が「新聞」編集して思索空間として組み立てている。生徒たちは下水道の役割を発見して驚いたことを記事にしている。下水道は生活に必要なだけではなく、地球環境を守ることにもなっていると気づいているし、最先端の科学技術に微生物が活用されているのに驚いている。

◆いかに最先端の技術といえども微生物という命を作ることはできない。科学と命の共生に気づき始めている。そしてこの下水処理が世界ではまだまだ遅れ、困っている人々がたくさんいることにも。つまり水の問題は、命の問題であり貧困の問題。

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◆かえつ有明の生徒の「未来のたね」は、確実に学びの拠点「ドルフィン」で育まれているのである。

(本間 勇人)

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かえつ有明の教育空間(3)

◆「かえつ有明」の図書室「ドルフィン」を入り口近くの「羅針盤」の書棚から歩いていくと、書棚が弧を描いてというか波打って並んでいる。今にも一冊一冊の本が空中にというか海洋に飛び出してきそうな気配がする。

◆そして窓側には個室空間が並び、そこから窓越しに道が見える。

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◆自己沈潜、自己の道を辿る空間である。しかし、人は1人では生きてはいけない。協力し合うことも必要。一般の図書室とは「ドルフィン」は違う。やはりイルカは仲間を大切にする。弧を描く書棚向こうには、グループ学習や探究学習ができるスペースとパソコンルームがあり、視界が広がる。 

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◆書籍とインターネット。リアルなメディアとバーチャルなメディアが併存しているのが、「ドルフィン」の特徴で、両方のメディアを有効活用する授業が頻繁に行われる。年間26講座で使用。かえつ有明の生徒たちは探究の知の海原を航海するのだ。(本間 勇人)

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かえつ有明の教育空間(2)

Photo_6◆「かえつ有明」の図書室「ドルフィン」は、学びの拠点。学びは同時に遊びであり、文化である。文化は独特の空間と時間を形作っている。

◆「ドルフィン」の空間は、その名からもわかる通り、海洋なのである。床を見ると、カーペットが波を表し、白い椅子は泡を表している。そして生徒たちお気に入りの赤いチェアーは珊瑚だそうだ。ところでドルフィンであるイルカはどこにいるのだろう。訪れた生徒がみなイルカなのだろうか。それとも書籍がイルカなのだろうか。イルカは動物の中でも最も人間を癒すという。そういう意味では司書の先生方がそうなのだろうか。

Photo_3 ◆書籍は「羅針盤」という書棚に収められているからイルカではなさそうだ♪。この羅針盤は、かえつ有明の教職員一同による推薦図書。中学校、高校それぞれ108冊ずつ選択されている。同じ本が複数冊用意されていて、一冊の本を巡って取り合いにならないように配慮されている。

◆それにしても、各教科の先生方の図書の選択眼はおもしろい。専門から少しはみ出た幅のあるものを選んでいる。数学なのに、脳の話や経済の話を選んだり、サイエンスでは吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」を選んだりしている。ものの見方のコペルニクス的転回を期待しているのだろう。

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◆そして、ヘルマン・ヘッセのデミアン。自分の殻を破る苦悩。社会と自分の成長のジレンマを乗り越える苦悩。迫り来る、得体の知れない世界大戦への焦燥と不安。いかにしてそこから抜け出られるのか。

◆価値観の転換、ジレンマを抜け出すには、なるほど「羅針盤」が必要だが、それは書籍の中に沈潜している生徒自身が作る以外に道はない。

◆「ドルフィン」 の「羅針盤」の書棚は、まだ入り口の部分に設置されている。思索と想像の航海は、ここから始まる。

Photo_11 参照→日本に唯一のかえつ有明のキャンパス(2)

(本間 勇人)

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2006年12月15日 (金)

かえつ有明の教育空間(1)

PhotoPhoto_1かえつ有明を訪れたとき、在校生のみなさんが、明るく声をかけてくれた。「おもてなし」という言葉を思い浮かべた。国際舞台で活躍するには、英語より何より、まずはこの日本流のこころが大切なのだ。

◆図書室の「ドルフィン」も同じだった。眞田先生のおもてなしの気持ちがエントランスで早くも伝わってくる。入り口に立つとまずはクリスマスツリー。季節季節のおもてなしのセンスが心地良い。

◆さて、「ドルフィン」は生徒たちの癒しの場であると同時に授業の場でもあり、すべての生徒の共有の場である。学びの拠点と言ってよいだろう。

参照→日本に唯一のかえつ有明のキャンパス(1)(本間 勇人)

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センター模試のもう1つのデータ

全国中学入試センター模擬試験のサイトが公表している志望者数の動向は、志望者数を34人以上の学校に絞っているため、それに満たない学校の動向がわからない。

◆たしかに、ある一定の量がないとその傾向の信頼性が問われるので、公開データとしてはそれでよいのである。ただ、小さな動きが、来年以降大きな動きになるという場合もある。そういう意味ではセンター模試で5人以上志望者がいるという範囲に広げて前年対比を見てみるのも大事である。

◆そこで「教育のヒント」というブログで、並べてみた。すると「聖徳学園」や「武相」、「多摩大学目黒」のように爆発的ではないが、やっと教育の質に気づき始めている学校選択者が出始めた学校が見えてくる。

