★2006年に共立女子学園は創立百二十周年を迎えた。それを機に、完全中高一貫校体制にしたし、新校舎も建設した。当然のことであるが、新しいシラバスも創った。
★この共立女子の改革に、学校選択者は敏感に反応し、今春の生徒募集はますます増え、入学生も360名を超えた。私立女子中高一貫校の中で最大規模の学校である。
★この規模で、学校を運営し、なおかつ伝統を持続し、一定水準の教育の実行と人材輩出が保証されているのは、ポストモダニズムの今の時代にあっては実は奇跡的な偉業である。
★というのも、89年のベルリンの壁崩壊に象徴されるように、それ以降の日本いや世界は、政治的イデオロギーは消滅し、生産優位経済社会から消費優先経済社会にシフトし、国家観や大きな思想、大きなストーリー、大きな政府は消失し、モダニズム資本主義は終わったとされているからである。
★確かに、大きな価値観に支えられて生きるという力は失われたという価値相対的な消費経済あるいは金融経済優先社会にあって、1学年360人規模で、1つの教育理念に基づいて1つの文化資本を再生産し続けることがいかにして可能なのだろうか。
★実はこれは共立女子のみならず、私学全体が「ゆるやかな理念共同体」として大きな物語を持続可能にしているある文化的な資本の再生産の特異点として同じ奇跡的な構造を有している。もちろん、個々の学校を見ていくと、ポストモダニズムの影響を受け、理念共同体を持ちつづけるのが危うくなっている学校もある。そして、そういう学校には生徒が集まっていない。
★このエニグマ的な構造を明らかにすることは、日本社会の教育の負の迷走を救うヒントになるかもしれないと、最近≪私学の系譜≫あるいはハビトゥスという言説を使って探ってはいる。しかし、これがそう簡単ではない。
★とにかく共立女子は最大規模の女子校であるので、その解明によって多くの教育のヒントを発見することができるはずである。そこで、いかに≪私学の系譜≫を形成してきたのか渡辺教頭先生にたずねてみた。
★「本間さんが≪私学の系譜≫という場合、当然ですが私立学校の系譜ではないですよね。もし私立学校の系譜という前提で話さなければならないとすると、共立女子の創立の時点では、<共立>の名の通り、いろいろな人材が共同して創ったので、うまくいかないんですね。不確定性原理なんですよ。とことんつめていくと、私学だか公立だかわからなくなる・・・。要するに120年も前に創立したということは、官学も私学も似て非なる夢を持っていたわけだから、創設時は混沌としていたと思います。当時の文部官僚経験者もかかわっていたし、私立公立問わず多くの学校を創設してきた人材もかかわっていたようです。」
★共立というのはイギリスの名門パブリックスクールの翻訳名だと思っていたが、そうではなかったのである。もちろん掛け言葉風にそれも意識していたのだろうが。今では鳩山春子が創設したようなイメージではあるが、実は多くの才人がかかわっていたということである。それこそ共立女子の≪私学の系譜≫たる根拠ではないだろうか。
★当時学校経営をして儲けようなどという建学者はそういなかっただろう。むしろ官学を創ってみたものの、自分たちの理想に合わないから、理想の学校を創りたいと思い、官僚出身者も福澤諭吉のような在野の私学人も共同するということなどは、自然の成り行きだったのではないだろうか。
★鳩山春子自身、官学にはどこか居心地が悪く、新しい学校を創ったと言われている。それにしても協力した人材の中には、岩倉具視視察団に参加してアメリカの教育を受けてきた人材が加わっていたということは、共立女子の建学時の大志がどれほどのものなのかわくわくするほど想像が逞しくなる。
★結局は留学は中止になって大いに失望した春子であったが、いずれにしても共立女子の出発は、当初からグローバルだったということだろう。この寛容な精神と才能と言語イノベーションが、世界標準の女子教育という大きな理念に結びついて共立女子の文化再生産が持続可能になっているのである。
★そしてこの再生産のシステムは、読む行為、書く行為、表現する行為のシステムである。今日それはシラバスとなって設計図が描かれ、それに基づいて教育活動が行われ、その結実が論文集や芸術作品集である。このような作品集は山ほどあるが、麻布の「論集」のように一冊にまとまっていないために、全貌を目にすることは難しい。おそらく完全中高一貫校体制になったので、一冊にまとめる作業がいずれ行われるだろう。
★この一冊には中学1年から高校3年までの作品が掲載されるので、新しい体制のハビトゥスを伝統化する影響力あるメディアになるだろう。
★ところで、共立女子の≪私学の系譜≫の形成の仕方でもう1つおもしろいコトがある。2007年3月25日、欧州連合(EU)は、その設立条約として知られるローマ条約の調印50周年を迎えた。このEUと共立女子は歴史性という点で共有するコトがあるのだ。1999年マルック・スィニソー駐日エストニア共和国特命全権大使は、EUの一員となりたいという論考を書いているが、その中にこういう一節がある。
戦前、我が家の本棚にあった1冊の本のことを今でも思い出します。それは、東京で日本人の母親とオーストリア人の父親との間に生まれた欧州統合思想の父、クーデンホーフ・カレルギー伯爵の「全体主義国家対人間(編集部仮訳。原文では”Totalitarian State Against Man”)」のエストニア語版でした。彼の汎欧州思想と反全体主義の考え方は、エストニアの政治家に、また私自身にも大きな影響を与えました。伯爵の著書の出版にかかわった人々の大いなる希望が実現され、エストニアが1日も早くEUの一員となることを願っています。
★この”Totalitarian State Against Man”というクーデンホーフ・カレルギー伯爵の本は、実は「自由と人生」という題で、鳩山一郎が訳している。鳩山一郎はこの書を訳し、その「友愛革命」の意志を日本につないだ改革者型リーダーだった。もちろん春子の長男で、春子の精神を継承した薫は、一郎の妻である。
★鳩山一郎は1953年には、「友愛青年同志会」を結成し、初代会長に就任している。この同士会は、文部科学省の所管で、財団法人「日本友愛青年協会」として今も存在しているが、とにかく鳩山家はクーデンホーフ・カレルギーと親交を持った。伯爵は、一郎他界後も共立女子で講演をしているぐらいである。
★渡辺教頭先生は、もしかしたら共立女子の校訓の1つ「友愛」は、クーデンホーフ・カレルギーの「友愛革命」の精神と関係があるかもしれないと語られる。しかし、そのような事実があるかどうかはあまり問題ではなく、欧州共同体の夢を抱いた精神性を受け入れる土壌が共立女子にあったコトが1つのハビトゥスであり、それが大きな精神・物語を持続可能にする≪私学の系譜≫の形成の質料なのではないだろうか。
★≪私学の系譜≫を考えることは、受験業界の便宜的な御三家とか新御三家のような大学進学実績に寄り添ったポジショニングを変更することになるかもしれない。(本間 勇人)
※クーデンホーフ・カレルギーと共立女子の関係については→