◆Netty Landのミッションは、学校選択者の方々に対し、「創意工夫」度が高く、クオリティにこだわっているクリエイティブ・スクール探しをサポートすること。いろいろな角度から発見するチャレンジをしていきたいと思っている。(本間 勇人)

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2006年12月13日 (水)

かえつ有明の新しい実践着々と

◆今春「かえつ有明」が大改革を断行し、生徒募集で大成功した話題は記憶に新しい。センター模試などのデータによると、来春もたくさんの生徒が入試にチャレンジすると予測されている。

◆学校当局はこの成功の手ごたえを感じつつ、しかし最も大事なことは学校説明会で掲げたビジョンや教育活動を実践し、6年後の先の成果を生み出す努力。そして生徒たちの思い出づくりができるように創意工夫することこそ肝要であると考えている。

◆さて、その新たな教育活動だが、着々と実践されている。その様子はかえつ有明のトップページ“What's New”を見れば明らか。

◆「難関大学進学コースの『0時間目秋期講習』の様子」「朝の読書の状況」「高1『現代社会』授業の“流通・マーケティングの実習講座”の様子」「期末試験後3日間のフィードバック講習の様子」などなどが毎日のように更新されていて、手にとるように日々の生徒たちのチャレンジと先生方の創意工夫が伝わってくる。

◆サイエンス授業では「有明水再生センターを取材」。この活動は経済誌の取材が入ったほどである。この情報は極めて重要だ。今年の世相を象徴する漢字は「命」に決まった。命の源は「水」である。

◆「水」を通して、人々の生活や命の尊さを身に染み、具体的にどのように「水」を守り、「命」を守るのかという記事作りは、グローバルな視点が育つきかっけにもなる。今年の「人間開発報告書」(国連開発計画UNDP)のテーマは「水資源をめぐる権力闘争と貧困、グローバルな課題」である。かえつ有明の教育の特徴の1つ「国際的に活躍する人材育成」はこうして実行されているのだ。

◆それともう1つ大事なことは、受験雑誌ではなく一般誌が取材に入ったということ。ブランドは宣伝から取材されるという広報にシフトしていくと磐石になる。「かえつ有明」のブランディング(生徒募集戦略)も順調という証なのである。ブランドは必ず思い出の一コマに登場する。「かえつ有明」ブランドは生徒の思い出作りに大いに貢献するだろう。(本間 勇人)

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2006年12月12日 (火)

聖学院の創造性

◆日本ではまだまだクリエイティブな人材が大きな層をなして産業を起業しているという姿は目立たない。しかし、2010年以降、日本の産業構造は大きく変わる。労働力も日本人だけではなく、BRICs出身の人材が活躍しだす。彼らは日本の中間層に入り込んでくる。そのとき日本の30代後半から40代前半のクリエイティブな経営者が、彼らとコラボレートするだろう。

◆この波は、もはや止めることの出来ない「フラット化社会」の動き。芸術(あるいは建築)そのものの領域では、コンテンポラリーアートとしてのスーパーフラット化が進んでいる。産業社会よりテンポが速い。しかも拠点はニューヨーク。芸術と起業の結びつきは、おそらく日本独特のグローバルな層を作り出すだろう。村上隆さんのチャレンジは、良かれ悪しかれ、その突破口ということになるかもしれない。

◆ともかく、その層の名づけは未だないが、やはりNew Japnology Class(以降NJクラス)と呼ばれるのか。結局ハンチントンの言うように、日本文明という名のグローバリゼーションを歩むしか道がないのかもしれない。

◆欧米でもBRICsでもない道。それでいて孤立するのではなくグローバル・スタンダードを取り入れながら、スーパーフラット化を推進するNJクラスの道(そういえば同じようなことを麻布学園の氷上校長先生が論じていた)。

◆この道をすでに歩んでいる学校が、実は今年100周年を迎えた「聖学院」。英語と芸術に力を入れ、その成果が現れている。特に芸術については、モダニズム的ゴシックの教育空間とその内部の奥行きと広さを美学と音楽が拡張している。正門から天空にそびえる校舎を眺めながらスロープを歩いていくと、両サイドからオブジェが語りかけてくる。そしてやがて噴水が現れ、そこには感動的な彫刻がある。聖学院の人材のビジョンと柔らかさが伝わってくる。

◆この空間と美学と音楽の様相は、生徒の内面の豊かさにつながっているはずだ。ダニエル・ピンクというアメリカのジャーナリストは、これからはデザインの時代。ハイコンセプトの能力とハイタッチの感性の両方が必要だと提唱している。もっともこれは古くて新しい人間のテーマである。大局観と他者を包みこむ感性こそ、キリスト教民主主義的の伝統だし、聖学院の理念そのものである。(本間 勇人)

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2006年12月 8日 (金)

女子美大付属と国立音大附属

◆世の中は音大生や美大生の生活を綴る「のだめカンタービレ」や「ハチミツとクローバー」が大人気。マンガの話ではあるが、マンガやアニメは今や世界的に注目されている日本の文化である。そして文化である限り、時代の要請がその背景にある。それは何だろう。

◆欧米の産業界では、21世紀の産業はクリエイティブ・クラスやデザイナー(コンセプト創造や企画提案も含めて)の時代だとされている。良し悪しはともかく、日本でも国際的な知的財産権に関する法的問題に対応せざるを得なくなっているのは、まさにそのような産業が入り込んでいるからだろう。インドから多くのシステムエンジニアがやってきていると言われているが、彼らはハードは日本人、ソフトは我々に任せてと言い放つほどである。日本社会には創造的リソースが山ほどあるのに、その重要性に日本人が気づかないのなら、BRICsで活躍する人材が活用しますよということ。

◆ところがクリエイティブな人材は、ハイコンセプトやテクノロジーに長けているだけではうまくいかない。繊細なハイタッチな感性が必要。これは日本人の強み(最近貧困化していると心配されているが)。

◆タレント、テクノロジー、ハイタッチ。最近では、学力の高い生徒が医学部に進む傾向が強いが、これは、学力面だけが強調されるが、実はハイタッチの部分が必要で、学力とハイタッチのバランスの良い生徒は医学部進学の傾向があると考えた方がよいのかもしれない。

◆それはともかく、このような学力(タレント、テクノロジー)とハイタッチの両側面を思い切り鍛える私立中高一貫校が存在する。それは女子美術大学付属中学校国立音楽大学附属中学校・高等学校。卒業生の進路は必ずしも女子美術大学、国立音楽大学ではないのである。

◆美術や音楽という芸術、つまりハイタッチな感性をベースに教科学習というアカデミックな側面も両立する学校なのである。ハイタッチな感性とは、自分と自分にかかわる物や自然や人や社会や宇宙の関係を包み込む感性である。ミクロとマクロのダイナミックなつながり、それぞれの小さな変化について五感で感じとる力である。その力が身につくと、今まで固定していたものが新たな展開をし始めるのに気づくのであり、それを表現する言語、絵、音、彫刻、ダンス・・・などをメディアとして新しい世界をデザインするのである。

◆女子美大付属や国立音大附属を、美術や音楽の専門的な中高一貫校だと思いこんでいた方は、認識を改める必要がある。そして、21世紀を生きぬく子供たちの新しい進路について考えたい人は、一度訪れてみてはいかがだろうか。(本間 勇人)

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2006年12月 4日 (月)

南山男子部の教育

◆12月3日センター模試は名古屋でも実施された。会場は「南山高等学校・中学校男子部」。そこで南山男子部の教育についても聞くことができた。

◆南山男子部の大学合格実績については、伸び率というデータに基づいた観方が必要である。その点でマスコミに大変高い評価を頂いているという話をされたあとで、しかし「大学合格」は学校を選択する大きな尺度ではないと、受験生の保護者に、正しい選択の道を示唆するところは、なるほど南山らしい。

◆なにより大事にされているのは、マスコミの次のような取り扱い方。「難関大学進学と人間教育が両立したまれな学校。生徒のチャレンジ精神が旺盛な」学校。

◆このチャレンジ精神の一例として興味深い活動がある。中学生が世界問題に興味を持ち、その学びを深めると同時にその問題意識を世の人に共有してもらおうという積極的活動。

◆この精神と活動は、学園創立者ヨゼフ・ライネルス神父の強い信念に通じるもの。マザーテレサ、アフガニスタンでボランティアで活躍している医者の中村哲先生、国境なき医師団、ぺルー人質事件で仲介役を果たしたシプリア大司教などを講演者として呼び、一般の人々にも参加を呼びかけるコーディネートを中学生が行うのである。

◆被爆の聖母マリア像を国内で初めて公開し、世界遺産登録署名活動に乗り出したのも南山男子部の中学2年生だ。

◆Hominis Dignitatiというラテン語が保護者会場のホールには掲げられていた。「人間の尊厳のために」という南山学園の根源的精神である。ここから見事に生徒たちの活動は流れ出ているのである。

◆世界を見渡すと、20億人以上の人々が人間の尊厳を脅かされている。日本の教育の改革は、大学進学実績を競う教育から、世界を見渡し、人々の苦しみをシェアし乗り越える活動を行っていける人材を育成する教育へシフトしなければなるまい。そう南山男子部の教育は語りかけている。(本間 勇人)

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2006年12月 1日 (金)

固定観念を打ち破る白梅学園清修

◆中央大学総合政策学部の学生が作っている国際協力団体「PIECE×PEACE FESTA」が「白梅学園清修」にある企画を提案した。「貴校はエリアコラボレーションを実施しており、普通の授業とは異なる特色あるカリキュラムを普段から行っていることを貴校のHPで拝見させて頂きました。また、貴校の教育理念には、今世紀は地球や生命について考えていく時代になると書かれているように、国内だけではなく、国外に存在する問題についても考えられるような国際的な教育を実施しているため、私どもの活動と共通認識を持って頂けるのではないかと感じました。・・・」という趣旨のプランだったそうだ。

◆それがきっかけで、何度か打ち合わせをして、「生命・国際理解」というテーマで授業を行うことが決まったようである。この詳しい内容については、白梅学園清修の毎日のように更新されている次のブログを参照していただきたい。

●『生命・国際理解』授業実施について

学生諸君、ありがとう。

ヨミウリオンライにて

◆このような外部のリソースを柔軟に取り込める授業が、毎日午後設定されている。エリア・コラボレーションと呼ばれているダイナミックな教育活動である。

◆白梅学園清修のエリアは、大学がたくさん存在する。言わば知の拠点。学芸大学、国立音大、中央大学などのリソースを、生徒の知的活動に結びつけることができる。しかし、大事なことは結びつけるエネルギーとオープン・マインド。

◆白梅学園清修に限らず、首都圏エリア自身が知の拠点であるにもかかわらず、このような活動はゆるやかである。教育カリキュラムというものは、1度作ったら、少なくとも1年間は予定通り押し通すのが普通である。白梅学園清修のように不変的なカリキュラムと柔軟なカリキュラムを交差させる発想はなかなか実行できない。

◆エリアコラボレーションは、まさに教育活動のある固定観念を打ち破る営み。こういう柔軟な教師の対応を目のあたりにしている生徒たちは、日々の不易流行のダイナミックさを当たり前なこととして受けとめることができるようになるだろう。

◆21世紀は激動の社会。正しい眼差しとしなやかな他者への目配りが必要である。白梅学園清修の生徒たちはそのサバイバル・スキルを毎日体験し学んでいるのだ。(本間 勇人)

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中村中の好奇心が生まれる空間

◆受験生のみならずマスコミ各誌で注目されている「中村中学校」。偏差値や大学進学実績の好結果を出しているからであるが、見逃してならないことは、そのための教育の条件や質を日々高める創意工夫。

◆読書指導1つとっても、先生方一人ひとりが読んだうえで推薦をするという姿勢で臨む。生徒だけが読むのではなく、先生方も全員が共に読書体験をする仕掛けを作っているのである。その推薦図書冊子は「LOVE CALL」と名づけられている。先生方と生徒の距離感がなかなか良い。

◆そして職員室の前の壁には、「校長先生いちおし新聞記事」が掲示されているという。今年の2月から9月までの掲示記事の数は35件。何気ない空間が突然知的好奇心を刺激する空間に変容。

◆読書も新聞も教師も生徒も同じものを読んでいるわけだが、これは何を意味するのだろう。キーワードや興味と関心のあることを学内全体で共有するということであり、だからこそ共通話題で対話が生まれるのである。

◆コミュニケーションが大事であることは、世間は承知している。しかし、なかなかできない。それはなぜか。共通の話題や興味と関心、好奇心を共有できていないからである。まずは一見当たり前と思われている教育活動に、その仕掛けを埋め込んでいるのが中村中。

◆この秋、「世界を知ろう!あなたがえらぶ『校長先生いちおし新聞記事』」の投票があったそうだ。ランキング1位は、今年8月に報道された冥王星が惑星から除外された一連の記事。宇宙について興味を持つ女子校なのである。ランキング2位は、川島教授による脳の話。学力、コミュニケーション、創造性の話は、自己実現の1つの方法論。無視できないのだろう。ランキング3位はジャワ中部地震の記事。4位はペットボトルの275度の水で再生産する技術を紹介している記事。やはり、ボランティア活動が盛んな中村中の教育の良い影響によるもの。宇宙に世界に自然に、そして自分に好奇心。中村中はダイナミックな知的活動の拠点である(本間 勇人)

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2006年11月30日 (木)

学校選択と授業の質

◆メディアの中高一貫校の選択視点が、大きく変わってきた。今週の読売ウィークリー(2006年12月10日)は、「中高一貫校32校の授業一挙公開!志望校は授業の質で選べ」という記事を載せている。

◆この32校は、同誌の「最高の授業」を連載しているライター鈴木隆祐氏の取材に依拠しているのだと思うが、氏はこれまでの取材を振り返ってこう述べている。

◆「『最高の授業』とは何か?全国のトップクラスの諸校を取材したうえでの結論は、環境でもテクニックでもなく、教育とは、詰まるところ『人』なのだという、ごく当たり前の感慨だった。」と。

◆この教師の創意工夫の当たり前の境地こそ、実は得がたい大切な中高一貫校の資産である。クリエイティブな教師がのびのびと活躍でき、どこまでも生徒と感性豊かで知的な対話を続けられるマネジメントをしている学校を「クリエイティブ・スクール」と呼びたい。

◆クリエイティブ・スクールを見つける。それが中高一貫校の選択の大きなポイントだろう。(本間 勇人)

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2006年11月29日 (水)

三輪田学園の新たな不易流行

◆来年2007年、三輪田学園は創立以来110年を迎える。100年以上も不易流行の教育の条件を整え、その質を高めてきた。私立学校の教育は、歴史の紆余曲折の影響から免れてはいない。官尊民卑、優勝劣敗の官僚的近代教育が生んできた様々な社会的・教育的問題の防波堤に三輪田学園はなってきた。

◆そのため、社会認識を前提とした内面の教育としての隠れたカリキュラムを作り上げてきたのである。そして2012年には125周年を迎えるが、それにあたり、西校長先生は、「生徒一人ひとりが所有的個人主義を乗り越える倫理観と学力をいかに身につけるかがポイントである」という明解なビジョンをかかげ、新たな不易流行の道を歩む決断をされた。

◆新たな不易流行とは、建学の精神を時代の要請にあわせた形にすることである。2005年には制服を新たにした。拝見したところ、21世紀は女性の時代である、自分の力で社会の前面に出て、公益のために働く意志力を内在化させるファッションになっていると感じた。

◆2009年には、新校舎が完成する。高校になると、多様な選択と部分的コース制になるようにアカデミックカリキュラムを変更する予定のようだが、そのためには柔軟に活用できる教育空間が必要であると西校長先生は語る。なるほど三輪田学園ならではの独特の空間デザインとなるだろう。

◆そして三輪田学園の隠れたカリキュラムの1つの柱である「道徳教育」。基本は変わらないが、そこにジレンマ問題という倫理的思考の型が明解に導入される。

◆たとえば、医療と刑事問題がセットになっている事例ケースで、倫理的決断をしなければならないジレンマ問題を生徒に提示し、考えたり、議論したりして小論文形式で自分の考えを表現していく、まさにリベラルアーツ的な思考の型である。

◆倫理的決断は、実は学力が高くなければ、ノーブレス・オーブリッジとしての判断を下せない。エリクソンやコールバーグのジレンマを乗り越える発達段階を三輪田学園の生徒に最適化する形で新たにアレンジして作り上げているように推察する。

◆医療問題を解決するには、経済学、法律学、社会学、化学、生物学、医学、心理学のような多角的な見識が求められる。中学段階から、そのような知識や思考にチャレンジしてくのが、三輪田学園の道徳教育プログラムの特色である。

◆さらに、このプログラムはキャリア教育の一環でもある。西校長先生は、「校長室だより06年度第4号」で、ジレンマ問題に直面し「命というもの、命の大切さを強く感じている自分を発見した人は、医学・薬学・看護・医療関係、文科系なら、社会福祉関係への興味関心に繋がる筈です。家族の絆、人間関係の絆を強く感じている自分を発見した人は、文学関係、社会科学なら社会学への関心に繋がる筈です。製薬会社の在り方、広く企業の在り方にを強く感じた人は経済学や商学、経営学方面です。・・・まだまだ、もっと別のテーマに興味関心を持った人もいるでしょう。そこから、自分の感じ方、興味関心の特徴を見つけてください。それが進路の発見に繋がる筈です。」と書かれている。

◆高い道徳意識は高い学力と相関する。進路のベクトルはその相関関数が作り出す。その関数こそ三輪田学園が生徒の進路をサポートする思考の型なのではないだろうか。

◆教育空間、制服、カリキュラム、道徳教育は、すべて教育の条件であり、型である。型のない内面は、脆弱である。型のある内面は強固である。ただし、その型は目には見えない。三輪田学園の説明会に出かけよう。(本間 勇人)

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2006年11月27日 (月)

クリエイティブ・スクールは数学的思考を導く

数学の問題解法を身につける前に、数の性質を多角的に考える機会を作っている私学がある。

函嶺白百合学園では、「発見ノート」作りに取り組んでいる。これは生徒たちが社会及び自然科学に関する視点を身につけるきっかけになる。

幾人かの生徒のノートを拝見したが、こんなことを書いている生徒がいた。「数学っぽいのですが、黄金比知ってますよね? ダ・ヴィンチとかが使っていた比です。1:1.618で長方形ができるんですが、私はそれが好きで、使っています。例えば、撮った写真とかをパソコンに取り込んで、その比に合うように好きなサイズにすると美しく見えるんです。…」

この生徒の気づきに対して、先生は美しさのバランスに気づいたことに注目し、図形や数の世界、自然界の中の「美しさ」について共感したというメッセージを返している。

先生は直接は教えてはいないが、生徒が興味を持続していくうちに、自らフィボナッチ数列に導かれていくきっかけを与えているのではないか。

白梅学園清修の中学1年では、数学科による夏休み課題発表会を実施。チームごとに数学者1人を選び、調べたことを発表する。選ばれた数学者は、ユークリッド、ヒポクラテス、ニュートン、コルモゴロフ、ガウス…。

発表は、パワーポイントや模造紙で行われる。制作は夏休みの間の作業。居住地が多様なので、かなり密に連絡し合わなければうまく進まなかったに違いない。チーム活動は多角的な視点を生み出すというのが学園の発想。

発表会には保護者も参加。「私は子供の頃、数学が大嫌いでした。ですが大人になって、もっと努力してくれば良かったと思います。とても興味がもてる授業でした」「今回、調べたり発表を聞いたりすることにより後々興味が出て、数学・物理などに応用出来るといいと思います」と生徒たちや先生方に数多くのメッセージを返す。生徒―教師―保護者という三位一体のチームワーク作りも成立している。

数学科の戸塚先生の授業もふだんからおもしろい。たとえば素数を学ぶとき、京都大学の入試問題を提示するところから始めることもある。もちろん解くことが目的ではない。自然数の分類を自分たちで考えていくうちに、数の概念を体得していくのがねらい。この数の概念は日常生活の分類視点にも影響している。だからまずは数と戯れる。数学者の探求も、彼らを通してその時代その時代のベースになる考え方に触れるというのが本意。

大事なのは数学的思考。だが、身体で数の概念に挑むうちに、「あれっ」と中1段階で京都大学の問題が解けてしまう瞬間があるという。

Hot0610_15_1 問題Aは、灘中の問題(1994年)の一部分。①、②、③、④、⑤、⑥…の正方形の一辺は、順に、1、2、3、5、8、13…というように前の2つの和が新しい一辺となる。これはフィボナッチ数列と呼ばれている。
正方形でできていく長方形の比は、2/1=2、3/2=1.5、5/3=1.6666…、8/5=1.6 、13/8=1.625……と続けていけば黄金比に近くなる。挑戦してみて欲しい。




Hot0610_15_2 問題Bは、東京大学の問題(1995年)の一部分。灘中の問題と考える発想は同じ。中学時代の数学は、日常的なものや時には難しいと思われる大学入試をきっかけに、数学的思考に慣れておくことが大切であり、それはすでに中学受験のときから始まっているのである。



(本間勇人)
[初出:NettyLandかわら版10月号]

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2006年11月25日 (土)

横浜国際女学院翠陵の芸術鑑賞会

◆今年の6月、横浜国際女学院翠陵では芸術鑑賞会が行われた。観賞したのは宝塚の花組公演。花組には翠陵の卒業生夏城らんかさんが出演していたという。先輩の活躍する舞台に在校生はさぞかし盛り上がったに違いない。女子校ならではの催し物。男子校ではこうはいかないだろう。

◆さて、観賞後の在校生の感想もなかなかのセンス。

 ★「あの素晴らしいステージをつくるのには、あの大人数でひとつになるということがとっ   ても大事なんだと思います。だから、どんなにすごい人でも1人ではなんにもできないと思います。人は、時に頼り、また頼られる!!ということも大切だと思いました。」

 ★「紅の墓標が始まり、樹里さんが舞台に出ると、空気が変わった気がして不思議と感情移入していきました。」

 ★「宝塚の人達はもちろん容姿は美しいけれど言葉や礼儀など内面的な美しさがあるから人々を魅了させられるのだと思いました。」

 ★「私は宝塚を生で見て、『何て美しい・・・美しいけどカッコ良い。同じ人間とは思えない、世の中は何て不公平なのだろうか。』と心の底から強く思った。と同時に、今回花組のトップであった春野寿美礼さんのあの素敵な笑顔の裏には、きっと並々ならぬ苦労と努力が感じられた。今回このような形で宝塚にお目にかかることができて本当に良かったと思う。価値観が変わったし絶対1度は見るべき!!私はまた絶対行くけど!!!今度はぜひ本場宝塚市で♪」

◆「絆」「感性」「内面」「ユーモアと本質」・・・といった高感度なセンサーを有している在校生がたくさんいるようだ。国際感覚には、こういう芸術を深く味わうと同時に大いに楽しめる感性がポイントになるだろう。(本間 勇人)

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2006年11月24日 (金)

東京女子学園のキャリア・デザイン

◆「東京女子学園」のキャリア教育である「ライフ・プランニング・プログラム」は、生徒一人ひとりの自己実現を支える最高の仕掛けである。

◆生徒が自己実現を達成するには、ただ収入がよいとか、学歴社会で生きることができるとか、名誉を得られるとかいうことだけでは達成できない。国際社会で自分を道具として人々のために提供できる覚悟が育つ必要があるのだ。

◆そのような覚悟が育つには、自分が人々にとってどのような道具として役割を果たせるか知らねばならない。東京女子学園のプログラムのすごいところは、この役に立つ道具をものや職業の理解で終わらせないことだ。

◆道具の背景にある人と人、人と社会、人と自然をつなぐことができる生徒一人ひとりの資質を発掘するワークショッププログラムを先生方が組み立てているのである。

◆すでにある「もの」としての職業ではなく、世界の人々をどのような資質を生かしてつないでいくのか、「関係」づくりができるのか。そこに東京女子学園のライフ・プランニング・プログラムは焦点をあてているのである。

◆つまり20世紀産業社会を牽引してきたのは、「もの」ベースの物質文明。男性が中心だった。しかし21世紀の社会は人々の生活をデザインする産業がベースとなる。デザインとは関係の発見と編集である。女性が中心となる社会なのである。東京女子学園が読んでいる時代とはそういう社会なのである。(本間 勇人)

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2006年11月22日 (水)

横浜国際女学院翠陵の視野

◆1986年に横浜国際女学院翠陵の高等学校が開設された。国内ではゆとりカリキュラムとバブル経済の矛盾が、校内暴力やいじめ、登校拒否激増を生んだ時代である。同時に世界では89年ベルリンの壁が崩壊する準備が着々と進んでいた時代でもある。

◆横浜国際女学院翠陵は、時代を読んでいた。国内の問題は、大きな目で見れば、ドメスティックで島国的な政財界の発想が、グローバリゼーションに追いつけなかったため、そのゆがみによって生み出されているということを。

◆89年のベルリンの壁崩壊以後、日本は経済の空白の10年間に突入する。グローバリゼーションをどう受け入れるか、暗中模索が本格的に開始される。しかし公立の教育の現場では、なかなか受け入れられない。学習指導要領もゆとり教育の延長線上で修正されているだけであるから、現場では学級崩壊という現象が生まれるほど。

◆98年、99年は私立中高一貫校の受験率は、さすがに大手企業の倒産の影響で13%を切るが、私立中高一貫校の期待は衰えず、2000年から再び受験率は急上昇。

◆私立中高一貫校の建学の精神は、文言はそれぞれ違うが、普遍的な原理が基礎。そもそもがグローバル・ベーシスを有している。そのころから現在にいたるまで、そして今後も期待を担い続けるのは、数としてのグローバリゼーションではなく、教育の質としてのグローバリゼーションが根源にあるからなのである。

◆1999年、そういう時代の要請に応える形で、横浜国際女学院翠陵は中学を創設。中高一貫体制を確立することになる。同女学院は、その建学の精神は普遍的でありながら、新しい時代に誕生しているため、他校のように、不易流行の原理原則に従って、保守しつつ改革しなければ進めないという事情は全く無い。普遍即流行なのであるから、グローバリゼーションの時代に前面に立てる私立中高一貫校なのである。

NTS教育研究所国際教育情報室室長の岡部憲治は、「横浜国際女学院翠陵は国内は全く眼中にないなあ」と感じている。確かに多くの生徒たちの学園生活のフィールドは世界各国だし、また多くの国からも日本の文化や歴史を学びに来る。もちろん共通語は英語である。

◆進路も国内に限定されない。したがって、東大早慶上智MARCHなどの基準で考えていない。イギリスの大学やアメリカの大学、そしてその中に日本の大学もある。中高一貫校になって、まだ10年に満たないから、ドメスティックな基準で見ていると、同女学院の潜在パワーを見逃してしまうおそれがある。

◆まだまだ≪説明会≫のチャンスはある。21世紀は女性の時代と言われているが、日本だけ見ていては、その道のりは苦労の連続。20年後の娘の人生を考える機会としてもぜひ横浜国際女学院翠陵に足を向けることをお奨めする。

※参考→ネッティリポート「横浜国際女学院翠陵の多彩な国際交流、広がる世界」        

(本間 勇人)

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2006年11月18日 (土)

光塩女子学院の学年共同担任制(2)

光塩女子学院の説明会では、受験生とその保護者に中等科1年生の声を幾つか贈っている。その中に、「学年共同担任制」について直接間接触れているメッセージがあるので紹介したい。

◆「私は入学する前、学校説明会、光塩祭や親睦会など光塩の様々な行事を見学しました。そこで私は光塩は先生も含め、とても明るい学校だと感じました。入学してからも変わりありません。明るい学校で明るい6年間を過ごすことに期待がたくさんあります。楽しい友だちや先生も多く本当に楽しい学校です。」

◆「入学後、1ヶ月ぐらいたつと先生との個人面談があります。そこで先生と一対一でなやみを相談したり、勉強のしかたなどを教えてくれるので、先生とも親しみやすいです。初等科の人達が元気で最初はまじわりにくいと思いますが、すぐに慣れて新しい友達もできます。」

◆「入学前は友達ができるのかとか先生はきびしいのかなどずっと不安に思っていましたが、受験した子とも初等科からの子とも仲良くなれました。又、共同担任制になっているので、週の初めに先生が変わっていたりすると、とても新鮮な気持ちになることができています。中間テストなどでは少しハードな気がしますが、楽しく勉強ができるので、学校生活はとても楽しいです。」

◆「楽しい友だちや先生も多く」「先生と一対一でなやみを相談したり、勉強のしかたなどを教えてくれるので、先生とも親しみやすいです」「仲良くなれました」「共同担任制」「新鮮な気持ち」というような生徒たちのキーフレーズの背景に共通するものは、「多様なかかわり」ということではないか。光塩女学院の教育の質のコアの部分だと思う。(本間 勇人)

前回→「光塩女子学院の学年共同担任制」

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2006年11月17日 (金)

光塩女子学院の学年共同担任制

◆「光塩女子学院」といえば、女子校の中で抜群の大学合格実績を出していることで有名である。志望理由もやはりこのポイントに集中する。

◆東大・早慶・上智の現役合格者数の卒業生数に対する割合は、92.4%。桜蔭が91.1%であるから、どのくらいすごいのか改めて了解できるだろう。

◆しかし、この実績は、予備校的な受験勉強によって生まれているのではない。光塩独自の「学年共同担任制」という教育力が背景にあることが大きい。この制度は、1学年に担任が5、6人つき、全員で、学年全体を受け持つ制度。

◆学年主任は設けないで、チームで担任の役割を担うということらしい。朝そして放課後、先生方はいつも集まり、1日の間に気づいた生徒一人一人の小さな変化について話し合う。先生方もそして生徒と教師も言葉(ロゴス)の豊かなつながりを体験していく。

◆建学の精神の意味は、「人は誰でも、ありのままで神から愛されており、一人一人はそのままで世を照らす光であり、地に味をつける塩である」。

◆学年共同担任制は神から愛されているありのままの姿を、生徒一人一人に見出し、気づいてもらう機会だろう。先生と生徒の距離は近いが、生徒が自律できる距離を保っているのではないだろうか。もし学年主任がいるチームだとしたら、生徒の指導がピラミッド型組織になる。すると生徒一人一人のありのままの姿が見出せない可能性もある。学年主任を設定しないチームだからこそ、多角的な視点で生徒を見守ることができるのではないか。

◆その結果、生徒一人一人はそのままで世を照らす光であり、地に味をつける塩となる。光塩女子学院にとって、大学進学は、光となり、地に味をつける塩となるプロセスに過ぎないのだと思う。(本間 勇人)

続き→「光塩女子学院の学年共同担任制(2)」

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2006年11月15日 (水)

教師の質を考える(2)開成の1人の教師

◆手作りの教材から資料まで、多角的な視点を養うに十分な創意と工夫に溢れているのが生田先生の授業であるが、その視点を生徒たちが見事に新しく複合的につないだ成果物は分厚いレポート集として発刊される。

◆筑波大附属駒場や麻布も同じように分厚いレポート集や論文集を発刊するが、それらを拝見すると、教師と生徒の対話が、プラトンの対話編のように行われ、生徒一人ひとりがもともと持っているタレントを想起していく過程がイメージできる。

◆生田先生の授業もそうである。学びとは暗記ではなく考えることであるとか、思考の前提に知識を憶えることが重要だとかいう議論は、授業というものを創意工夫したことがない輩の床屋政談に過ぎない。

◆生田先生と生徒の問答によって、生徒は全身で様々なことに気づき、何を調べ、何を根拠とするのか、情報を収集し、磨き、整理していく。生徒たちの右脳も左脳も末端神経もすべてが稼動しフロー状態になっていく。記憶も思考も、知性も感性も、過去も未来も、近くも遠くも複合される。問答の様子を少しだけ想像してみよう。詳しくはいずれ書籍になって世に出るはずであるから、ここでは、あくまでも一端を。

◆生田先生は、「マレー半島はどこでも天然ゴムの栽培に適した一年を通して高温多雨なのに、なぜ、天然ゴムの栽培地が東海岸に集中しているのだろう。」と問いかける、すると、生徒は次々と「この地域には天然ゴムに適した土壌が分布しているからです。」「植民地を経営しているイギリスにより近く積み出しやすいからです。」「この地域は他の地域より人口が多く労働者を得やすいからです。」「この地域は町や村が多く天然ゴムを買ってくれる人が多いからです。」・・・と問答が始まる。

◆「いや、天然ゴムはプランテーション作物なので、生産物はほとんど輸出されるから、現地の人が買うことはないのでは」とか、「地図を見ると、マレー半島からイギリスまでの距離に比べると、半島の西海岸か東海岸かという問題は些細なことなのではないか」とか、「半島の東海岸も西海岸もほとんど同じような土壌の分布なので、東海岸に集中している条件にはならない」とかと情報を取捨選択、磨いていく問答が続く。

◆そのやりとりの中で、「大きな地図を見ると、確かに東海岸は人口が多いのでこれは正しいかもしれない」とでる。そして「その地域は、なぜ天然ゴムが栽培される前から人口が多かったのか」と新しい次元を拓く意見がでる。この瞬間を生田先生は待っている。問答が同じ次元でやりとりされていくと、やがて次の地平が見えてくるが、その前にしびれを切らして解答を教えてしまっては元の木阿弥。この瞬間が大切なのだ。この瞬間を待ち、見逃さないのが生田先生の問答法の奥義である。

◆ここから新たな展開が始まる。ここに到ってようやく、新しい資料として、マレー半島の4つの時代の鉄道網のようすを表した地図を提示するのである。ここからどうなるかは、想像に任せるが、いずれにしても、気候や風土、人口など地理的条件の情報を出し尽くし、吟味し尽くした生徒たちに鉄道や交通という人類のコミュニケーションの道具を提示するのである。

◆人間社会の生活は自然条件や政治経済の条件のほかに媒介手段という交通(広い意味で)の道具が必要なのである。もはやこれは地理という範疇の学びではない。社会科学の領域にまで広がっている。

◆このように地理を学ぶための学びの基礎を問答法によって導いていく創意工夫こそ、教師の質の良さを物語る。この学びの基礎は、他の教科を学ぶ基礎でもあり、この新たな次元の転換点を待つ問答法こそ、知性だけではなく感性をも豊かにする対話であり、同時に国際舞台で異文化の人々と互いに理解し合えるグローバルなコミュニケーションの極意であろう。(本間 勇人)

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2006年11月14日 (火)

教師の質を考える(1)開成の1人の教師

◆教育問題の報道がメディアから溢れている。そしていつも最終的には教師の質が問題だというところで終わる。たしかにそうだが、教師の質のイメージは、金八先生でもないし、カリスマ教師でも、極せんでもない。問題の解き方を教えるのが巧い教師でもない。

◆教科学習を通して、教科を超えるつながりに生徒たちが気づく学びの学び方の環境を設定できる教師である。

◆たとえば、「開成